吸血鬼と聖夜の話

「おお、ブラボー! ブラボォォォ!」

 ……。

 なぜ僕の目の前に、あの変態がいるのでしょうか神様。

「HAHAHA! やぁ秋人君、久しいな!」

 極力無視してどこかへ行きたい。

 奇人変人を自称する僕でも、アレと迂闊に関わるのだけは嫌だ。

「どうしたのかね? 私との再会があまりに衝撃的だったのかね?」

「――――その通りだ変態吸血鬼ッ!」

 実に的確なことを言っていたので同意した。

 奴はとても満足そうな表情で何度も頷く。

 一秒で十回は頷いてんじゃないか、あの速度。気持ち悪い。

「やはりそうか。我が妖艶なる美貌は、同性さえも虜にしてしまうのだね」

「いや、僕はお前に興味は全くない」

「ははは、これはつれない態度だね! 知っているよ、それはジャパニーズで流行っているジャンル『ツンデレ』と言うのだろう」

「……なんだい、それ。そんなの流行ってたの?」

 ちなみに僕は夏以降日本には帰ってないので、最近どんな感じなのかさっぱり分からない。

 あれから路銀を稼ぎつつ、少しずつ西北へ向かってたのだ。

 中国越えて、ヒマラヤ山脈越えて、エトセトラエトセトラ。

 ちなみに現在スウェーデン。

 ここで素晴らしいクリスマスを迎える……予定だったんだけど。

「まぁいいや。それで何か用かい、ディルメオス」

「ノンノン」

 分かってないねぇ、と指を振る変態。

「今の私はディルメオスではないッ!」

 ……。

 はっ、まさか奴に双子の兄弟がいたと言うのかっ!?

 それとも変態度が肥大化し、存在変質が起きたのか。

 どちらにせよ、危機的状況だと言わざるを得ない……!

「――よし、早急に害悪存在は抹消しなければ」

 僕はあまり相手を消し去る魔術は心得ていない。実戦派ではないのだ。

 となれば、助太刀を願うしかあるまい。

「夏名さん、君に決めたッ!」

「え、えぇっ、私ですかっ」

 呼ばれて飛び出る大和女神の夏名さん。

 やはり変態の相手は嫌なのか、戸惑っているようだけど……とりあえず無視。

「十万ボルトだッ!」

「え、えっと……ピッカ、チョ~!」

 微妙に間違った掛け声で電撃を放つ夏名さん。

 最近ますますノリが良くなってきて嬉しい限りだ。

 電撃は変態吸血鬼に直撃する。

 よし、これで奴を撃退出来る、

「ああっ、ああっ! なかなかに気持ちいいものだね!」

 ……訳なかった。

 そうだ、奴は変態だった。

 奴の変態成分の中に、マゾ成分が含まれていることを失念していた……!

