おしえて娘娘

 パノラマの空には満天の星。

 小さい頃から見てきたはずなのに信じられないくらい綺麗で、まるで初めましてみたい。


「あいつ。いま青龍になったら、絶対尾っぽが巻いてるな」

「うん……」


 虎汰くんが夜空に浮かばせた言葉。あたしも同じことを感じてた。


「でも……カッコいいな」

「うん……」


 ぼんやりと丘のたもとを見つめていると、横からブニュッと頬をつつかれた。


「はぅ! な、なに?」

「やっぱダメだ、確認しないとなんか怪しい。おいで」

「確認? おいでってどこ……あっ」


 虎汰くんがあたしの手を引いて丘を上っていく。どこに向かっているかも教えてくれなくて、あたしは引きずられるように目の前の背中について行く。


(でも……)


 手を繋いでいるのは紛れもなく虎汰くん。もう届かないと思っていた、あたしの大好きな人。

 やがて彼が歩調を緩めて振り返った。


「着いたよ、ほら」

「わあ……!」


 そこは丘のてっぺん、それ以外に視界に入るのは夜空に瞬く星々だけ。


「なんて綺麗……。自分が夜空に浮いてるみたい……」

「星に見届けてもらうんだ」


 思わず隣を見上げると、彼の腫れた頬が目に入って胸が痛んだ。


「ごめんなさい……その顔。あたしのせいで」

「夕愛のせいじゃないよ。ボクのせいだ」


 繋いだ手は温かくて。それだけでもう何も要らないような気がする。


「夕愛を信じなかった報いだよ。……信じたかったくせにね」


 あの時と同じように、あたしの髪を撫でながら彼の瞳がゆっくりと近づいて来る。


「いっぱい酷いこと言ってごめん。本当は、バカみたいに夕愛が好きだ」


 心臓が破裂しそうに騒いでる。鼻先が触れ合って、その次は? ……ちょっぴり怖い。


「待って……」

「もう待てない。もし厄災が振ってきても構わない」

(厄災……?)


 そんなはずない。だってこんなに胸の中が熱くて虎汰くんに触れたいと騒いでる。好きの気持ちが溢れ出して止められない。 


「今度こそ、おしえてよ娘娘。君の好きな男は……誰?」


 唇が重なって、目を閉じればまた夜空が広がる。降って来たのはやっぱり厄災ではなく、煌めく祝福の星々。


(あたしが好きな人。虎汰くん……) 


 星の数ほどいる人の中で、あたしはこの人に出会って恋をした。

 その人が同じ想いを抱いてくれているなら、それはもう奇跡に近い──。


 そっと唇が離れても、あたしはなんだかまだふわふわしてる。いま足し算しろって言われても二ケタだとアヤシイくらい。


「夕愛……って……」


 なぜか目の前の虎汰くんが微妙に怪訝な顔をしている。


「なぁに……?」


 そんな彼の様子も、現在ふわふわ状態のあたしの脳ミソには沁みてこない。


「いや……その、ちょっとヤバぃ……かも」


 わずかに顔を背けて、彼は自分の口元を手で覆いながらなにやらブツブツ。


「なんだコレ、やっぱ娘娘ってすげぇ……速攻でスイッチ入る……!」

「はぅー……?」


 キッとあたしに向き直った顔はやけに怖くてほんのり赤い。


「夕愛、これからはマジで気を付けて! うっかりとか油断とかで他のヤツとキスなんかぜーったいダメ! いいね?」

「うん……虎汰くんとだけー……」


 あたしがふわふわ答えると、虎汰くんはちょっと丸くなった目をすぐに優しく細めた。


「そ、ボクとだけ。夕愛が上手だって事はボクだけの秘密」


 虎汰くんの唇がもう一度あたしに触れる。背中を引き寄せられ、腕の中に閉じ込められるととても幸せ。


「ん……」

「夕愛……、やば、いって。……あ、あう? あああっ!?」


 おかしな叫びに目を開けると虎汰くんがいない。


「あれ? ……え?」


 見下ろすとベンチの上には小さな白い子虎。


「なんでだ!? なんで勝手にボク、その気もないのに変化なんて」

「あああ、チビ白虎ぉぉ! わぁん久しぶりぃー!」


 感極まってあたしは虎汰くんを抱き上げた。フカフカふわふわな毛並みが可愛くて気持ちよくて幸せ!


「ちょ、イイところでなんで……! げ、夕愛苦しいって!」


 ここの所ずっと虎汰くんはチビ白虎になってくれなかった。それがもう寂しくて寂しくて。


「あ、ごめん。なんでだろうねー変だねー♪」

「……なんか嬉しそう。ボクよりチビ白虎のがいいの?」

「やだ、何言ってるのよ。虎汰くんが好きに決まってるじゃない」

「どっちもボクだけどね……」


 星明りの下、腑に落ちない様子の虎汰くんを尻目に、あたしは気が済むまで久しぶりのモフモフを堪能したのだった。



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