年末年始のイベントフラグ 1/2

 僕が遥に罵られていると、部室の扉がガチャリと開いた。こんな遅くに誰だろうと思いながら見やると、扉を開けて入って来たのは部長と千見寺だった。


「遅くまでご苦労。原稿は――どうやら完成したみたいだな」


 部長が、いつもの間にか印刷が終わった原稿の束を見て言った。


「はい、部長。光葉に手伝ってもらって、最っ高なものが出来ました!」


 遥が勢いそのままで部長に報告をする。


「そうか。それはよかった。楠も手伝いご苦労。私はお笑いに関しては畑違いだからな。分からんものに助言をする訳にもいくまい。助かったぞ」


 部長はそういう人だ。適当なことを良しとしないし、知ったかぶりなんてしない。部長は部長で芯が強い人だ。そんな人に礼を言われるのは嬉しい。


「ありがとうございます。でも、大した助言をしたわけじゃないんです。遥のセンスが良かっただけで」


「光葉、遥の小説、とんでもなかったろ? な? 言っただろ」


 千見寺が自分の作品でもないのに、してやったりとした顔をしている。


「ああ。とんでもなかった。遥のギャグセンスは百年に一人の逸材としょうしても過言じゃない」


 遥の頬が少し赤くなった。あ、褒められて照れてる。珍しい。


「それで、部長。いままで何を?」


 遥が急に話題を変える。


「うむ。千見寺が今日は葛城の正念場だと報告してきたのでな。今日は部室を空けて、千見寺と美術部に赴いて打ち合わせをしてきたのだよ。挿絵の細かな修正をその場でしてもらってな、先程レイアウトまで決まったところだ。こちらも完成だ。あとは完成原稿と楠先生の総評を載せるだけだな」


 部長の顔つきは、心なしかほっとしたようにも見える。どちらも自分で率先してやってきたことだから、さすがの部長にも不安があったのだろう。


「そうでしたか。何から何まで任せきりですみません」


 僕は部長に謝った。部室に顔を出していなかったので、ばつが悪い。


「いやいいのだよ。私がやりたくてしていることだからな。皆の仕事は執筆だから気に病むことはない。何かと忙しい十二月に原稿に取り掛かってくれて、私はとても感謝している」


 それを聞いた千見寺が慌てて、


「俺も仕事頑張ったっすよー! 部長、たまには俺にも労いの言葉を!」


「ふむ。千見寺は私と同じで、やりたいことをやっているだけと認識していたが。そうか気の乗らない作業だったのか。それは申し訳ないことをした。幸いにも私にとって今回の文芸誌が部としての最後の仕事だ。ご苦労だった千見寺。もう部室に顔を出さなくて良いぞ」


「ごめんなさいいいい。そんなつもりで言ったんじゃないんですうううう。部長の卒業まで、どうか私めを扱き使ってやってくださいいいい」


「そうか。それでは使ってやろう。これからも宜しくな、千見寺」


 部長がさらりと手の平を返す。千見寺は満足そうなだらけた顔をして、うんうん頷いている。哀れ部長の犬となり果てた彼に、春は訪れるのだろうか。


 そうだ、春。次の春には部長は卒業してしまう。頼りになる部長がいなくなってしまったら、第五十一号の文芸誌はどうなってしまうのだろうか。四月には新しい部員が入ってきて、文芸部の様子もきっとガラリと変わる。新部長は僕か遥だ。新しい体制で、新しい文芸部が再スタートする。そういうことを毎年繰り返して、今の文芸部がある。文芸誌はその変遷へんせんを残す歴史書だ。改めて、創刊号を読んでみたいと思った。


「部長、やっぱり創刊号はどうしても読ませてもらえませんか? 天川に読ませたコピー、持っているのでしょう?」


 思わず部長にお願いをしていた。部長がコピーを持っているだろうというのは、天川が読んだという事実からの完全な推測だ。だが、部長がコピーを取らずにみすみす原本を手放すなんてことはしないはずだ、との確信があった。


「コピーはあるが、私からは渡せん。どうしてもと言うのなら、直接楠先生に頼むのだな」


 部長がにべもなく答える。まあ当然か、と思う。


「そうですよね。どうしてもとなったら頼んでみます」


 部長はふふっと笑って、


「期せずして文芸部愛に目覚めた楠少年始め、皆に提案なのだがね、」


 そう言って全員を見渡した。嫌になるくらい、部長は人の機微きびに敏感だ。

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