Dive13
わざわざ全地上波の全チャンネルをジャックしたことから、何かとてつもないことをやろうとしている決意のようなものが感じられた。その後もしばらくの間、無人の夜の街が映り続ける。固定されたその映像にまったく変化はなく、写真のように見えなくもない。映像が変化したのは3時丁度になった瞬間だった。制服姿のケシキがカメラの前にあらわれた。画面中央にちょうど上半身が収まっている。おそらく前もってテストして立つ位置を決めておいたのだろう。
「みなさんこんばんは。私は一色ケシキという平凡な高校生です。私はこの世界が嫌いです。私をそうさせるすべての理由は嘘にあります。私達が生きるこの世界はありとあらゆる嘘が蔓延し、嘘で作られていると言っても決して大袈裟ではありません。それらのありとあらゆる嘘についてここで話すつもりはありません。ただ……ある一つの嘘を私はこの身を持って暴こうと思います。みなさんのよく知る日本の巨大企業である九紋重工、そして人口増加対策推進協議会は莫大な資金を元に早大な嘘を五年前からばじめています。その嘘はなにかということはまだここでは言いません。私が今確実に言えることは、その計画によって騙されている大勢の人達は今もそのことを知らずに笑顔で生きているということです。日本の自殺者は年々増え続けています。この数字ですら政府はボロボロに剥がれてしまった床の上から、まるでペンキを塗るように自在に数字を何度も書き換えています。そのペンキの塗り替えは自殺者の数字に限定されるものではありません。ありとあらゆる数字を自分達の好きな時に好きなカラーへと塗り替えています。これは陰謀論などではなく残念ながら事実です。私の目的はその中にあるたった一つの嘘を暴き、みなさんに伝え、その嘘に騙されている被害者達を救い出すことです。彼らにとってその真実は残酷なものになると思います。ですがそれ以上に残酷なのは私が真実を暴かなければ、この先も政府と九紋重工はそれを今後も継続していくということです。そんなことを私は絶対に認めない。今ここで全てを説明することは不可能です。なぜならその嘘を暴く最初のステップとして、まず始めに自ら死ななければならないからです」
ただ画面の一点を見つめながらリズミカルにあふれ続けた言葉はそこで一度途切れた。
自ら死ぬ? 今死ぬって言ったのか? ケシキははっきりと迷わずに、死ぬと言った。なんのために? ケシキが前に言っていた言葉が記憶の奥から顔をのぞかせる。
世界と決別し別の世界に行くただ一つの方法。
それをリアルに実行するつもりなのだろうか。ケシキと同じで世界を嫌う僕を残して行ってしまうというのか? 次第に僕はケシキがこれからやろうとしていることに気づく。テレビの中にいるケシキは一歩一歩、なにかを確かめるように、後ろに下がり始めた。あともう一歩で落ちそうな淵まできたあたりで一度立ち止まる。
「私は今から一度死にます。そして再びみなさんの前にあらわれた時、真実を必ずお話しします。目を背ける必要はありません。大丈夫です。だってこれも嘘なのですから。それでは次に会う……その日までっ」
そうしてケシキはキラキラと輝く夜の傘凪市の夜景を背に、細い両腕を大きく広げ、身体を倒していった。ゆっくりと傾いた身体は最後には屋上のコンクリートと平行になり、画面から完全に消えた。ケシキがいなくなり再び一枚の写真のようになった屋上の画面を僕は呆然としばらく見つめていた。本当にケシキは死んだのだろうか?一度死ぬ。ケシキは確かにそう言った。そして最後に、次に会うその日までと言った。死んだらもう会うことなんてできないはずだ。
それも嘘。
死ぬことが嘘。
騙されている大勢の人達。
最初のステップが死ぬこと。
答えのない言葉達が頭に浮かび消えていく。人口増加対策推進協議会。政府と九紋重工。ケシキの死になんの意味が? どれほど考えていただろう。気づくとついさっきまで画面に映し出されていた九紋ビル屋上の映像は朝一番に始まるニュース番組に変わっていた。映像には映らなかったはずの、アスファルトに打ちつけられたケシキの姿が、なぜだか鮮明に頭の中で完成していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます