不穏な出会い
「それにしても一個かよ……」
己龍くんが立ち上がると、ビニールプールの向こう側で亀太郎くんが高笑った。
「ふはははは! 一個とな、たったの一個!? やはりな龍太郎くん。これでキミの未来はファットマンあーんどブライトヘッドだ!」
「うるせえよ。そんなんならねぇし」
両手いっぱいの戦利品を抱えて駆け寄って来た彼が、ふとあたしたちの後ろに目を留める。
「おお、おかえり紫苑くん、虎汰郎くん! ちょうど今、僕と龍太郎くんの雌雄が決したところだゆ」
振り返ると、手にビニール袋を下げた二人が人波を縫ってこちらにやって来た。
ニコニコ顔の紫苑ちゃんと並んで歩く虎汰くん。この組み合わせもまた煌びやかで、すれ違う人がみんな振り返る。
「やだ、きゃめ。そんなにヨーヨー釣ったの? どうすんのそれ」
「全員に一個ずつプレゼントだ。ああよしてくれ、礼には及ばない」
「つか、亀に負けたんだ己龍。ダサ」
「テメーもうるせぇ虎汰。チュロスよこせ」
一際にぎやかになったあたしたちのグループはやけに目立つ。本人たちは気にもしてないようだけど、あたしはどうにも落ち着かない。
「ねえ、焼きそば食べるんだよね。そこの路地を入ってすぐの所に公園があって、ベンチもあったと思う……」
あたしの小声の提案を拾ってくれたのは虎汰くんだった。
「じゃあそこで食べよっか。ボクたちはいいけど、夕愛と紫苑ちゃんが立ち食いってのもね」
「う、うん。ありがと……」
ふんわりとした笑顔の彼は優しくて落ち着いていて、いつもと何も変わらない。
あたしひとりが複雑な想いを抱いて、その横顔を盗み見るだけ。
(虎汰くん、もう困らせたりしないから。だから、これ以上あたしを嫌いにならないでね)
商店通りの横道に入ると少しだけ静かになり、行き交う人の姿もまばらになる。
天神様の境内の方から、盆踊りの音楽が聞こえてきた。お祭りも佳境を迎えているようだ。
「あ、ねえ夕愛、あの公園? ベンチは空いてるみたいだよ」
紫苑ちゃんが指さす方を見ると、その小さな公園の中にはカップルらしき男女と、あたしたちのような数人のグループが立ち話をしている。
「ホントだ、よかった。あ、自動販売機でみんなの飲み物買っていくから先に行ってて」
「あんた一人じゃ持てないでしょ。私も付き合うよ」
「ではこの僕が姫たちのナイトを務めよう。そこの敗者と焼きそば係くんはベンチを占拠したまえ」
やれやれと肩をすくめて、己龍くんと虎汰くんは公園に入って行った。
「紫苑ちゃん何にする? みんなはお茶でいいかな」
販売機の前で立ち止まり、あたしは巾着バッグからお財布を取り出す。
「私もお茶でいい、焼きそばだし」
「僕にはその冷やし甘酒をプリーズ」
「焼きそばと甘酒って合うの!?」
ああだこうだ三人でもめていると、ふいに横から声をかけられた。
「あれ、神田? なあお前、神田じゃね?」
呼ばれたのは亀太郎くんなのに、その声にあたしが一瞬で凍りつく。
顔を上げて目にしたその人は背が高く、ノースリーブのTシャツから覗く腕は前よりも筋肉が張っているように見えた。きっと高校でもバスケは続けているのだろう。
(木下くん……!?)
「おお、木下 瞬くんではないか! 塾で共に学んだ。奇遇だぬん」
「奇遇かぁ? 地元の祭りで会うとかむしろ普通だろ」
去年のクリスマス前、雪のチラつく放課後。あたしが最後に告白した13人目の相手、木下くん。
(そうだよ、あたしってバカ。地元のお祭なんだもん、知ってる人に会うのも当たり前だ)
その彼の後ろにくっついて、浴衣姿の二人の女の子がこちらを興味深げに覗き込んでいる。
「てかお前、デブのくせして生意気に女連れじゃん。失恋の神の呪いは解けたのかよ。……あ? って、方丈か!」
顔を伏せてさりげなくこの場を離れようとしたのに、彼に気付かれてしまった。不穏な空気を感じたのか、隣の紫苑ちゃんが小声で聞いてくる。
「なに夕愛、あんたも知ってるヤツなの」
「う、うん。中学ん時のクラスメート……」
仕方なくあたしは、足元に目を落としたまま木下くんに向き直った。
「マジかよ、誰かと思えばやっぱ方丈じゃん。もしかしてお前ら、結局いま付き合ってんの?」
「いえ……そうじゃないけど。あの、久しぶりだね木下くん……」
「うむ。残念ながらまだ僕らはフレンドリーで清い間柄なのだよ」
「へえ……」
ニヤニヤと嫌な笑い方をして、木下くんがあたしたちを眺めまわす。
「方丈って東京の高校行ったんだろ? じゃ、隣のハイスペックな彼女はソッチの友達か?」
「あ……、えと」
あたしが口ごもると、紫苑ちゃんにギュッと手を握られた。
「いいよ夕愛、答えなくて」
「方丈もさ、ちょーっとだけ垢抜けたんじゃね? 今のお前ならこの祭りの間くらいは付き合えるかも。ってか、隣の彼女のバーターな」
一人笑い転げる彼のシャツを、後ろの女の子たちがイライラした様子で引っ張った。
「もう、まだぁ? シュン」
「なんなの? コイツら友達?」
「んー、こっちのデブは受験の時、同じ塾でさ。で、こっちの小っこい女が
「ええっ、マジ!? 超ウケるんですけどぉー」
甲高い笑い声があたしの肌を刺すけれど、事実だから何も言い返せない。すると木下くんは紫苑ちゃんに向かって身を乗り出した。
「なあなあ、マジで俺らと行かねえ? 神田なんてほっといていいから」
「行かない。あんたらみたいなブサイクとブス、つるんで歩くの恥ずかしいし。行こう夕愛、きゃめ」
キッパリと言い切り、紫苑ちゃんがあたしの手を引いて踵を返す。
「は? ブサイクって誰のことだよ! ちょっと待てよ方丈、お前も!」
「やっ……!」
あたしに伸ばした木下くんの腕がガシッとグローブのような手に掴まれた。
「やめたまえ、彼女に触れてはイケナイ。触れたが最後、キミは大変な事になる。これは忠告だ」
ぬぬん!と目の前に立ちふさがった亀太郎くんに、木下くんが目を吊り上げる。
「うるせえ! ナニ言ってんだ離せデブ。ふざけんじゃねぇぞコラァ!」
その瞬間、睨みあう二人の横っ面にバチッ!と何かが当たって破裂した。
「うぁっ!」
「ブフォッ!?」
それは水しぶきを上げ、彼らの顔とシャツがずぶ濡れになる。
(い、今の……!?)
破れて地面に落ちている、カラフルな黄色と水色のゴム風船。
誰が投げたかなんてわかってるのに、振り返ったあたしと紫苑ちゃんは揃ってハニワみたいなビックリ顔だった。
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