ふるさとの火⑤

 

「……驚いた」


 大坂城下の真田の屋敷で、信之のぶゆきは改めて妻・於稲おいねとの再会を果たしていた。夕方の薄暗い部屋に、二人きり。灯りもつけずに腰を下ろす。


「驚きました?」


 くすくすと笑い、於稲は後ろから回された夫の腕に手を重ねる。

 信之は、妻が大坂に来ているとは知らされていなかったのだった。


「一応、葵亥あおいに言っておいたのですが。伝わらなかったようですね」


 信之が上田合戦を終えてそのまま大坂に向かうと、葵亥は途中で一行から離れて沼田に戻ってきた。そして東軍の勝利を伝えたのである。


「あの子から聞いたら居ても立ってもいられなくなってしまって。城を空けるのは良くないと思ったのですけど……」


 信之はきっと幸村たちの助命嘆願をする。だから、おねいも行った方がいい。

 そう葵亥に言われて、於稲は決心して城を飛び出したのだった。茜子あかねは笑って許してくれた。……もともと、じっと夫の帰りを待っていられるような女ではないのだ。


「勝手なことばかりして、すみませぬ」

「いや、実際助かったよ。上田合戦のときも」


 信之は笑う。本当に嬉しくて笑う。


「ああ、あれ。帰ってくるなり葵亥に大笑いされた……」


 むぅ、と於稲は不本意そうだ。でも目は笑っている。


「そなたのおかげで、救われた」

「大げさですね」

「本当だよ」


 見つめあい、笑いあう。

 於稲は信之の肩に手をかけた。


「……全部、殿のご無事を願っておったからこそです。何かしなくては、不安でしかたないから」


 いっそう強く抱き合う。於稲の目に涙が滲んだ。隠すように、彼の肩に額を当てる。


「………ご無事で、何よりでした…!」

「ああ、そなたも」


 信之はただ彼女の身体を抱きしめた。温かい。


「そなたは、温かいな……」

「え、何かおっしゃいました?」

「いや。……於稲。大坂まではるばる来るとは、体の具合はもう良くなったのだな?」


 信之はずっと気にかけていた。もう三ヶ月前のこととはいえ、妻は毒を仰ぎ、高熱にうなされて寝込んでいたのだ。

 於稲はにこっと強気に笑う。


「ええ、もちろん。薙刀の稽古も欠かしておりませぬし、目眩もしなくなりました」

「そうか、それなら良かった」


 言うと同時に、信之はぐいっと抱き寄せてから妻を押し倒した。


「のっ……」


 於稲は赤面し、池の鯉よろしく口をぱくぱくさせる。だが、信之の透った瞳がほのかに潤んでいるように見えて、息を止めた。それから、目を細める。


「信之殿……?」

「稲。──会いたかった……!」

 何度か口づけを交わすと、また抱きしめられた。


「信之殿」

「もっと」

「え?」

「……声が聞きたい」


 於稲は目を丸くする。そして信之の背に腕を回し、耳の近くでささやいた。


「信之殿……本当に、ご無事で何よりでした。まんや皆が殿のお帰りを心待ちにしております。一緒に沼田に帰りましょう」

「ああ、帰ろう。ともに帰ろう、於稲」


 もう独りは嫌なんだ。


 於稲は何だか夫が子供のように思えて、おかしくて笑った。


「殿。信之殿。………信之…」


 その夜、信之が於稲の温もりで寂しさを満たそうとしている間、ずっと。於稲は繰り返し彼の名を呼んでいた。少しでも慰めてあげたかった。




 一六○○年、秋。真田信之は父の本領であった沼田・上田に加え、褒美として三万石を加増され、計十万石を家康から安堵された。

 また信之と小松姫の助命嘆願が功を奏し、昌幸・幸村親子は紀州(和歌山県)高野山へ配流されることとなった。信之は高野山の麓・九度山村に彼らのための屋敷を建て、生活費などをよく送り、自身は面会を許されなかったが時には家臣に見舞わせて、よく面倒を見ていたという。


 於稲は右京うきょうと再会した。彼女は九度山と沼田との間で手紙を運ぶ使者を買って出たのだ。そんなこともあり、於稲も九度山の昌幸や幸村によく文を書いていた。翌年十一月には昌幸の好物・鮭を送ったりもした。これには昌幸もたいそう喜んだという。


「のう、右京。お利世殿が男児(大助)を産んだとあるが、子供だけでもこちらに呼べないのかのう?」

「そうねぇ。……でも、幸村様も九度山ではのんびり過ごしていらっしゃるわ。あそこで育つのも悪くないんじゃないかしら」

「そうか……そうじゃな。お父上のそばにおるのが良いよな」

「ふふ、そうね、あそこも沼田に負けないくらい賑やかよ。みんなで釣りに出かけたりね。幸村様は連歌を学んだり、高野山の僧侶のもとを訪ねて碁を打ったりしてるわ。案外、ああいう落ち着いた生活も、あのかたには合っているのかもしれないわね……」


 言った右京の微笑には、そうでありますように、という願いが込められていた。


 日々は穏やかに過ぎていった。


 信之の息子たちは元服し、長男仙千代は信吉、次男百助は信政と名乗るようになった。どちらにも『幸』の字は与えなかった。

 そのように子供たちが成長していく一方で、訃報が続いた。


 於稲が最も敬愛していた実父・本多忠勝が死去すると、続けて信之の父・昌幸が九度山で没し、追うように生母・山之手も上田城で亡くなった。


 確実に時は流れた。


 征夷大将軍となり徳川幕府を開いた家康は、すぐに将軍職を秀忠に譲り、大御所として政権を支えていた。だが彼にはまだ憂いが残っていた。豊臣秀吉の子、秀頼の存在である。


 かくして、己の余命を危ぶんだ家康はついに動いた。鐘銘事件を口実に豊臣の滅亡を図ったのだ。


 大坂冬の陣。かつて西軍として戦った武将が集まる大坂城には、九度山から逃亡した真田幸村と、まだ年若い彼の長男・大助の姿があった。

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