今はまだこの指で


 この日、上田天神に続く商店大路は夕方から車両通行止め。大路の両脇には様々な露店が軒を連ね、今年も大変な賑わいを見せている。


 小規模のお祭りではあるけれど、山車に続いてお神輿も練り歩き、仕上げには花火大会も開催される、地域住民にとって欠かす事の出来ない夏の風物詩だ。


「やはりけしからん……! 夕愛くん紫苑くん、君たちはけしからんぞおぉぉぉ! アメィズィング!!」


 商店街の真ん中で、ビシッとY字ポーズをキメた亀太郎くんが吠える。これでいったい何度目だろう。


「ちょ、ホントにやめてよ亀太郎くん。恥ずかしいってば」

「まあまあ夕愛、きゃめは私たちを褒めてくれてんだから」


 カラコロと下駄を鳴らし、紫苑ちゃんはまんざらでもない様子でクルリとその場で回って見せた。


「うむ! 紫苑くんの爽やかで粋な美しさを紺地の浴衣がさらに際立たせている。これそ大和撫子、ようこそ日本へ、全くもってゴーー……ジャス!!」


 でも亀太郎くんのいう事はもっともで、紫苑ちゃんとすれ違う人たちはみんな振り返ってゆく。

 帯の華やかな臙脂えんじ色が浴衣の紺によく映え、長い髪をゆるりと束ねた様はいつもよりちょっぴり女の子らしい。


「そして夕愛くん! 馬子にも衣裳とはよく言ったもの。まるで道ばたに生えてる、清楚で可憐な白いイヌフグリのようではないか!」

「それ、褒められてる気がしない……」

「にゃにを言う! これぞキンチョーする夏、日本の夏! どどん!!」


 とは言え、きっと亀太郎くんの表現は当たってる。

 やっぱり白地の浴衣を選んでしまったけれど、あたしが着てもせいぜい道ばたのぺんぺん草。


「ラブミーの表紙に載ってたのはもっとずっと可愛かったのにな……」


 虎汰くん、じゃなくてここなちゃんが着てた時、あまりの可愛さにときめいた。好きな人が女装して着た方が可愛いなんて落ち込む。かなりヘビーに。


「……そんなことねぇ。ここなよりお前のが似合う」


 急に耳元で低い声が響いて、あたしはピャッと跳び上がった。


「き、己龍くん……いつの間に。あれ? 焼きそば買いに行ってくれたんじゃなかったの」

「あっ! 己龍、またチョコバナナ買ってきた。それ何本目よ」


 紫苑ちゃんが呆れたように声を荒げる。確かにさっきも己龍くんはチョコバナナを食べていた。


「焼きそばの屋台には虎汰が並んでる。俺はあんな長い列に並んでられるほど暇じゃねぇ」

「……つまり己龍くん、虎汰くんに押し付けてきたんだね?」


 コクンと悪びれずにうなずいて己龍くんがチョコバナナをかじる。


「ひっどいな、己龍。虎汰が可哀想じゃんか」


 己龍くんの隣に紫苑ちゃんが立つと、周囲の注目度は2倍どころか10倍くらいに跳ね上がる。美形の上に背も高くて目立つ二人だから、道行く人は感嘆の声やヒソヒソ話もはばからない。


「じゃあ紫苑も行ってやれ。隣で売ってたチュロスも頼んだから持ちきれないかもしれない」

「え? もう……仕方ないな、わかった。行ってやるか」


 カロンと下駄が鳴り、紫苑ちゃんが人波をかき分けて屋台の方へ向かって行く。

 すると、空いた己龍くんの隣に亀太郎君がススス……と寄っていき、なにやら不敵な笑いを浮かべた。


「龍太郎くん。キミはさっきから甘いものばかり……。ふはははは、弱点見たり! 甘党のキミは将来中年ぼよよんファットマンにケテーイだっ!」

「現在ぼよよんファットマンに言われたかねぇよ」

「何を言う、僕のこれは全て躍動する筋肉。マッチョりしているだけだぬ。いやいや、そんな熱い視線を送らないでくれたまえ夕愛くん」

「だいじょうぶぜんぜんみてないからあんしんして」


 うん。本当にあたし、亀太郎くんの扱いが上手くなったみたい。


「そういうわけで龍太郎くん。僕とヨーヨー釣りで勝負したまえ。負けた方が将来ゲーハーファットマンだ」

「よし、加齢臭もオマケに付けてやる」

「なにその勝負! てか受けるの!?」


 己龍くんって時々変なノリになるーー!!


