Dive27

久遠寺サイロは軽やかな足取りで壁に掛けられた巨大なテレビの横に立つ。レラージェが彼の声に飛び起きるも、ボディーガードの1人に見下ろされているのを知って、ただ黙ったままだった。ユウグレはすぐに状況を理解したのか、まるで詐欺師に騙されて悔しがるような顔をしていた。それからすぐに久遠寺サイロを睨みつけてから1度鼻でフンと笑った。


「良かった。お前を襲う方法をちょうど今考えてたところなんだ。手間が省けて助かるよ」


「強がらない方がいいユウグレさん。もう君にも、そこにいるお友達2人にも出来ることはない。僕は忙しいんだ。だからさっさと済ませたい。質問には答えよう。とにかく3人共そこに座ってくれ」



レラージェが急に体格のいい護衛2人に襲い掛かからないか心配だった。レラージェ1人の力で、この3人をどうにかできるのかは僕にはわからない。

僕とレラージェはユウグレを挟んでソファーに座った。それを見てから久遠寺サイロもゆっくりと対面するソファーに1人で座る。するとそれが合図だったかのようにボディーガードの1人がユウグレにサイレンサー付きの銃口を向け、もう1人が僕達の背後に周り込み、後ろ手に手錠を掛けていく。

もう終わりだ。すべて終わりだ。



「質問に答える前にまずは返してもらおう」



久遠寺サイロは完全に僕の目を見ながら言った。鼓動が早くなる。すでに意味をなさないと思う返答だとわかっていても、そう答えるしかなかった


「……なにを……ですか?」


「レンガ君。とぼけてないでくれ。あれは僕が管理する物だ。つまり僕の物。君達が出会うきっかけとなった物。物語のはじまりとなった物。キーアイテム。レンガ君。もし主人公が君の物語があるとするならば、君の行動の動機付けになった物。マクガフィンだよ。わかるだろ? 一色ケシキのフラッシュメモリーだよ」



なぜだ? どうしてそこまで知っているんだ? ケシキのことも。そしてそれがフラッシュメモリーであることも。僕が持っていることも。今それを持っているのは確かに僕だ。フラッシュメモリーは僕のスボンの左ポケットに収まっている。やはりユウグレが言っていたようになにか別の物に偽装して持ち歩くべきだった。



「今は持ってないです。ある場所に隠してあります」


「まあいい。どちらにせよ後ですぐにわかる。じゃあ話を進めよう。どうして僕がこのホテルにいるのかわかるかい?」


「変態プレイをするためだろ?」



僕が答えるより先にユウグレがバカにするような口調ですぐに答えた。



「ふはははっユウグレさん。それはあまりに君達にって都合のいい展開だと思わないか? 協議会委員長を脅して、得体の知れないプロジェクトの発案者の居場所を聞き出し、ホテルに来てみたら、その発案者が部屋で変態プレイをしてたなどと。それをネタに君達が僕を脅す? 自分達にとってそんな都合のいいことが、本当に起きたと信じてるのかい?」


「何が言いたい?」


「待ってたんだよ君達が此処に来るのを……」


「嘘だっ」


「嘘なものか。君達はさも自分達の力でこの場所にたどり着いたような気でいるんだろうけど残念ながらそうじゃない。ここに君達が来ることを、この僕が許したから君達は今此処にいる。灰原司の部屋に取り付けているカメラからずっと君達を見ていた。僕はその映像を見て、このホテルにもう1日留まることにしたんだ。口の軽い彼なら必ず僕が宿泊しているこのホテルのことを喋ってくれると思ったし、その後の君達の行動は簡単に予想できた。君達の行動力には本当に関心するよ。ただフラッシュメモリーはまずい。それはルール違反だ。絶対に関わってはいけない人間が関わってしまうというルール違反。神様が作った新しい街があるとして、選ばれてもいない人間が、その街のことを調べはじめたらどうなる? 神様は面倒な仕事が1つ増えて困るんだよ」


「あなたの話は例えが多くて分かりずらい。ケシキが言っていた実在する天国について教えてください」


「言葉の通りだよ。天国は実際にある。でもそれがレンガ君の想像する天国と同じかはわからない。でも確かにある。妄想や空想の話しなんかじゃなくて確かにある。当然天国だから死ぬ覚悟がないとそこには辿りつけない」


「12月の天国……」


「プロジェクト名だよ。何かをはじめるには名前が必要だろ。当然ただの天国じゃあ面白くない」


「なんで12月なんですか?」


「そんなに気になるかい? まぁいいか。君達に教えても特に問題ないだろう。今日はとても機嫌が良いから教えよう。その天国を管理している僕達が作り上げたAIの名前がクリスマスというんだ」


