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「聖女だかなんだか知らないけど、わたしの方が出力自体は上だったようね」

そんな声が、叩き割られたステンドグラスの向こうから聞こえた。

誇るような、でも吐き捨てるような、そんな声だ。

ぼくの前には、学園の象徴とされる女神像に串刺しにされた女の子。

先に言ってしまうと、探偵ものでありがちな凄惨な最期を遂げているこの子はこの学園におけるヒロインなのか、主人公なのか分からないけどとにかく重要な子だ。

モブの立場にいるぼくからすると異常なまでにモテていた。男に。

何やら凄い力を秘めているとかで、ぼくはその秘密を探るためなのと、騎士としていろいろ学ぶためにこの学園に来ていた。


学園…エンジェリック学園という名前のここは世界中から貴族や王族がやってくることで有名な学園だ。そんなところにぼくがどうやって入ったのかはエリスにしか分からない。多分勇者だってことで無理矢理押し込んだんだろう。

もちろん女子もそれなりの地位の子たちばかりだ。名前を聞いても知らない名前でしかないが、どうもみんな有名な家の出身らしい。

騎士…もとい剣の腕を磨くためにきた、というのが本当のところなのだけど、それに加えてこの世界について勉強しなければならない、のもある。

これも詳しい話は聞かないことにしたけど、エリスから睡眠学習である程度の知識は得ている。なにせぼくは勉強ができたのか、頭がよかったのかも分からないのだから。


ぼくがこの学園に来て早々、この学園が騒がしくなっていた。

ぼくが来たからではない、目の前の死体が転入してきたのと、その子にどこかの国の王子様が求婚したからなのと、その王子様が。


ぼくと同時に転入してきたという新入生に決闘を挑み、惨殺されたからだ。


なにがどうして決闘に行き着いたのかは分からないが、とにかくその王子様、ラインハルトだったか。そんな名前の王子は新入生の女の子に決闘を申し込み、その子に真っ二つに引き裂かれたというのだ。

死体だけ見ることになったが、酷いものだった。惨殺された、というのがしっくりくるくらいにはズタズタに引き裂かれていた。

それからというもの、人死にが出まくる決闘が次々と起きては、どこそこの国の第二王子が、なんとか家の長男が、次男が、名無しの権兵衛王国の寿限無王子が、名前を覚える暇もない勢いで色んな王子や貴族が新入生に挑んでいっては、バラバラ死体になった。

その内の一人に至っては、ぼくが廊下を歩いていたら窓ガラスを突き破ってきた。

不思議なことに、むごい死に方をしているにも関わらずみんな苦痛に歪んだ顔をしていないのだ。「何が起きた?」みたいな顔をしたまま死んでいるというか。


そして今日。その王子たちがこぞって求婚した女の子がこうして死んでいる。

表情はすごい顔だ、苦痛や怒りに満ちた、鬼気迫る顔のまま死んでいる。

服装と顔のギャップが凄すぎて、それぞれ別の漫画かアニメから切り抜いて精巧にコラージュしたみたいな状態だ。

変なのは、彼女の手にはスマートフォンが握られていた。画面はひび割れているが辛うじて生きていて、手を合わせてから画面を見てみると、最初に殺された王子そっくりのキャラクターが表示されていた。

「…死んだわよね?魔法障壁だの眩しいだけの光だの、いやらしい攻撃ばかりしてきたから…ええ!?何で殺したかって?知らないわよそんなの!ツラ貸せとかあの顔で言ってきたかと思ったら決闘どころか襲われたのよこっちは!」

上の方から声が聞こえる。恐らくこの学園を恐怖に包んだ決闘の悪魔の声だ。

目が合わないことを祈りながら、ぼくは声が聞こえた方を見上げた―――。



カーネイジから、「人間の常識を学んで来い」なんて言われて突っ込まれた学校で

知らない名前の王子やら貴族に求婚ではなく決闘を申し込まれて、その全員が本物の武器で殺しに来たからやり返していったら、わたしと同時期に転入して何故か有名人になっていた女の子に呼び出されたのでなんだと思ったら魔法で襲われた。

