Dive15


ベッドに身体を投げ出しザラついた天井をぼんやり見つめる。仮にケシキが死んでいなかったとしても、もうケシキに会うことはできない。そんな気がした。今回のケシキの計画について、僕は本当になにも知らなかった。知っていたらベッドで横になっていたりしない。知っていたらケシキが九紋ビルの屋上に向かう間、こんなところでケシキが火炙りにされる夢なんか呑気に見ているはずがない。ケシキのことを、一色ケシキという人間のことを少しでもわかった気になっていた自分をビルの屋上から突き落としたくなった。


自殺。


そんなことをする素振りなど僕には微塵も見せずに、この世界に見切りを付けた。今までのケシキとの会話を思い出すと確かにこの世界の醜悪さについて語ってはいたけど、自殺を選択する人間には到底見えなかった。今でも信じられない。これも実は僕が見ている夢ではないのだろうか? クリストファー・ノーランの映画、インセプションのように夢から覚めた世界も夢だった、というオープニングを思い出す。こんな世界に愛想を尽かし自殺をするのは珍しくはないが、ケシキはそれを選ばずに、この先も世界と最後までケシキなりに闘い続けるような気がしていた。でもそれは結局僕の勝手な思い込みで、勝手に僕が作りあげた偽物の一色ケシキだった。


出口のないネズミの迷路。


あらゆる思考はループを続ける。


ありとあらゆる可能性。


飛躍を止めない妄想の連鎖。



ケシキのいない今、そんな全部が無駄であることだと理解した瞬間、目から涙が溢れ、堪えても堪えても涙は落ち続ける。僕はやっぱりケシキが好きで、この先もきっと好きであり続けるだろう。なぜなら僕が死ぬまでにケシキを超える存在はあらわれない。だけどこんな考えも、恥ずかしいくらいに止まらない涙も、結局意味のないことだった。僕が一色ケシキという人間をわかった気でいただけだったということを理解したのと同じように、意味のないことだった。目から流れていく高濃度のタンパク質を含んだ水分は白いシーツに模様を作っていた。事実がどうであれ、ケシキが死んだということは変わらない。ケシキが死んでもこの先世界は廻り続けるし、ケシキが死んでも壊れたカウンターは誰にも修理されずに今後も死者達を冷静に記録し続けていく。ケシキが死んでしまったこの日にも、この瞬間にも、誰かが空を見ながら今日は天気がいいね、なんて平和ボケした笑顔できっと言うのだろう。


部屋のカーテンの隙間から光が差し込み、家の前を歩く通学途中の小学生達が純粋な笑い声を響かせる。



「ケシキ‥‥‥僕はこの先誰と‥‥‥世界を嫌えばいい?」



僕の声は驚くほど枯れていた。




一日目


その日は学校を休むことにした。全ての生徒には一年間に14日の特別休暇が与えられている。使い方は人それぞれだ。大昔に比べて学校で学ぶことに、それほどの意味を持たなくなったのと、ほどよく休みを与えることで全く学校に通わなくなる生徒を減らすために二年前に導入されたシステムだった。休む時は学校のホームページを開き、八桁の暗証番号を入力してログインしたあとに特別休暇の文字をクリックし、表示された休暇理由と休みたい日付けにチェックを入れて送信ボタンを押すだけ。僕は休暇理由の項目の一番上にある病欠にチェックを入れ送信ボタンを押した。九紋ビルから帰ってきて、一睡もせず10時間以上が経過しているにもかかわらず、不思議と眠くはなかった。


その時静まった部屋に来客を告げる電子音が突然鳴り響いた。それと同時に携帯電話が振動を始める。電話に出ると配送会社からで、どうやら僕宛に荷物が届いたようだった。電話に出てしまったので仕方なく立ち上がり、玄関に向かう。配送会社が僕に手渡したのは内側が薄いスポンジで覆われたA4サイズの封筒だった。封筒には僕の名前と住所以外は書かれていない。やけに軽い封筒を片手に部屋に戻る。封筒を開けると中には超小型のフラッシュメモリーとグレーの封筒が1枚入っているだけだった。急いでグレーの封筒を開けると裏地に空を漂う雪の絵がプリントされている。中には赤い字で書かれた1枚の手紙が入っていた。




世界が少しだけ嫌いなレンガへ



突然の私の自殺に、あなたが何を思い、何を感じているかはわからないけど先に謝らせて。


ごめんなさい。

黙って先に飛んでしまってごめんなさい。



私がこうしてあらかじめ自殺した後に手紙を出したのは君だけです。そうしないことはなんだかとても不誠実な気がした。


すべてをこの手紙で説明したいんだけど、そうすると便箋の枚数が多くなるから説明はしない。


こんなこと言うと君は怒るかもしれないけど、私が斗明学園に転校した理由は君がいたから。


蓮崎 レンガ。


私は斗明学園に転校する以前から君のことを知っていた。


私が世界中に無数に存在する中の、たった1つの欲の壁をグチャグチャに壊して、その場所に確かな光を当てる計画の始まりは自殺することじゃなくて、君に出会うことだったの。


驚いた?


はじめは嫌な奴だったらどうしようかと思っていたけど君が君で安心した。


世界と自分との間に、絶対的な境界線を引き、小説のページをめくる姿を見て、私は君が好きになった。



自分勝手なのはわかってる。だけど世界が少しでも嫌いなら君があまり好きではない君自身が持つ能力を私に預けて欲しい。


フラッシュメモリーは前に話した真実を追求する彼らに渡して欲しい。


気づけば、いつだって君を思い出してる。


早く君に会いたい。


確かに実在する天国で待ってる。



今日も明日も世界を嫌う一色ケシキより



何度も何度も手紙の全文を読み返す。とにかくケシキは生きていた。その事実だけが僕を安堵させた。どうやら僕はケシキに置いていかれたわけではなく僕自身が計画の一部のようだった。驚いたのはケシキは僕に会うために斗明学園にやってきたという部分だ。ケシキに選ばれた理由はなんとなくわかる。それはきっとあまり意識したくない僕の能力のせいだろう。考えたくはないけど、ケシキが必要だと言うのなら全力でこの力を差し出そう。だけどそれはケシキに会えないことには始まらない。ケシキが待っている実在する天国なる場所がたとえ世界の果にあったとしても、その場所を探し当て、どうにかしてたどり着かなくてはならない。

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