第2話 味勝負! 夜中のラーメン奮闘記!


仕事を辞めて3ヶ月が経った。


シンと静まり返る午前3時。外は漆黒の闇で、まさに俺の今の心情のようだった。

昼夜が逆転した生活は、だらしない食生活とふしだらな性生活を与えた。


そして、今、ふしだらな性生活の真っ最中。

パソコンのモニターが横並びに2台並び、それぞれが別の動画を再生している。

お気に入り動画vsお気に入り動画の対決。ステレオの喘ぎ声がさらにクロスした多重音声が脳天直撃。右腕の規則的な上下運動に疲れることなく、ただひっきりなしに如意棒を摩擦する。その時、左腕はどうしているかというと、球袋筋太郎をわしずかみ、ひっぱり、時にはソフトにつまみ、エレガントさと大胆さを併せ持っていた。それは紳士のたしなみか、悪魔の悪行か。


時は進む。

大雨洪水注意報発令後、土砂物は堤防の側面を悪魔のツメのように削り取り、鉄砲水のような速射砲が打ち出され、そして、それを何とか白いケープで防ぐと、そっと包まれ、圧縮されることなく慎重に移動され、むせび狂うほどの悪臭を放つ前に処理できたのは、自身の慢心ではなく、経験の中で培われた一子相伝の極意であり技術とワザの賜物だ。


俺は息をスゥっと吸って、静かにハアァ~と吐き出した。賢者タイムの完了だ。

不思議な事に、人間の欲望というのは、ひとつが収まればまた次の欲望が沸き起こるものだ。性欲が収まれば、食欲が起きるのは至極当然というもの。


「ラーメンでも食うか……」


このひとことを発してしまったら、もう後戻りはできない。

頭の中では、すでにラーメンの味付けを選択している自分がいた。

すなわち、醤油味、塩味、味噌味、とんこつ味……無限とも言える選択肢。

これで、乾麺、生麺の選択肢もあったのなら、とうてい決断する事は出来なかっただろう。あいにく、乾麺の袋の即席ラーメンしかないので、むしろ助かったとも言える。


「よっし! やっぱ塩ラーメンだな。しかもサッポロ一番の塩だ!」


俺は微塵も迷う事無く、サッポロ一番塩ラーメンを取り出すべく、台所の収納棚を開けた……ところが。そこに残されていたのは、無名メーカーのいかにも安っぽい味噌ラーメンだけであった。がっくりとうなだれるのも束の間。なかなかどうして。無名の即席ラーメンも最近ではやるようになったではないか。それとも自分の舌が、こだわりを無くしてしまったのだろうか? いやそうじゃない。例えば定番の醤油ラーメンのパッケージを知らずに、どこのメーカーの物か食べ比べて当てることも難しいほど、安っぽい即席ラーメンのレベルは間違いなく株価が上がっていると思う。


「ふふ……では、こいつに決めた。楽しませてもらおうじゃないか……ヒヒヒ……」


俺は女子高生を目の前にした援交オヤジのようにヨダレをすすり、こいつにキムチと生タマゴをトッピングすることを思いついた。サッポロ一番塩ラーメンのバター海苔乗せも破壊力大だが、味噌キムチ生タマゴの破壊力も半端ない。決断はすでに下った。すぐさま鍋に水を450CC入れて火にかける。沸騰するまでに割り箸とキムチと生タマゴを用意する。手早く用意すると、女子高生の制服を乱暴にひんむくようにラーメンの袋を開け、少し飛び散った割れた乾麺をすばやく拾う。そして、粉末スープを軽く振って片寄を正す。こうする事によって、噴きこぼれ寸前であわててスープを入れようとするとスープの粉末が飛び散るのを防げるので必然たる行為であった。


「あ……ミソ味って漢字は反対から読んでも『味噌味』なんだな……」


などとくだらない事を思いつつも2分30秒が経過する。少し硬麺を好むので、この時間がベストなのだ。やけどしないように慎重にスープを入れて軽くかき混ぜる。かき混ぜすぎないように慎重に。テーブルの上に100均で買った鍋敷きを敷き、割り箸を片手でパチンと割る。


