お母さんの墓前で

 霊園の駐車場に乗り入れた車から降りると、まずは傍の胡桃の木から蝉の音のお出迎え。次に芝の緑の匂いがあたし達を取り巻いた。


「夕愛ちゃん、お父さんは何時に来るって?」


 煉さんが管理室からお線香を受け取りながら聞いてくる。

 

「11時って言ってましたけど、まだみたいですね」

「いいさ。先にお参りを済ませてラウンジで待っていよう」


 なだらかな芝の丘には大小様々な墓石。その全てに誰かの大事な人が眠っている。

 ここは初日にも来た、お母さんの霊園。みんなでお墓参りをしてあたしたちは今日東京に帰るのだ。


「楽しい旅行もこれで終わりかぁ。ホテルのプールもスカッシュも星も満喫したし、最高の夏休みだったな」


 そうつぶやいた紫苑ちゃんがこちらを振り返ってニッコリ笑う。


「ありがとね夕愛、誘ってくれて。私、来て良かった」


 紫苑ちゃんは本当に素敵女子。あたしと虎汰くんが通じ合えたことに複雑な思いはあるはずなのに。


「……あたしも。紫苑ちゃんと一緒で楽しかった」


 己龍くんも亀太郎くんも、口にこそ出さないけれどみんながあたしたちの繋がりを認めてくれている。

 あたしは娘娘なのに、周りから幸せを与えてもらうばかり。


「じゃあ行こうかみんな。こっちの奥だよ」


 煉さんが紫苑ちゃんの背中を押し、先に立って歩き出した。


「ふむ、僕も先代の娘娘にご挨拶するのは初めてだぬ。いささか緊張する」


 背後で亀太郎くんが誰にともなくつぶやく。


「亀太郎くん……お母さんの事、知ってたんだ」

「どんな局面でも夕愛くんに最適に守れるよう、バックグラウンドの把握は必要なのだよ」


 振り返ればぽっちゃりフェイスの憎めない笑顔。この人もいつの間にかあたしにとって大事な人になった。


「別に亀が出る幕はねぇぞ。俺がいるから」


 右隣にはいつも通り己龍くんの仏頂面。


「……クス」


 左では虎汰くんが小さく笑い、そっとあたしの手を握った。目が合えばあたしの胸はポッと温かくなって自然と笑顔になる。


「コラなんだ虎汰、その余裕の笑いは。勝った気になってんじゃねぇ」

「そんな余裕なんて。あるけど」

「龍太郎くん、放っておきたまえ。どうせ短い隆盛だ」


 この賑やかな3ポイントフォーメーションはきっとこれからも続くと思う。やっぱりあたしは幸せ者だ。


「……あれ? 誰だろ、あの人たち」


 お母さんの墓前に見知らぬ二人の女性が立っている。目印になる胡桃の木に見え隠れして、まだよく見えないけれど。


「ん? なに夕愛、あそこがお母さんのおは……きゃ!?」


 顔を上げた虎汰くんがなぜか亀太郎くんバリに噛んで、絶句してしまった。


「げ……!」


 次に己龍くんのポーカーフェイスも崩れ、気配としては尾っぽがクルクルの雰囲気。


「おお、あれは虎汰郎くんと龍太郎くんのご母堂ではないか」

「は?」


 ゴボドウ? 虎汰くんと己龍くんのって。……え!?


「なんだよ亀太郎。ボクらの親の顔まで知ってんのか」

「キモいぞ亀。ストーキングが広範囲過ぎる」

「何を言う、ラブミー誌をネット検索すれば顔写真が載ってるじゃまいか。それにウチのダディは彼女たちが現役の頃、大ファンだったそうな」


 あたしの頭の上にハテナが乱舞している。亀太郎くんの発言がさらにそのハテナを増やしていく。


「……ゆーあ? すごい顔になってるけど、そんなに驚かなくても」

「お袋たちも毎年墓参りはしてるそうだ。今日来るとは思わなかったが」


 覗き込んでくる虎汰くんと己龍くんを、あたしはギギギ……と見回した。


「あれが二人の? てか己龍くんのお母さん、葵さんってトラックの事故で……」

「ああ。ウチのお袋は骨折で済んだけど、けっこうな数の死傷者が出たんだぞ」


 死傷者=亡くなった人と怪我をした人……の総称?


(煉さん、紛らわしいーー! 生きてる! 生きてたんだ葵さん!)


 改めて前方を凝視すると、ひとりはふわっとエアリーなロングヘア、もうひとりは黒髪で前下がりのボブ。

 二人とも黒の礼服ではあるものの、遠目にもなにやら常人とは違う華やかオーラが満ち満ちている。


「夕愛くん。彼女たちは若い頃、AOIとAYAMEという絶大な人気を誇るモデルだったのだよ。結婚を機に引退し、その後ラブミー誌を立ち上げた。現在、編集長と副編集長を務めている」


 亀太郎くん、説明サンクス! すべてに納得ーー!!


「今はただのオバちゃんだよ」

「口うるさいだけのな」


 息子たちよ、それちょっとひどくない!?


「さあさあ行こうじゃまいか。煉さんも合流したようだし」


 亀太郎くんの言う通り、煉さんと紫苑ちゃんはすでに彼女たちと談笑している。あたしは気おくれを通り越して、逃げ出したいくらい緊張しだした。




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