「あ、秋人さぁん……」

 掛け声を間違えたせいか、奴が快感に浸っているせいか、夏名さんは顔を真っ赤にしながら涙目で助けを求めてきた。

「むぅ。マゾ相手に攻撃するのはよろしくないな」

「うぅ……私、無駄に恥かいた気がします」

「いやいや、なかなか面白かったよ」

 見てる分にはね。

「で、どういうことだい変態吸血鬼。お前、ディルメオスじゃないの?」

「それは古い名だということだよ秋人君。忘れたかね、私が千の名前を持つ男だということを」

「……あー、そういや」

 そんなこと、言ってたような言ってなかったような。

「ってことは、今は別の名前ってことか」

「その通り。今の私は神をも恐れぬ吸血鬼、月火水木金土日之尊だ。よろしく頼むよ」

「改名しろッ!」

 そう言いながら僕は、一人傍観者してたナナシを奴に投げつけた。


 スウェーデンのホテル。

 時刻はまだ正午過ぎ。

 僕はそこで、なぜか一緒にやって来たディルメオスの話を聞いている最中だった。

 ちなみに僕は飛鳥井秋人。日本からずっと旅をしてきた魔法使いだ。

 僕の横でふわふわしているのが日本の女神、夏名さん。

 ふわふわしているというのは比喩的な表現ではなく、実際浮いているのである。

 あと性格も浮いてる感じ。

 ついでに、僕の鞄の中で不貞腐れてるのは名無しの魔道書ナナシ。

 ディルメオス目掛けて投げつけられたのがよほど嫌だったのだろう。

 さっきから一言も喋ろうとしない。

 そして、僕の目の前で奇怪なポーズを取っているのは、トマトジュース主食の吸血鬼兼変態のディルメオス。

 血を吸われて吸血鬼になったわけでもなければ、幻想によって変貌したわけでもない。

 世界の勘違いによって生まれた、突然変異種。

 希少ではあるけど価値はない、そんな変り種だ。

 悲しいことに僕はこんなのと知り合いだったりする。

 ディルメオスとは千ある名前の一つに過ぎない。

 なぜそんなに名前を持っているのかも気になるところだが、僕がまず尋ねたのは、なぜこいつがここにいるのかということ。

「特に理由がないのであれば即効立ち去ってくれ。僕はこれからトムテ探しをしたいのだ」

 トムテとはスウェーデンのサンタクロースとも言われる存在だ。

 サンタクロースのトナカイを世話する小人とかって話も聞いたことある。

 まぁ要するに、サンタクロースと密接な関わりを持ったものだ。

 せっかくスウェーデンまで来たのだから、お目にかかろうと思ったのである。

「そんな訳でお前に付き合っている暇はない」

「そこをなんとか頼むよ。私の命に関わる問題なんだ」

 爽やかな笑みを浮かべながら、歯をキラリと光らせる。

 うーむ、アクションと台詞が全く噛み合ってないような。

「……話ぐらい聴いてあげてもいいんじゃないですか?」

 おずおずと夏名さんが言ってくる。

 この人、根本的なところで良い人だからなぁ。

 僕がディルメオスを無視しても、夏名さんが首を突っ込みそうだ。

 それはなんとなく面白くない。

「仕方ない。話ぐらいは聴いてあげよう」

「それでこそマイフレンド! ああ、君のような友人を持って私は幸せだ!」

「無意味にテンション高くするのは止めろ。それと間違えるな、友人じゃない」

 最後の部分を特に強調する。

 いくら僕が変人奇人を自称する男でも、こんな奴と友人扱いだけは嫌だよぅ……!

「そうか、泣くほど嬉しいか。私も嬉しいよ、マイフレンド!」

「人の話を聞け!」

 むぅ、こいつを前にするとペースが狂うな。

 気を取り直すために咳払いを一つ。

「で、なんでここにいるんだよ」

「うむ。最愛の人に会いに来たのだ」

「……」

 それのどこが、命に関わる問題なんだろう。

「ふむ、当然の疑問だね。それには少々説明がいるのだが……」

「三分以内で説明終えなかったら、ナナシの総力駆使してお前を封印するからな」

「いや、せっかちだねマイフレンド」

「……」

 優雅な仕草で髪をかき上げるディルメオス。

 もうツッコミも疲れたので放置。

 でも、断じて奴とはフレンドリーな関係じゃありません。

「まぁ封印されるのは私も嫌だしね。では簡潔に、そして優雅に語るとしよう」


 私には、この世の何よりも愛すべき女性がいる。

 彼女は非常に可憐で一途な人だ。

 薄暗い森の奥深くにある古城、そこに彼女は暮らしている。

 私と彼女は出会ってすぐに恋に落ちた。

 その出会いはおそらく必然だったのだろう。

 どういった出会いだったかはもう覚えていない。

 なにしろ二百年ぐらい前のことだからね。

 そう、彼女は人間ではない。

 私と同じ吸血鬼だ。

 しかも、五流扱いの私と違って、吸血鬼たちの中では一目置かれている存在でもある。

 彼女自身はどの程度か分からないが、彼女の父――――彼女を吸血鬼にした男は公爵クラス。

 天魔を超一流とするなら、だいたい二流に位置する存在だ。

 二流だからと言って馬鹿にしてはいけない。

 単独で一つの都市を壊滅させるぐらいの力は有しているのだから。

 そう、問題はその父親だ。

 彼は、彼女と私の交際をなかなか認めてくれない。

『お前のような突然変異に娘をやれるか』

 酷い差別だ。少々変わっているぐらい許されるべきだとは思わないかい?