「プロジェクト名もそのAIもふざけた名前ですね」



久遠寺サイロは僕の言葉に笑みを浮かべながら、テーブルの上に置かれたダイノ・コア製薬のミネラルウォーターを飲んだ。



「名前は人にイメージさせるという点においてとても重要だ。だけどもっとも重要なのは、プロジェクトにせよ、商品にせよ、AIにせよ、それが生まれ、確かな1歩を歩みはじめた瞬間だよ」


「確かな1歩を歩みはじめた12月の天国は何処にあるんですか?」



その時久遠寺サイロのすぐ後ろにいるボディーガードがわざとらしく腕時計に目を向けてから彼に耳打ちした。



「残念。ここまでだ。君達を待っていたので僕の予定が押してる。レンガ君、話はここで終わりだ。だけどどうしても最後に1つ確認したい。一色ケシキに……会いたいかな?」


「会うさ……絶対に……」


「わかった。いいだろう。君の望みを僕が叶えよう。こんなことは例外中の例外だがそれも良しとしよう。色々とこっちの面倒も省ける。連れて行けっ」



久遠寺サイロが手を叩くと後ろ手に手錠を掛けられた状態で僕達3人はボディーガードに無理矢理立たされ、部屋から出された。

ユウグレもレラージェも口をつぐみ俯いていた。ボディーガードに背中を押されながら淡い照明が並んだ廊下を歩かされる。エレベーターに押し込められて、最後に久遠寺サイロが乗り込んだ。



「何処に向かってるんですか?」



僕の声は想像以上に震えていた。どんなに想像しても、もう終わりが近づいているとしか思えなかった。



「天国への階段さ」



久遠寺サイロの言葉がエレベーター内に響き渡る。そして苛立つほどおだやかに微笑みながら、一番上にあるRのボタンを押した。どうやら屋上に連れていかれるようだ。

彼の立ち振る舞いや言動、自らが成功者であることを印象付けるような態度が僕はどうしても好きにはなれなかった。

彼の目的に疑問を感じる。フラッシュメモリーに固執しないのはなぜだ? 目的は絶対にフラッシュメモリーのはずだ。屋上で何をしようとしている? やっぱり殺されるのか?

エレベーターはすぐに屋上に到着した。ボディーガードの1人が目の前にある青い扉に近ずきドアノブを回すがなぜか扉は開かなかった。するとボディーガードはドアのすぐ近くの天井に取り付けられたセキュリティ一カメラに向かって手で合図をした。ドアノブの中で鈍い音が鳴る。



「すいませんでした」


「いいよいいよ。前もって開けておくことはセキュリティ上できないはずだから」



扉が開かれた瞬間、風が全員の衣服を揺らす。ボディーガードに背中を押されて、屋上の中央まで移動させられた。

風が吹いていた。ただただ強く、冷たい強風が。当然ここから見える景色を眺める余裕なんてあるはずもなく、僕はただ久遠寺サイロが次に発する言葉を待っていた。

強風と絶望で倒れてしまいそうになるのを耐えながら待っていた。ユウグレは黙ったままだ。なにかを考えているように見えなくもないが、その表情からはなにも読み取れない。レラージェを何度見ても彼女の目に光はなく、抵抗の意思がないように思えた。こんな時でも他人の力しかあてにできない自分が嫌になってくる。レラージェはユウグレのボディーガードだ。彼女の命を最優先に行動するに決まっている。

久遠寺サイロが手の平を僕の前に出す。



「さぁ……そろそろ出してくれ」


「今日は星がよく見えますね……」



最後の時間稼ぎだ。だけどきっともう意味はない。ただこれを渡したら、もう終わりだ。



「レンガ君。協力してくれなきゃ明日から君は二度と星を見ることは出来なくなる。それにさっき話した君の願いは叶えられない」


「星が見れなくなるのもケシキに会えなくなるのも嫌です」


「だったら早く出すんだ」


「コレをそこまで欲しがる理由を教えてください」


「君に教えても理解できない。というより知らない方がいい。そもそも君と私が今こうして話をしていることすら本来有り得ないことだ。少しの奇跡と、少し頭の良い君の友達、そして少し君の運が悪いということが重なった結果だ。さあ出すんだ」



久遠寺サイロのすぐ後ろにいたボディーガードが胸のあたりに手を入れ何かを取り出そうとしたのを見て、僕は後ずさりをする。



「ちょ……ちょっと待ってください」



夜でも良く見えた。黒い銃口がまっすぐ僕の方に向けられていた。



「レンガもう……渡せ」


「……え?」



ユウグレが消えてしまいそうな声で、諦めるように言った。本当にいいのか? これはケシキが僕に託した大切な物じゃないのか? こんな簡単に終わっていいのか?

