第4話

 あれから二週間が経ち、今日はいよいよ体育祭当日だ。

 この二週間、男子と女子で別れて練習することが多かったので、レイナとはあまり話せなかった。だから、と言ってはなんだけど、僕はまだ自分の気持ちの整理がついていなかった。


「僕はレイナのこと、好きなのかな」


 相手はあのレイナ・フィーマンだ。学園のマドンナだ。深窓の令嬢だ。高嶺の花だ。そんな女の子と一緒にいて、錯覚しないほうが無理がある。だからこれは、一瞬の気の迷い。レイナはただの友達だ。そう思うことにした。


「あら、エクスって保健委員だったっけ?」

「レイナ!」


 救護テントのベンチに座ってぼうっと考え事をしていた僕に声をかけると、レイナはそのまま僕の隣へ腰を下ろした。僕は意識的に少し距離を置く。


「……レイナはどうしたの? もしかして、ケガとか……あ、それとも体調不良?」

「ううん、ちょっと涼みに来ただけ。生徒席はテントないし、あつ――」

「こら、レイナ。ちゃんと自分のとこ戻ってろ」

「ったぁ……」

「ルートヴィッヒ先輩!」


 声の主は、同じ保健委員会で三年生のルートヴィッヒ・グリム先輩だ。

 悪びれもせず言うレイナの頭を、ルートヴィッヒ先輩が軽くたたく。レイナはわざとらしく痛がってみせた。


「言うほど痛くないだろ。ほら、戻った戻った」

「何よ、別にいいでしょ。自分の種目の時はちゃんと行くんだから」

「去年も一昨年もその前も同じようなこと言ってたよな。もしかして向こう戻っても友達いないの?」

「いますぅーっ! 私にだって友達くらいいますぅーっ!」


 妙に仲の良い二人に呆気にとられてしまう。

 レイナがタオやシェイン以外と話すときに取り繕わないのは珍しいし、ルートヴィッヒ先輩がこんな風に誰かと喋るのもあまり見たことが無い。


『――借り物競争に出場する生徒は、入場門に集合してください。繰り返します。借り物競争に――』

「ほら。‘‘自分の種目の時はちゃんと行く” んだろ?」

「うう……、仕方ないわね。じゃあね、エクス。行ってくるわ」

「あ、うん。いってらっしゃい、レイナ」


 笑顔で手を振りながら入場門へ行くレイナに僕も手を振りながら答える。

 その様子を、いつの間にか隣に座っていたルートヴィッヒ先輩が頬杖をつきながら見ていた。


「……何、お前ら付き合ってんの?」

「ええっ⁉ なんでいきなりそういう話になるんですか⁉」

「なんだ、違うのか。あいつが学校であんな風に笑うの、久しぶりに見たから」


 ルートヴィッヒ先輩は動揺した僕には興味がないとでも言うように淡々と続ける。その視線の先にはレイナが向かったはずの入場門があった。


「僕はむしろ、先輩とレイナが付き合ってるんじゃないかと思いました」


 言いながら、胸がちくんと痛む。

 初めて感じた訳の分からない痛み。僕はその痛みの正体が何なのか、分からなかった。

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