Dive12

ケシキが学校を休んで一ヶ月と17日目の夜。僕は久々に夢を見た。どうやらその夢の中の世界では、ありとあらゆる物語が禁止されているようだった。なぜか街並みは中世の時代で、僕は大勢の群衆の中にいる。みんなはなにかを待っているようだった。人々の中心には木材で作られた巨大な十字架が置かれ、その下には枯れ木が山のように積み上げられていた。




夢の中の僕はなぜか得体の知れない嫌な予感に、押しつぶされそうだった。しばらくして群衆の中心に、二人の大男に両腕を抱えられた一人の女の子が連れてこられた。僕はその女の子の顔を確認するために群衆に揉みくちゃにされながら一番前を目指していく。たどり着いた頃には女の子は十字架に括られていた。僕の嫌な予感は的中した。




その女の子はどこからどう見てもケシキだった。




ケシキのすぐ前にいた少し裕福そうな格好の丸々と肥えた男が、何語かわからない言葉を大声でわめくと、回りにいる群衆はその言葉に反応し、皆がしきりになにかを叫びはじめる。後ろの方からケシキに向かって大小様々な石が投げられてからすぐに、黒いハットをかぶった豚のような男が松明をケシキの足下の枯れ木に投げ入れると火は一瞬で燃え広がり、ケシキは顔や腕の肉がチーズのようにドロドロと下に落ちた。燃え上がる炎と溶けたケシキが混ざり合う。だけどグロテスクなその光景よりも怖かったのは、ケシキが最後まで僕の目を見ながら笑っていたことだった。ドロドロになりながらも笑っていた。どうやらその夢は、本を読むことが禁じられた夢の中の世界で、本を読むことをやめなかった僕の身代わりになり、ケシキが火炙りにされたらしかった。




映画、セブンのラストだけを3回続けて観たような後味の悪さに目を覚ますと部屋の天井が薄い光で点滅していた。部屋の時計は02時47分。こんな時間に誰かが僕の携帯番号に発信ボタンを押したようだ。ケシキからかと思ったが携帯電話の画面にはアエルと表示されていた。人の迷惑も考えずこんな時間に電話をかけてくる彼女に番号を教えたのは間違いだったのかもしれない。無視しようかと思ったが、こんな時間にわざわざ電話してきた理由が気になった。そして気軽に電話をかけないでほしいということを伝えるために通話ボタンを押す。




「……こんな時間に気軽に電話されると迷惑なんだけど」




「よかった。繋がった」




「全然……よくないよ」




「テレビ……見てよ。なんか悪いことが起こりそうな気がする」




「テレビ? 悪いことならすでに今僕の身に起きてるけど……」




眠さがすべてを無関心へと変えていく。




「いいから今すぐ見て」




「……眠い」




「見ないと絶対後悔するよ。それでもいいならアエルはいいけど」




「……わかったよ」




アエルのことだからどうせいつものくだらない冗談かなにかだろう。そんなのに付き合う必要は当然ない。だけど無視すれば翌日に必ず面倒なことになる。現在02時50分。いつものアエルの他者を思いやることのできないわがままや冗談も、今回だけはさすがに暴力としか思えなくなってくる。だけどアエルのいつもとは少し違う深刻な声に結局根負けした僕は、中断された睡眠をあきらめて仕方なくテレビをつけた。




「つけた?」




「ああ。つけたけど……それで?」




「そう。じゃあ明日ね」




そこでアエルは急に電話を切った。切る時も当然のように一方的だった。テレビ画面にはどこか高い建物の上から撮影されたような映像が写しだされている。深夜でもイヤになるくらいに光るビルや街灯の様々な明かり。その風景になぜか既視感を感じた。ただそこに映っていたのは普段放送されているつまらないテレビ番組とは明らかに違っている。映像の鮮明さや撮影アングルなどを見ると素人が撮影したものだとすぐにわかった。画面左上のLiveの文字など、すぐにどうでもよくなってしまうテロップが、緊急速報のように短い間隔で表示されていた。






まもなく一色ケシキより重要なお知らせがあります。






画面の上に一定の間隔であらわれる文字。緊急速報のようなテロップにはそう表示されている。僕は急いでチャンネルを変えてみる。




「なんだ……これ……」




一体ケシキはどんな魔法を使ったのか、現在地上波で放送中の18チャンネル全てに同じ映像が映し出されていた。


そのビルの風景を見て気づく。そう。今画面に映っているのは、あの日僕とケシキがこの世界で生きることをやめるために飛ぼうとした、九紋ビル屋上からの風景だということに。

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