 え、少々どころじゃない? ハハハ、変なことを言うねマイフレンド。

 とにかく、父親は私を目の敵にしている。

 どれぐらい敵視しているかというと、彼女に内緒で私に刺客を差し向けるぐらいだ。

 おかげでいくつも偽名を使って逃げ回る日々だよ。

 ところが私は、五十年に一度は会いに行くと彼女に約束してしまっている。

 父親はそのことを知っていて、僕を抹殺する好機として待ち構えているみたいなんだ。

 じゃ行かなければいいだろうって? 無理だよ、あの古城には電話も何もないから連絡が取れない。

 無断で約束を破ると、それはそれで恐ろしいことになる。

 実は彼女、一途な余りひどく心配性でね。

 僕が行かなければ、浮気でもしたんじゃないかと疑って僕を殺しに来るかもしれないんだ。

 というか過去に前例があってね。

 いや、あのときの彼女は彼女の父親に勝るとも劣らない存在と化していたよ。

 というわけで、僕は窮している。

 彼女に会いに行けば、彼女の父親に殺されるだろう。

 会いに行かなければ、彼女自身に殺されかねない。

 だから君に助けてもらいたいんだ、アミーゴ。


 話を聴けば聴くほど、奴の現状が最悪に等しいことが理解できた。

 僕は五流の吸血鬼であるコイツと互角程度の実力である。

 そんな、二流クラスの吸血鬼をどうこうできるはずがない。

「話は分かった。そんなわけで、早速帰ってくれ」

「冷たいじゃないかマイフレンド! おお、君はなぜそんなにツンなのだね!?」

「さぁ……」

 気のない返事をしながら、僕はベッドに潜り込む。

 トムテ探しは夜に行う。

 今はゆっくりと休もう。なんか疲れたし。

 ……とか思ってたら、首筋に嫌な息が。

「って何してるんだ、お前」

 半眼で振り返ると、そこにはわざとらしく牙をギラリと光らせたディルメオスがいた。

「うむ。マイフレンドをデレにするためには、まず我が僕としなければならないのではないかと……」

「勝手にするな、気色悪い。誰彼構わずそんなこと言ってるから、浮気を心配されるんじゃないの?」

 それで殺しに来るってのもなかなか凄いけど。

 愛情なんてものに縁がない僕には、そこのところはどうも理解しがたい。

「とにかく口閉じて牙引っ込めろ。そのままじゃベッドに涎がこぼれるだろう」

 ところが、ディルメオスは口を大きく開けたまま動かない。

 次第に涎が、本当に垂れてきそうになった。

 こいつ、僕が協力を約束するまで動かないつもりか。

 なかなか素敵な根性をしているじゃないか。

「……はぁ、分かったよ。協力するから早くどいてくれ」

「……はは」

 ああ、と言おうとしたのだろう。

 しかしディルメオスは口を開けたままだったので、上手い具合に言葉にならなかった。

「――――なんだ、顎外れたのか」

 ディルメオスは、特に動じた様子もなく頷いた。


「それで、マイフレンド。私はなぜこんな格好を?」

 クリスマス・イヴ。

 世間一般では聖夜のはずだ。

 しかし僕の目の前にいるのは、小人のコスプレをした変態吸血鬼。

 これはこれで面白いんだけど、自分の意思で得た面白さじゃないのでありがたみがない。

「さっきも言ったろ。トムテだよトムテ」

「小人だね。ふふ、小さくて愛らしいものは大好きだよ」

「……お前、図体でかいから小人って感じではないな」

 ディルメオスは、黙ってれば美形だ。

 美しき青年貴族、と形容しても差し支えない。

 中身は馬鹿だけど。

 背丈もそれなりにあるこいつが小人の格好をしたところで、可愛らしさは欠片もない。

 けど、仕方がない。

「知ってるかい、トムテの伝承の中には、サンタクロースみたいにプレゼントを与えるというものもある」

「ふむ、あるね」

「トムテは夢が生み出す幻想だ。吸血鬼は害意なき幻想種は攻撃しないんだろう?」

「そうだね、私たちは私たちなりの秩序を持って生きている。希にそこから外れる者もいるけど」

「なら、トムテに化ければ攻撃されずに彼女の元に行けるはずだ」

 そう、それが今回の作戦。

 サンタクロースなら不法侵入も許されるのだ。

「……マイフレンド。それは良い策だと思うのだけれど、さすがにばれるのではないかね」

「おお、お前が常識人みたいなことを言った……!?」

「そこまで驚かれると、なんだか尊厳傷つけられたようでゾクゾクするね」

 嬉しそうに身をくねらせる変態。

 しまった、言葉責めも奴にとってはエリクサーか。