「いくぞ夕愛、お前もやるんだ」

「は……い」


 二人は足取りも軽く、並んで歩く姿はとっても仲が良さそう。お祭りって不思議。


 あたしたちはすぐそばにあったヨーヨー釣りのお店で、こよりを三つ買った。


(こういうの、あたし苦手なんだけどな)


 ビニールプールに浮かぶ、色とりどりのヨーヨー。小さい頃もやった記憶があるけれど、その時は確か一つも取れなかった。


 プールの前にしゃがみ込んで、あたしたちはこよりの先についたW字のカギをそっとヨーヨーに近づける。


「あっ……」


 第一投であたしのこよりはしっかり水に濡れ、ゴムに引っかけた瞬間にプチッと切れてしまった。


「お前不器用すぎ。ファットマン決定だ」

「ええ? あたしまで?」


 隣でクスリと小さく笑い、己龍くんがピンク色のヨーヨーを釣り上げる。


「ほら、お前の分」


 ヨーヨーがカギから外され、あたしの手の中に落とされた。


「あ、ありがと……」


 すぐに次を狙い始める彼の横顔は、なんだかやっぱり楽しそう。


 普段は気難しい人で通っているけれど、この人は優しい。しかも気を許している人にはわりとストレートに自分を出してくる。


「ねえ己龍くん……」

「んー……? なんだ」 


 そしてあたしも、この人にはあれこれ考えずに思った事を言ってしまう。


「どうしてあたしに優しく出来るの? 己龍くんのお母さんを悲しませた、にゃんにゃんの娘なのに」


 彼のこよりが音もなく千切れ、カギが水に沈んだ。


「お前が邪魔してどうする。俺が亀に負けて禿げデブオヤジになってもいいのか」

「ご、ごめんなさい。つい……」


 見ると亀太郎くんは驚異的なこよりさばきで、次々とヨーヨーを釣り上げている。

 それをぼんやり眺めながら己龍くんはため息交じりに答えた。


「全く、誰に聞いたんだか……。自分が生まれる前の親のゴタゴタなんて、なんか俺に関係あるのか?」


 その口調は穏やかで、嫌悪感のようなものは感じられない。


「だってウチのお父さんと婚約までしてたんだよ。それが急に、その……」

「むしろ俺はお袋がフラれて良かったと思ってるぞ」


 あまりに極端な言葉に、あたしは訳が分からずパチパチと瞬きを繰り返す。


「な、なんで。普通はやっぱりいい気はしないでしょ、それなのに」

「俺のお袋とお前の親父が一緒になってたら」


 あたしの手からヨーヨーを取り上げ、己龍くんはゴムの輪に自分の指を通した。


「俺とお前は兄妹だったかもしれない。それじゃ困る」

「……!」


 ポン!とヨーヨーがあたしの頭にぶつけられる。


「さすがに妹じゃ嫁にできねぇ」

「……あたし……」


 この人は本当にあたしなんかでいいんだ。

  

「深く考えんな、バカ。父親が同じならそうかと思っただけだ」


 ”成立だよ”と言ってしまえば、こんな完璧な人の彼女になれる。告り魔、フラれ神と呼ばれてここから逃げ出したあたしが。でも……。


「お前はゴチャゴチャ一人で考えすぎだ。もっとのんびり、難しい事は保留にしときゃいいだろ。どうせ俺らこの先もなんだかんだで一緒にいるんだから」

「保留で、いいの……?」


 己龍くんのことも。

 そうはっきり口に出来なかったのに、彼はわかっているかのように神妙にうなずいた。


「最初に言っただろ、めんどくせぇけど一歩ずつだって。焦った結果の見切り発進なんて意味がねぇ」


 己龍くんがあたしの手を取り、ヨーヨーのゴム輪を中指に通してくれる。


「今はこの指でいい。俺はけっこう気が長いんだ」


 中指からぶら下がったヨーヨーがパシャと水音を立てた。


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