目覚めた時には

 桐生君の病室で、最後の時間を過ごす私達集まったのが三人だけというのはちょっと少ないような気もしたけど、桐生君は気にしていない様子。と言うか……


「息子よ。もしかしたらお前が目覚めた時にはもう、俺はこの世にはいないかも……」

「いや、アンタは絶対生きてるだろうよ。憎まれっ子世に憚るって言うだろ」


 お父さんに対して、依然憎まれ口をたたいている。もしかしたらこのお父さんを、皆に見られるのが嫌だったのかも。本当はお父さんにも来ないでほしかったのかもしれないけど、お世話になる手前邪険にもできないようだ。いや、かなり邪険にはしてるけど、深くは考えないでおこう。


「言っとくけどな、俺がコールドスリープに入った途端、龍宮に手を出すんじゃないぞ。アンタ本当に節操無いからな」

「何を言うか?俺がそんなろくでもない男に見えるか?」

「アンタがまともな人間だったら、そもそも俺は産まれていねーよ。マジな話、いい加減その女癖の悪さは直せよ。そんなんじゃ、人に紹介する事もできねーんだしよ」


 そう言った時の桐生君の目は、ちょっと真剣なものだった。すると桐生君のお父さんは、分かったようにポンと手を打つ。


「そうかなるほど。お前は棘ちゃんの御両親に、浮気性の俺を紹介するのが恥ずかしいんだな。なら仕方が無い、可愛い息子のために、頑張るとするか」


 ちょっと待って!いきなり何を言い出すんだこの人は⁉


「そ、そ、そんな理由なわけ無いじゃないですか!」


 そりゃあもしうちのお父さんにこんないい加減な人……もとい個性的な桐生君のお父さんを消化ししたら、問答無用で殴り掛かるかもしれないけど。そうなると桐生君は間違いなく恥ずかしい思いをするだろうけど、そういう事じゃないから。


「龍宮の事を除いても、直すべきだろうが。もういい歳なんだから、いい加減そのフラフラしたところを直せよな。つーか子供にこんな心配をさせるんじゃねーよ」


 私は慌て、桐生君は嘆息する。

 私の両親に紹介する云々については否定しなかった事はちょっと気になるけど、それは考えすぎだろうか?


「龍宮先輩、良かったですね。輝明に愛されて」

「渚ちゃん⁉それはまあ、嬉しいけど……」


 照れていると桐生君が視線を向けてきて、私はますます縮こまってしまう。そしてそんなやり取りをしていると……


「皆さん揃っていますね」


 そう声をかけてきたのは石塚先生。先生は私達に挨拶をした後、コールドスリープについて最後の説明があるといって、桐生君のお父さんを別室へと誘う。


「俺は行かなくてもいいんですか?」


 桐生君はそう尋ねたけど、石塚先生は首を横に振る。


「君への話は、もう全て終わっていますからね。残った時間は、どうぞ友達と一緒に過ごしていてください。それと、棘ちゃん」

「はい」

「君は十四年間コールドスリープをしていたわけですけど、アナタは起きた時、どんな気持ちでしたか?」

「それは……世界があまりに変わりすぎていて、ビックリする事が多くて……」


 両親は離婚しているし、仲の良かった友達はみんな大人になっていた。もちろん覚悟はしていたつもりだったけど、いざ現実のものとなると思っていた以上にショックで。毎日が辛くて苦しくて、本当に嫌だった。桐生君と会うまでは。


「きっと彼も、起きた時同じ気持ちになる事でしょう。その時はアナタが、しっかり支えてあげてください。何せ彼女さんなんですから」


 『彼女』と言われて、途端に顔が赤くなる。水族館に行った日、プロポーズまがいのことを言ってしまったけれど、だからと言って付き合ったわけでは無かった私達。実はこのままじゃいけないと正式に付き合いだしたのは、つい三日前のことなのだ。

 遅すぎるとか、何故このタイミングでとか、色々ツッコミ所が多いって自分でも分かってる。だけど眠る前にちゃんと、私達の関係をハッキリさせておきたかったのだ。


「それでは、また後程」

「棘ちゃんに渚ちゃん、息子を頼んだぞ」


 石塚先生と桐生君のお父さんは去っていき、残される私達三人。さて、ああは言われたものの、いったい何を話そうか?話したい事なんてたくさんあるはずなのに、何故か私も桐生君も、なかなか喋り出せない。すると最初に沈黙を破ったのは、渚ちゃんだった。


「そういえば、輝明がコールドスリープするってことは、目が醒めた時には私の方が実質お姉さんってことになるんだよね?」


 そういう事になるのかな。石塚先生の話だと新しい治療法が確立するまでは眠らなくちゃいけないから、一年や二年で目醒めるとは思えないし。

 今までお兄さんのように良したっていた桐生君が、今度は年下になってしまうのだ。きっと渚ちゃんも色々複雑なのだろう……


「という事は、もう二度と上から物を言われなくてすむ!その頃には私も背が伸びているだろうし、今度は私が輝明を弟扱いしてあげるから」


 違った。傷心しているのではなく、未来の自分達の姿に想像を膨らませて楽しんでいた。一方桐生君はそんな渚ちゃんを見て苦笑している。


「今更そこツッコむか?安心しろ、お前は十年経っても歳上には見えねえ―だろうから。きっと背だってそんなに伸びねーよ」

「そ、そんなこと無いもん!きっとこれからグングン成長して、輝明が目を醒ます頃にはナイスバディな大人のお姉さんに……」

「ならない。きっとお前は三十路になっても、高校生と間違えられてる気がする」

「この先全然成長しないってこと⁉」


 顔を真っ赤にしながら、怒る渚ちゃん。桐生君、いくらなんでもそれは無いよ……たぶん。


「だ、大丈夫だよ渚ちゃん。少なくともその頃には今みたいに、中学生と間違えられる事はさすがに無くなっているだろうから。全然成長しないってわけじゃ……」

「フォローになってません!ふん、どうせ私は中学生と間違われちゃうような高校生ですよ。それどころかこの間なんて……ふふ、明日からもっと牛乳を飲んで目を醒ました時ビックリさせてやるんだ。もう二度と、中学生だなんて言わせないもん。ましてや……」


 何やら不気味な暗い笑みを浮かべる渚ちゃん。何だか、深い闇を感じる。

 すると桐生君が耳元でそっと「この前小学生と間違われたらしい」と囁いてくれる。それは、ショックだっただろうなあ。

 そんなわけで渚ちゃんは少しの間遠い目をしていたけど、ふと視線を桐生君に戻すと、今度は真剣な目をした。


「ねえ輝明。龍宮先輩から聞いたけど、私達が離れて行くのが心配で、コールドスリープするのを躊躇してたんだって?」

「は?おい龍宮、渚に喋っちまったのかよ?」

「ごめん。渚ちゃんにはちゃんと、話しておいた方がいいと思って」


 もっとも渚ちゃんは私が教えなくても、ちゃんと気付いていただろうけど。悔しいけど桐生君と一番付き合いが長くてよく分かっているのは、渚ちゃんなのだ。

 ただそれは私と桐生君の関係とは違う、兄妹の様な近さ。しかしそれでも、仲が良い事に変わりはない。別れを前にした渚ちゃんの目には、うっすらと涙が見えた。

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