「落ち着け。今、ナナシと夏名さんが探してるから」

「何をだい?」

「本物のトムテさ。彼らに紛れ込めば、もしかしたら誤魔化せるかもしれないだろう」

「そうか。頭いいねマイフレンド」

 感心したように頷く。

 そのとき、ちょうどナナシが空から降ってきた。

「見つけたぞ。トナカイに乗ってあちこち飛び回ってる。もうすぐこっちにも来るはずだ」

「そうか、ご苦労様ナナシ」

 ナナシの報告を聞いている間に、既に上空にはトムテの集団が現れていた。

 辺り一面を覆うほどの小人たち。

 彼らは自分たちで世話をしたトナカイたちに乗って、子供たちへ夢を届けに向かうのだ。

「ほら、ディルメオス。早くあれに合流するんだ」

「ああ、ありがとうマイフレンド。この恩は必ず返すよ」

 爽やかな笑みを浮かべながら、ディルメオスはマントをたなびかせて空へと舞い上がる。

 それを見送る僕に対し、ナナシが言った。

「……着けると思うか?」

 何を今更。

「――――着けるはずないだろ?」

 僕がそう言うのと同時、離れた場所で一際大きな魔力の爆発があった。

 吹き飛ばされるトムテたち。

 多分、巻き添え食らったんだろうな。

 しばらくして、夏名さんが戻ってきた。

「あの、今凄い力を感じたんですけど……」

「うん。どうやら作戦失敗したみたいだ」

「ディルメオスさん……大丈夫でしょうか」

「あの手のキャラは死なないから大丈夫だよ。さてと、トムテも見れたことだし帰ろうか、ナナシ、夏名さん」

 帰りにケーキを買っていくのも悪くないかな。

 邪魔者もいなくなったことだし、聖夜はのんびりと過ごせそうだ。


 翌朝、目が覚めると包装紙に包まれたディルメオスが転がっていた。

 多分トムテたちの仕業だろう。

 僕に対してのプレゼント、ということだろうか。

 心底いらないんだけど。

「どうするんだ、秋人。このままにしておくのも気味悪いぞ」

「ナナシの意見ごもっとも。どうしようかなぁ」

 ナナシや夏名さんと、ディルメオスをどうするか話し合う。

 窓から放り出すのはこの間もやったしなぁ。

 かと言って、他にどうすると言われても困る。

 とりあえず、いらないというのが大前提なわけだし。

 いらないプレゼント渡されるのって、結構困るんだよなぁ。

 そんなことを考えていると、夏名さんがおずおずと手をあげた。

「あの、秋人さん。私、ディルメオスさんのことで何か忘れてる気がするんですけど」

「……忘れてること?」

 はて、何か忘れてることってあったかな。

 そんなことを考えていると、部屋の外から迫り来る足音が聞こえてきた。

『ディルゥゥゥゥゥ!』

 まだあどけない少女のような声。

 その声が聞こえたのか、気絶していたディルメオスが目を覚ました。

「あ、あの声は……ハニーッ!」

 ハニー?

 それって、公爵クラスと同等の力を持つ、お前の恋人?

 ああ、そうか。

 結局こいつ、昨日彼女に会いにいけなかったんだ。

 だから彼女から来たんだ。

 ……こいつを殺すために。

 そこまで思考が進んだ瞬間、僕らの部屋の扉を粉砕しながら、恐怖の女神が現れる。

 見た目はまだ十代半ばほどの少女。

 美しいというよりは可愛らしい。

 しかし、その内側から溢れ出る力は半端じゃない。

 僕は素早くナナシを掴み、夏名さんに呼びかけた。

「総員、退避――――ッ!」

 言いながら、窓に足をかけた。

 ところが、そこで身体の動きを封じられる。

 ディルメオスの奴、金縛りを仕掛けてきたな……!?

「フ、フフ……マイフレンド。一緒に死んでくれるかい?」

「言葉は疑問系だが行動は選択の余地を与えないものだな。……最悪だぞお前」

 悪態をついている間にも、恐怖の権化は迫り来る。

「ディル……何、そこの人と浮気してたの? 不潔だわ……!」

「違います、お嬢さん。僕は巻き込まれただけでしてね。もっと生産的に物事を考えましょう」

「マイフレンド。今気づいたのだが、私はなぜラッピングされているのだろうか。……そういうのが好みかね!?」

「……最高のタイミングで最悪の台詞を投下するな、お前」

 もはや言い訳無用。

 愛らしい外見をした少女は、怒りの鉄拳を僕らにぶちかますのだった。


 ――――――――――BAD END?

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