第12話 クラスメイトは言いました(2)

「赤井さんって小さくてかわいいよねえ。私、ずっと前からお話してみたかったのよね。でもなかなか声を掛けられなくって。ほら、あの人、黒髪スレンダーさん……なんだっけ、お名前忘れちゃった。ああ、そうそう、楠さんがいつも隣にいたでしょう。だから、邪魔しちゃ悪いかなって。付き合ってるとばかり思っていたから。でも違うのね。あんなに仲がいいのにねえ」


 巨乳ちゃんはなかなか多弁なかたでした。最初は圧倒されました。返事をしようと思っても、気づけばもう次の話題に入っているのです。さっきまで犬の話をしていたと思ったら、知らないうちにコンビニの新作スイーツの話になっていて、かと思えば今度は話題のアイドルの話へ変わって、そしてまたすぐ違う話へ……。ひなたとのやりとりの間に慣れ過ぎてしまっているせいか、なんだか少し疲れます。いえ、嫌なわけではないのです、決して。巨乳ちゃんは表情も豊かですし、情報にも富んでいますし、とても気が回ります。なにより底抜けの明るさに、つられてこちらまで明るい気分になるのです。こういうかたは、人脈があって、人望も厚くて、だから人間力だって高くて――きっと誰もが好くような人なのでしょう。


 タイプはかなり違いますが、ひなたももちろん、気の遣える優しい子です。わたしなんかと違って友達の数はとっても多いですし、そのぶん信頼も厚いです。誰からも好かれるし、みんなに必要とされる。人気者のひなたは昔から、いつでもどんなときでも引っ張りだこでした。文化祭も体育祭も、その他のときだって……「楠ひなたがいれば心配することはなにもない」って、そこにいる全員が口を揃えて言うんですから。みんなのひなた。憧れの存在。

 ……だから、最初はわからなかった。

 どうしてわたしなんかと一緒にいてくれるのか、ちっともわからなかったのです。幼なじみだからって理由なら、ひなたに迷惑を掛けるだけで。申し訳なさから、学校にいるときは一緒にいてくれなくてもいいって言ったことも、何度かあります。そのたびにひなたは怒っていましたけど。「僕が一緒にいたいんだから、そんなこと言うな」……ってね。ひなたらしいです。本当に不思議で仕方ないくらいです。だけど……今のわたしがあるのは、きっと――絶対に、ひなたのおかげだから。

 ひなたとは、仲直り、しなくちゃなって。


「またぼーっとしちゃって。赤井さん、黒髪スレンダーさんのこと考えてるでしょ」

「へ?」


 思わず目をしばたかせます。

 わたし、ぼーっとしてました?

 いけませんね。せっかく一緒に帰ろうと誘ってくれたのに、こんなにひなたのことばかりを考えてしまうなんて。


「ええと……すみません、その、わたし」

「いいの、いいの。怒ってるわけじゃないの。……ただ、ねえ」


 巨乳ちゃんは不思議そうに首をかたむけます。


「そんなに考えちゃうなら、やっぱり好きってことじゃない? 黒髪スレンダーさんのこと」


 好き。ええ、好きですよ。

 わたしにとってひなたは唯一無二の存在なんです。そんな人と険悪なムードのままなんて……そりゃあずっと考えてしまうでしょう。当たり前のことです。


「うん、でもね、私、知ってるんだ」

「知ってるって、なにをです?」

「赤井さんは、黒髪スレンダーさんととっても仲がいいけれど……付き合っているわけじゃない。ちゃんとわかってるの」

「ええ、そうです。ひなたはただの友人です。付き合ってるという噂には、わたしのが驚いているくらいです」

「そう。そうよね。ほら、だって赤井さんにはさ、――ちゃんと彼氏がいるんでしょう?」


 ちくん――と、胸が痛みます。

 そうです。わたしにはちゃんと彼氏がいるのです。連絡はないけれど、いい噂は聞かないけれど。でも、わたしの彼氏さんなんです。紛れもなく――うそ偽りなく。

 ひなた、それに、大神さん。彼らとはいろいろなことがありましたが……しっかりしなければいけませんね。こんなことばかりしていたら彼氏さんに失礼です。


「そうですね。お付き合いしてまだ三ヶ月ほどしかたっていませんが……一応、彼氏さんがいます。でも、どうして知っているのです? そんなことも噂で流れているのですか?」

