第22話 出逢いは必然だったんです(2)

 ……というか。


「黙って聞いていれば、はっきりチビって失礼すぎませんか!?」

「でも本当のことだろう」

「ええそうですよ、でも本当のことこそ本人には言っちゃいけないって決まりがあるんです! レディに向かってそんなことを言うのは最低最悪ですよ! なんですか、わたしがチビだとかガキだとかペチャパイだとか乳臭い小娘だとか!」

「さすがにそこまでは言っていないが……」


 あれ、そうでしたっけ。そうだったかな。


「でも半分は言っているようなものですよ。いいですか、二度とわたしのことをチビだなんて言わないこと。わたしだって傷つくんです」

「え、そうだったのか?」


 きょとんとする大神さん。 

 ……え、むしろわたしが傷つかないとでも思っていたんですか?

 それはさすがに……失礼を通り越して意味不明ですよ。わたしも人間ですし普通に傷つきますけど。わたしのことをなんだと思っているんでしょうこの人は。一応あなたの彼女ですよ?


 大神さんも、ひなたも、巨乳ちゃんも、元彼氏さんだって……口を開けばみんなしてわたしのことを小さい小さいと言います。今日なんてひなたにはロリなんちゃらだと言われてしまいました。そりゃあ周りと比べれば小さいほうですよ。小学生に見られることだってざらですし。

 ……でも、わたしだって少しは気にしているんですからね、この外見のことは。これでもちゃんとコンプレックスなんです。わたしがいくら背伸びをしたところで、愛する人の見ている景色と同じものを見られないのは……とても寂しいですから。


「…………」

「おい、どうした。怒ったのか?」

「ふーんだ。べっつにー、です」

「怒ってはいないが、すねてるな」


 なんとでも言えばいいです。

 どうせわたしは子どもっぽいですよ。大神さんに釣り合うような女性じゃないってことくらい自分でもよくわかっています。重々承知なんです。彼にお似合いの女の人というのは、細くて、身長が高くて、美人で、格好良くて……きっと大神さんのお姉さまみたいな人なんです。全部わかっているんですよ。

 わたしなんて……わたしなんて。


「……うん、まあ、そうだな。俺はかわいいと思うぞ。おまえのそういうところ」

「……へ?」


 間の抜けた声を出してしまいました。だって、そんなこと……言われるなんて思ってもみなかったから。


 テーブルの上に落としていた視線を上げ、大神さんを見やります。すると、そこには焦げ茶色の瞳でふわりと微笑み、わたしを優しく見つめる彼がいました。


 なんですか。やめてください。そんな顔で見ないでください。

 ……また胸がドキドキしちゃうじゃないですか。


「……ま、またそういうことばかり言って」

「紛れもない本音だ」

「そんなことを言ってもなにも出ませんよ……」

「なにもいらないさ。おまえさえいてくれれば、それでいい」


 ああ、もう。だから、だめですってば。

 ……これ以上、わたしの中をあなたで満たさないでください。

 もう胸の中が大神さんのことばかりで溢れて仕方がありません。

 あなたへの愛しい想いを一粒だってこぼしたくないのに……一秒あれば、もっとあなたを好きになってしまう。

 自分でも、おかしいとは思うのですけど……もう止められません。


「……大神さん、わたし……」


 吸い込まれそうな焦げ茶色の瞳を見つめ、そして。


「あっ、思い出しました!」


 ぱちん、と手を合わせます。

 大神さんは目を丸くしたあと、軽く息をつきゆるゆるとかぶりを振りました。


「おまえってやつは、なにもこのタイミングで思い出さなくてもいいだろう」

「え? このタイミングってどのタイミングです?」

「相変わらずだな。なんでもない」

「変な大神さんですね。言いたいことがあれば言えばいいのに」

「おう、そうか、じゃあ言ってやろうか。俺も男だからそういうムードを壊されるとがっかりするんだ。まあムードなんてなくたっておまえを食べたいときには真正面から襲いにかかるけどな。俺はオオカミだから容赦はしない。まずはその赤い服を剥いでそれから……」

「あーっ、そ、そうです、そうでした、あのですね、お話、お話をしたかったんです、今日祖母の家へ行ったときに聞いたお話なんですが、その」


 にやりと笑みを浮かべ、大神さんはテーブルに頬杖をつきます。

 ……なんですか、その顔は。


「今話をそらしたな」

「はあ!? ち、違います、断じて、違いますから! なに言ってるんですかね! わたしにはちゃんとお話したいことがあってそれでっ」

「ほう、そうかそうか。それは悪かったなあ。なら言ってみろ」


 どうぞ、と手のひらを差し出す大神さん。

 ほんといけすかない男ですね。そういうところ、ムカつきます。

 言われなくても話しますもん。


 わたしは両手をこぶしにし、自分の膝もとへと降ろし、真剣な顔で言いました。


「大神さんは、赤ずきんの物語を知っていますか」


 訊くと、大神さんはぽかんとした顔でわたしを見ます。

 なんでそんな顔をするんですか。……もしかして、今までずっと知りませんでした?