「お! ラッキーだ! 割り箸が普通に割れた」


100均の安っぽい割り箸は中途半端に割れて、片方がするどく尖ってしまうので注意が必要だ。100均の割り箸は7割は変なふうに割れてしまう。これは30%という低い確率の中で起きたプチ奇跡とも言える。おっといけない。下らないことを考えていると麺がのびる。舌やけど防止の為に、水をコップにいれておくことも忘れては命取りになる。まずはプレーンな味噌味を堪能する。フウフウと息を吹き込みスープが染み込んだ麺を丁度良い温度に冷ます。この時、鍋のまま食べていることを忘れてはいけない。ドンブリに移すと洗い物が増えるので絶対にドンブリには移さないで食べる。だがしかし、それを行うことによって熱量の高い鍋のふちに唇が触れないように注意しないといけないのだ。これはもう経験しかないので誰かに教えてもらうことは出来ない高等な技術といっても過言ではない。とにかくヤケドしたら終わりだ。メガネが確実に曇るのはご愛嬌。曇りたければ曇らせてやればいいぐらいのゆとりの気持ちも大事。少し麺をすすった後は、七味とうがらしを少量入れたりして、その次にキムチを入れて味変をおこなう。最後に生タマゴを入れて、麺とからめて喉に流し込む。無限とも思える至福の時間。少し汗ばむ額をぬぐい、コップの水をほてった喉に流し込む。そしてまた熱々のスープをすする。そしてまた水で口の中を洗い流す。この愚かしくも思える行為は2度3度では終わらない。まるで麻薬中毒者のように同じ行為を何度も犯すのだ。いや、犯してしまうのだ。味噌味のスープに七味唐辛子、キムチ、そして生タマゴの味が凝縮されている史上最強の安っぽい味がたまらなく美味いスープを、誰がこぼそうとするだろうか? いや、そんな人はいない。どんなに不味い即席ラーメンのスープでも、人は何度も何度も飲み続けるだろう。砂漠でみつけたオアシスの水を一心不乱に飲むような行為。麺だけ食べてスープを残す人はいない。いや、いて欲しくない。そんな人に安っぽい即席ラーメンを食べて欲しくない。そんな人は家系だ何系だにこだわって一杯千円もする高価なラーメンでも食べて塩分と脂肪分と炭水化物を過剰に摂取して太って病気になって突然死してしまえばいい。ああ、それでいい。それでいんじゃないか!?


時刻は午前5時近くになっていた。

もうじき、東の空がうっすらと明るくなる時刻だろう。

でも俺は、何かしらの満足感に浸っていた。そうだよ、夜中にオナニーしてザーメン出してラーメン食うって最高の嗜みじゃないか。これを誰もが出来るワケじゃないだろう。普通のサラリーマンは朝早く起きて満員電車に揺られて嫌な上司の機嫌をとって死んだような目でもくもくと仕事をこなしあくびをしながら残業をして居眠りしながら帰りの電車に乗ってコンビニで缶ビールとツマミを買って安アパートでひとりむなしくメシを食ってわずかに残された自由時間を終えて死んだように眠るのが日常なのだ。それに比べれば、俺の生活は自由であり、本能的であり、ストレスもなく満足感に溢れているのだ。人生お金が全てではない。お金があることは相対的に幸せと言えなくもないが、絶対的な幸せとは全く違う。裕福か貧乏かを比べて、悦に浸ったり絶望するという考えは虚しいことだと気付くべきなのだ。そうでなければこの宇宙船地球号の住民である我々人類の未来は暗い。もっと広く大きく美しく昇華するべきであるのだ。そうすれば、もっとみんなは幸せになれるし、悩みもなくなって人類が仲良く暮らせるし戦争もなくなるのではないかと俺は間違いなく思うよ!!そう心の中で叫びながら、俺はウトウトと眠りについた。


しかし、その10日後……

俺は全財産が千円を切った時点でそのような腐った考えを捨てた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マジオナ しょもぺ @yamadagairu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