Dive14

ケシキが飛び降りた映像を見てから3時間が経過していた。未だにそのことを受け入れることも、理解することもできない僕は、部屋の中で思考し続けることが無駄に思えてきて、結局九紋ビルに向かうことにした。調べなくても場所は知っている。自転車で行けば10分も掛からない。部屋にあるデジタル時計に目を向けると06時23分と表示されていた。そんな時間の表示にすらイライラが募りはじめている自分が、かなりおかしい状態にあることに焦りを感じ、すぐに着替えて部屋を出た。



九紋ビルの駐車場入口には40人ほどの人だかりができていた。門番のように立っている警官の後ろにある駐車場入口には立ち入り禁止の標識テープが貼られていた。その先にはケシキが落下したと思われる駐輪場一帯がブルーシートで覆われている。それはケシキが確実にあの場所に落下したことを物語っていた。周りの音は小さくなり、徐々に頭の中は自分の心音だけになっていく。気づくと僕は意味もなく走り出し、九紋ビルをの周りを1周していた。あの日、ケシキと屋上に入ったあの日、なぜかケシキはすでに屋上のドアの鍵を持っていた。どうやって手に入れたのかと聞く僕にケシキは「鍵を手に入れた方法を聞いてもそれは答えにはならないよレンガ。質問するならなぜこの九紋ビルを選んだのか? じゃない?」とだけ言い放った。実は宝くじの当たり券をポケットに忍ばせている。そんな怪しい笑みを浮かべていた。もしかするとあの時からすでにケシキは今回の計画を進めていたのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。虎視眈々と進め、辿り着き、探し当てた。世界を嫌う自らの手で打つべき反撃を……


重くなった脚を引きずりながら駐車場横にある名前の知らない木に立て掛けておいた自転車の方に向かって歩き出すと、背後から突然肩を叩かれた。あまりの恐怖に一瞬叫び出しそうになる。



「来るのが随分遅いんじゃない?」


「……!! アエルか。ビックリした。いつからここに?」


「あの映像を見てからすぐに来たよ」


「何分後にここに着いた?」


「10分も経ってないと思う」


「救急車は?」


「見てない。おかしいよね。救急車がきてないなんて」


「……」


「ねぇ 聞いてる?」


「……救急車は遺体を運ばない」


「え?」


「救急車が来なかったということは、警察がこの場所に到着した時点でケシキは死んでいたということになる」


「そんな……」



本当に嫌だった。知りたくなかったけど、これでケシキの死が確定してしまった。僕とアエルはクラスメイトの突然の死という現実を呑み込むことが出来ずに、数分間無言でその場に立ち尽くすことしかできなかった。昨日まで普通に話していた人間がこの世界にもういない。そんなことが起きていいのか? いいはずがない。


自殺のlive中継を見て集まった野次馬は特に変化のない普段通りの九紋ビルに飽きたのか徐々に帰り始めていた。誰もが帰り際に九紋ビルにスマートフォンを向けて撮影している。飛び降り自殺をしたその場所にわざわざ出向いてSNSに投稿する理由が僕にはわからない。よほど暇なのか。もっとも意味のない自分の行為をアピールしたいのかのどちらかだろう。そんな彼らの無価値な行動力と同様に、もうここにいることにはまったく意味がないように思えてきた。アエルは見つめられても何もでない僕の顔をずっと見つめている。



「どうするの?」


「……帰ろう」


「でもまだ来たばっかじゃん。もしかしたら……」


「今の僕達にできることは何もないよ」


「でも……」


「アエル……ケシキのこと……教えてくれてありがとう」



何かを言いたそうなアエルに別れを告げ、急いで家に引き返した。


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