そんな考えを否定するかのように拳銃を僕に向けているボディーガードとは別のボディーガードが無理矢理僕を立たせると、慣れた手つきでボディーチェックをはじめた。ズボンのポケットの辺りでボディーガードの手が止まる。左ポケットに手を突っ込まれ、あっさりフラッシュメモリーを取られた。ボディーガードは自慢げに久遠寺サイロにフラッシュメモリーを渡した。



「ありがとう。レンガ君。ところでこのフラッシュメモリーのバックアップは取っているかな?」


「取ってませんよ」


「本当に?」


「本当です」


「ちょっとそこの2人もボディーチェックしてみてよ」



ユウグレとレラージェも立たされて、ボディーチェックがすぐにはじまる。レラージェの脇の下にあるホルスターから小さめの拳銃がすぐに取り上げられた。2人のボディーガードは手順通りに同じ動きをして身体検査を済ませた。幸いなことにケシキのフラッシュメモリーのコピーが入っているユウグレのネックレスには触れさえしなかった。



「さぁこれで終わりだ。レンガ君、最後になにか言いたいことはあるかい?」


「結局最初から殺すつもりですよね。ケシキに会えるなんて話も嘘だ」


「嘘じゃないし殺さないよ。それじゃ僕が血も涙もない悪役みたいじゃないか」


「だったら最後の言葉って?」


「君が君自身の意思で、この屋上から飛び降りて自殺するんだ。ここにいる2人の友達に最後の言葉ぐらいあるだろ?」


「……は?」



なにを言ってるんだ? 自殺? 僕が自分の意思で? だけど自殺するんなら、それは結局殺されることと同じではないだろうか? どちらにせよ死ぬことに変わりはない。死ねば終わりだ。久遠寺サイロの言っていることが僕にはわからない。唯一わかるのは久遠寺サイロにとって僕が自殺すれば都合が良いいということだ。だけど結局自殺を拒んでもここで殺される。あそこで完璧な仕事をしそうなボディーガード2人に殺されるか、あるいは自分の意志で死ぬか。結局どちらを選択してもそれほど違いはないように思えてくる。どうせ死ぬのならケシキと同じように死にたい。そう思った。



「ユウグレ……僕は今から自殺する。もし君がこの先、生き続けられたら、すべてを解明してくれるか?」


「……ああ。全力で解明する」



僕が自殺した後ユウグレはすぐに殺されるかもしれない。それなのに確証のない嘘を言うユウグレが、なんだかいい奴に思えた。そんなユウグレの言葉を聞いて僕はボディーガードの力を借りずに自力で立ち上がり歩いていく。飛ぶことのできる屋上の端まで。死ぬために歩いていく。自らの体をあり得ない高さから落下させるために歩いていく。自らの意思で飛ぶために。

なにもかもが中途半端で、結局なにもわからなかった。吐き出される白い息と一緒に涙が出てくる。なんだかケシキがいなくなってから泣いてばかりいるような気がした。僕はふと雪が見たいと思った。最後にゆっくりと落ちていく雪が見たい。すべての道をただ真っ白に塗り替えてくれる雪が見たい。やさしさも悲しさも、虚しさもせつなさも感じさせることのない、ただただ見ていて頭がボーッとするような雪が見たかった。一歩一歩進めば進むだけ、その距離に比例して足が震えていく。屋上の先端に立つと、残酷なほど美しい銀座の夜景が視界に飛び込んできた。僕はすぐにケシキとあの日見た、九門ビル屋上からの風景を思い出した。あの日、僕とケシキが一緒に飛んでいたら、僕達は一体どうなっていたのだろう。一緒に死んだのだろうか? それとも実在する天国に一緒に行けたのだろうか? どちらにせよここまで後悔もしていなかっただろうし、ここまで泣くこともなかっただろう。

その時銀座の夜の街を映している視界に、上から下へと白い雪がゆっくりゆっくり通り過ぎていく。自ら死を選んだ直前に叶った小さな願い。ケシキが地上波の全チャンネルをジャックして自殺した時のように、街の光に背を向けながら両手を広げ、飛ぶ勇気はさすがになかった。だから目を閉じてただ飛ぼう。そうするしかない。僕は目を閉じ、動いているのかさえわからないほどの微妙さでじりじりと前に足を出していく。目を閉じていることと、恐怖で身体が左右に揺れる。そうして身体を傾けようとした瞬間、少しだけ目を開くと元に戻せないほどに不安定になっていた。そのまま身をまかせ僕は落下していった。腕に痛みが走る。何かにぶつかったのだろうか?だけどもう全部が無意味だ。どうでもいい。

そうして僕は地面に身体を強く叩きつける前に、幸いにも、ぐちゃぐちゃになる前に気を失った。

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12月の天国 千のエーテル @sennoaether

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