「あの……赤ずきんっていう童話があってですね……」

「いや、知ってる、わかってる。さすがに知らないわけはない」

「よかったです。だって大神さん、ぽかんとするから」

「そりゃするだろうよ。いきなりなにを言い出すかと思えば……本当になにを言い出すんだ、おまえは。赤ずきんはおまえの好きな話だろう?」


 そう。そのとおりです。

 赤ずきんは、わたしがいちばん気に入っている童話です。

 幼い頃から、何度も何度も繰り返し読んできました。嬉しいときも、悲しいときも、どんなときでもわたしが持っていた本が、この赤ずきんです。わたしは、この赤ずきんとともに育ったと言っても過言ではないでしょう。

 まるできょうだいのような関係。切っても切れない仲。

 不思議ですよね。赤ずきんは、ただの物語なのに。


 わたしは今日祖母とした会話を、ゆっくりと頭の中で思い出しながら……彼にこう言ったのです。


「その物語の主人公である赤ずきんちゃんとは、どうやらわたしのらしいのです」


 真面目な顔で、真っ直ぐな瞳で、伝えます。

 赤ずきんはわたしの先祖だと。


 めちゃくちゃ驚きませんか。驚きますよね。わたしも驚きましたよ。おばあちゃんからこの話を聞いたときには、目ん玉が飛び出るかと思いました。いえ、実際飛び出ていたでしょう。

 でもわたしは、この話を冗談だとは思いませんでした。信じられない思いではあったけれど、信じられなくはなかったのです。むしろ納得しました。今までわたしがこの物語に異様なほど執着していた理由も、そういうことだったのかと胸の中の収まるべきところに収まった感じがしたのです。


 ……ところが。

 わたしが神妙に殊勝に語ったところで、大神さんの声が聞こえてきません。

 おや、と思い彼の顔を見てみると……まるで明らかな嘘をついている詐欺師を見るような疑いの眼差しを向けられていたのです。

 なんですか、その目は。いや、わかりますよ、そう思うのも無理はないです、言いたいこともわかります。でもですね。これは本当の話なのですよ。証拠は……ないですけど。あるのはどこからともなく湧き出てくる謎の自信だけですけど。でも、だって。


「…………」

「…………」


 互いに見つめ合い、沈黙の時間が続きます。


 十秒経過。

 二十秒経過。

 三十秒経過。


「…………は?」


 今度は大神さんが間の抜けた声を発しました。ついでに言うと、顔もだいぶ間抜けな表情をしています。笑えます。ええ、ええ、わかりますよ。「は?」ですよね。そう言いたい気持ちも十二分に理解できます。


 大神さんは眉間にしわを寄せ、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて言います。


「おまえ、なにを言っているんだ……?」

「ですから、赤ずきんの元となったのは、わたしのご先祖さまだったというお話ですよ。わかりにくかったでしょうか?」


 簡潔にお話ししたつもりだったのですけれど。

 わたしが首をかたむけると、大神さんは無言のまま、目を細めてじいっとわたしを見つめてから、一言。


「……うん、ま、ありえなくはないな」

「え?」


 わたしは目をぱちぱちとしばたたかせました。肯定の返事など返ってくるはずはないと思っていたのです。大神さんのことだから、またどうせ「わけのわからぬことを言うな」とか「くだらない作り話だ」とか「バカなんじゃないのか」とか言ってくるだろうと思っていたから。それなのに。

 大神さんは、いつになく優しい微笑みをわたしに向けてきます。


「にわかには信じがたい話だ。いや、正直言えば無理がある。赤ずきんはあくまで童話のひとつだ。現実的じゃない。……でも、俺は思うんだ」


 大神さんは大きな手でわたしの頭をぽんと撫で、優しげな声で言いました。


「おまえはきっと、赤ずきんの生まれ変わりなんだって」


 生まれ変わり。

 そっと口の中で、その言葉を転がしました。


 まさかです。目からうろこが落ちたような気分です。

 そんなふうに考えたことなんて、今までに一度だってありませんでした。

 わたしのご先祖さまがあの赤ずきんの少女だったかもしれないと聞いただけでもあんなに嬉しかったのに、……わたしが、その生まれ変わりだなんて。


「おまえが赤ずきんの生まれ変わりなら、オオカミおれと出逢ったのも必然だったってことだ」


 だってあの物語は、少女と狼が出逢うことで話が進んでいくのだから。

 ……そう、大神さんは言いました。


 ああ、なんでしょう、この気持ち。

 そう考えると、とってもとっても素敵です。

 だって、あんなに大好きで何度も何度も繰り返し読んできたお話の主人公の生まれ変わりが、自分だなんて。

 まるで絵本の中へ落ちてしまったかのような感覚です。


 生まれ変わり……。

 そう信じてもいいのでしょうか。


「大神さん」

「なんだ」

「あのですね、言いたいことがあるんです」


 そんな前置きに、大神さんは首をこてんとかしげます。


 ねえ、大神さん。

 こんなことを言うと、またおかしなやつだと笑われるかもしれません。けれど、ちゃんと伝えておきたいんです。

 だって、わたし、思うんです。心の底から、本当に。


 だから、わたしはふわりと微笑み、言いました。


「わたし、あなたに出逢えてよかった」

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