「うん、結構有名な話だよ。だって、赤井さんの彼氏って、工業科の先輩でしょう? ひとつ年上の、ダンスサークルに入ってる人」


 驚きました。そこまで知っているだなんて。


 この町には、四つの学校があります。普通科、商業科、工業科、芸術科と分かれていて、それぞれ小学生のときに行きたい学校を選び、そこから中、高とエスカレーター式で上がるという変わったスタイルになっています。そういうのがあると、やはりその学校の特色というものも生まれます。普通科は、普通に進学したい真面目な子たちの集まり。商業科は、あか抜けている女子たちの集まり。工業科は、あか抜けている男子たちの集まり。芸術科は、ちょっとばかり風変わりな子たちの集まり。そういった特徴が出てくるのです。あくまで、ここの町の場合ですよ。それに、もちろん特徴というだけで、全員が全員そういうわけではないですしね。ちなみにわたしは普通科です。ほら、わたしって月並みで平凡じゃないですか。とくに進学を希望しているわけではなかったのですけど、商業科へ進むのはちょっと勇気がいることでしたし。

 すべての学校が共学ではありますが、昔からのイメージで商業科は女子の割合が高く、工業科は男子の割合が高くなっています。そうなってくると、やはり女子たちは工業科の男子に目をつけます。男子たちは当然、商業科の女子を狙います。商業科と工業科は、もはやある意味ブランドになっている感じです。商業科の女子とお付き合いしていれば、男子全員から羨望の眼差しで見られ、工業科の男子とお付き合いしていれば、女子全員から妬ましげな眼差しで見られます。そういう世界なのです。


 だからわたしは、あまり自分の彼氏さんが工業科の生徒だということは言いたくなかったのです。だって恐ろしいじゃないですか。きっと皆さん、おもしろくないはずです。口には出さずとも、絶対に心の中で思っていると思います。その分際で工業科の生徒と交際しているなんて身の程知らずだと。

 いやはや噂というのは恐ろしいものですね。学年やサークルまで知られてしまうなんて。いろいろと……気をつけなければいけません。


 巨乳ちゃんは、ほうっと息を吐きます。


「ああ、いいなあ、工業科かあ。しかも年上だもんね。うらやましいなあ……」

「いえ、あの、わたしの場合は、たまたま彼が工業科へ行っていたというだけで……」

「それでもすごいよっ。ゲットするコツを教えてほしいくらい!」


 こ、こつ? 彼氏を作るのにコツなんているのですか?

 ううむ、ちょっと無知すぎました。なにしろ今回の彼氏さんがわたしの初の恋人なので、そういうのには少し疎いのです。そういう面では、わたしなんかより巨乳ちゃんのほうが何倍も上手な気がします。わたしなんかに聞くよりは……普通に町を歩いていれば相手のほうから声を掛けてきそうな気がしますけれど。世に言うナンパってヤツです。もちろんわたしはそんな経験ないですよ。町を一人で歩いていて声を掛けてくるのはほとんどおまわりさんで、わたしを迷子だと思っている場合ばかりです。


「でもさあ」と、巨乳ちゃんはわたしに憐れむ瞳を向けてきました。


「赤井さん、よく耐えられるよねえ。私だったら絶対無理だもん」

「え?」


 突然言われた言葉の意味を、わたしにはすぐに理解することができませんでした。

 耐えられる? 無理? ……どういうことでしょう。


「工業科の男子はほとんど全員がそうだから仕方ないって話は聞くけどさあ、でもそれってどうなのかなって思うのよね。ああいうのって、やっぱりいけないことだし。なにより自分がつらいから、私は納得できないなあ。うん、無理無理」

「……あの、すみません。さっきから言っていることがよくわからないのですが、それってどういう……」

「え? だって赤井さん、気づいてるのに知らないふりをしてるんでしょ?」


 そうしてふわりと髪を揺らし、振り向いた彼女は――わたしに向かって純真無垢な笑みを浮かべ、平然たる態度を見せて言ったのです。


「赤井さんの彼氏は、赤井さん以外にもいっぱい彼女がいるってこと」

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