年末年始のイベントフラグ 2/2

「私は記念すべき第五十号の刊行という大役を、過去と未来の文芸部員に恥じぬ様に全うしようと決意していた。まだ終わったわけではないが、ひとまずこうして原稿が揃い完成の目途が立った今、正直言って肩の荷がストンと降りた心持だ。我ながら似合わないとは思うが、少し騒ぎたい心境なのだよ。そこでだ。入稿が済んだ後、文芸部皆で打ち上げをしようじゃないか」


 誰からも反論が出ない提案だった。そもそもそんな提案なぞ無くとも、いつも自然と集まって打ち上げの様なことをしている。改めて『打ち上げ』と言葉にしたいくらい、部長は文芸部が愛しくってたまらないのだろう。僕も同じ気持ちだ。


「いいですね! 打ち上げ! 折角だからクリスマスパーティーにしちゃいましょうよ、部長!」


 どうやら部長に当てられたのは遥も同じだった様で、興奮気味に素敵な提案をする。


「それ、いただきだ遥! たまいはいいこと言うな、お前も!」


 千見寺もそれに乗っかる。


「たまには余計よ、このお馬鹿。ね、光葉もいいでしょ? クリスマスパーティー」


「ああ、そうだね。もやもやを全て、思いっきり打ち上げてしまいましょう、部長」


 当然僕も乗っかる。


「ふふっ。もやもやか。面白いことを言う。今日び、もやもやの無い高校生なんぞ滅多に居ないだろうな。私は無神論者だからな、クリスマスも初詣もせいぜい利用させてもらって、そのもやもやとやらを吹き飛ばさせてもらおう」


 言い出しっぺの部長が更に乗っかると、気を良くした千見寺が、


「クリスマスだけじゃなくて初詣も! いいですね、とことんやっちゃいましょうよ! そういえば、知ってます? 初詣に行けば、本当に必要な願いだけ叶えてくれるっていう近所で有名な神社。正月に行っても他の大きい神社に初詣が集中しちゃって、そこには人が全くいないみたいですけど」


 そんな神社は初耳だ。楠家も毎年家族揃って初詣をするが、少し離れた大きな神社に行く。そんな与太話は誰も知らないだろうと目をやると、意外なことに部長と遥が興味深そうに千見寺を見ていた。女子はそういうのが好きなのだろうか。


「ほう。その話が出るとはな。千見寺の親御さんもここの高校出身かね」


 部長が脈絡もなく言う。


「そうです。この話も親父に聞きました。なんで分かるんです?」


 千見寺が不思議そうに聞き返すと、部長の代わりに遥が、


「その話が文芸部員が作った内輪ネタだからよ。おかしいと思わない?そんな噂が本当にあったら、全国津々浦々ぜんこくつつうらうらから敬虔な信徒が有り難がってお参りするわ。もしかして、千見寺の父親って文芸部員?」


「いんや違う。うちは根っからの体育会系だからな!親父は野球部だ」


 遥が「見たまんまじゃない」と笑う。


「文芸部の内輪ネタってことは、文芸誌か?」


 僕は思いついたことをそのまま呟く。


「そうよ。あたしも読んだことあるわ。たしか学校の裏山にあるとかなんとか。神社というよりはほこらね。とってもメルヘンであたしには合わなかったけど」


 遥はパウダーシュガーがたっぷり掛かったシフォンケーキを口にしたような、甘ったるい顔をしている。


 学校の裏山と言えば、小学六年生の夏休みに友達と秘密基地を作った場所だ。確かに古びた祠があったな、と思い出す。ちた様子があまりにも不気味で、誰かが「で、出たーーー」ってふざけて叫ぶもんだから、怖くなって一目散に逃げたのを覚えている。


「そうか。葛城には合わなかったか。趣味嗜好しこうは人それぞれだからな。私は結構好きだったぞ。ありきたりな話だが、身近にあると思えば胸も高鳴る」


 部長はしみじみとそう言った。部長は意外と乙女チックな一面も持っている。指摘はしたことないが。


「僕は読んだことないな。もしかして、創刊号ですか? 部長」


「うむ、その通りだ。創刊号を読む理由が増えたな、楠少年」


 僕の問いかけに、部長が答える。そう言われると、読んでみたい気もする。


「それじゃあ、親父は文芸誌の記念すべき創刊号を読んだってことっすね。何だか縁を感じちゃうなー。そうだ、初詣はその神社にしましょうよ、部長!神さまに、無事五十号まで続きましたって報告して、次の百号まで続くようにお願いするっていうのはどうですか?」


 千見寺が部長の可愛い一面を目の前にして興奮したのか、一気に捲し立てた。その提案に部長は満更でもない様で、


「よい案だ、千見寺。それぞれ家族と初詣を行く者もいるとは思うが、クリスマスパーティーに続き、正月に皆でお参りするのはどうだろうか」


 次々にイベントが決まっていく。ここにいない天川は、後で話し合いに参加できなかったことを悔しがるだろうなと思う。張り切って原稿を仕上げたみたいだから、今日はゆっくりと休んでいるのだろう。


「別にそういうのが嫌いってわけじゃないですからね! もちろん行きます!」


 遥が言い訳をしながら快諾かいだくすると、千見寺は、


「おっしゃ! 部長とデート! ラッキー」


「何を言っているのだこの阿呆は。皆もいるのだが」


 部長に凍り付くような視線を浴びせられていた。


「僕も、家族と初詣に行くのは三が日の後なので問題ないです。二カ所参るのがどうこうっていうのも特に気にしませんし」


「では決まりだな。天川にはメールを送っておくとしよう。ところで、クリスマスパーティーの会場だが、」


 部長はそう言って、いつものにやりとした笑みを浮かべて、


「以前皆で行った『クロワッサン』とするのはどうだろうか? 昨日から、あの絶品クロワッサンを食べたくて仕方ないのだ。どうだ、マスターに許可を取ってもらえないかね、楠少・年っ」


 そんな爆弾を投げ込んだ。


 すぐさま遥が同意して、当然千見寺が部長の意に沿わないはずもなく、


「わかりましたよ。明日、聞いてみます」


 僕はなし崩し的にその大役を仰せつかることになってしまった。


 勘の良い部長には、僕のもやもやはすっかりお見通しなんだろうと思うと、気が滅入って仕方がなかった。


「ああそれと、原稿を楠先生へ渡してくれないか。データで送るのも味気ないのでな」


 帰り道は、肩と鞄がやけに重かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る