ので反撃して吹き飛ばした。その時に渾身の力で蹴った時に何やらヤバい感触がしたので死んだか致命傷なのは確かだろう。

思えば、その子による嫌がらせだったのだろうか、と思うトラブルや問題がいくつかあったのだけど、わたし自身には大した問題ではなかった。

そして問題もなくなった。やっていたであろう犯人をこの手で排除したので。

むしろその日の締めくくりとばかりにこれまた知らない名前の王子や貴族に決闘を申し込まる方が面倒だった。


…それにしても、階段から落ちそうになったのを助けようとしたら一緒に転げ落ちたのは申し訳なかったけど殺しにかかるほどムカついたんだろうか。それに素直に反応したわたしも問題かもしれないが。

だが、こういう反応も人間なのだと、わたしは学んだと思った。

…何を学んだらこうなったのだろうか。わたしは何で何を学んだのか。

そもそも、この結論はいつのものなんだろう?

とはいえ、生きていられると色々面倒だ。わたしの何かを見られてしまった。

いつの間にかわたしの中にある、わたしの力の幾つかを。

恐らくウェステッドとしてのわたしを、あの子は見てしまった。

怪物の秘密を見てしまった人間に待ち受けるのは、死だけだ。それも既に学んでいる。

そしてわたしは怪物だ。なら、それを実行するべきだ。

だからわたしは、彼女にトドメを刺すために叩き割ったガラスから身を乗り出した―――。



ぼくは彼女を見た。夕焼けに姿を見せた、彼女を。

わたしはを見た。校舎の影の中にいながらも、良く見えた彼女を。

黒いドレスの女性。その言葉以外で彼女を形容することは難しいかもしれない。

正確に言うなら黒と白とほんの少しの赤の、ゴシックなトリコロールのドレス、腰近くまで伸びた黒い髪、そしてどうしてか両目を黒い目隠しで隠している。

軍服か、礼服を着た金髪の女性。第一印象はそれだった。

青い軍服のような、格式高そうな服に、同じ色のロングスカートを履いている。

カーネイジのそれと比べるとやや薄いような、ブロンドというのか分からない色の髪。

まるで人形のような顔つきの女性が、目の前の惨状ではなくわたしを見ていた。

等身大の人形のような姿の女性が、その下で起きている惨状ではなくぼくを見た。

彼女は、一体何者なのだろう。肝心の子は、間違いなく死んでいる。

彼女が、この惨状を産み出し、決闘を血の海に作り変えた張本人だというのか。


まるで永遠に見つめ合った気がしたけど。

「藤森ぃ!」というカーネイジの声で私は振り返った。

彼女は身体を引っ込めて校舎の中に消えていった。



「なんだカーネイジ、来てたのね」

「なんだ、じゃないよなんだじゃ!社会勉強はどうした!」

「そんなもの、この学校の生徒に言いなさいよ。教科書は行方不明になるわ、トイレに入ってたら水はかけられるわ、お弁当はゴミ箱に捨てられてるわ、ブーツは10回から消えた回数を数えるのを止めたし、挙句の果てに模擬戦のはずの決闘で本物の武器で襲われたのよ?むしろ死なずに、化け物としてのわたしを見せなかったのを褒めて欲しいわ」

「だからって決闘相手を殺すな!それにバケモンとしてのお前は十分見せてただろうが!あんなワンパターンな突進だけで死ぬあいつらもあいつらだがな!」

「色々変化は付けてたわよ、そしたら最初に言った女の子が青年誌の漫画の悪役みたいな凄い形相でわたしを呼びつけて、今に至るわ」

カーネイジは分かりやすく頭を抱えて、大きなため息をついて彼女に向き直る。

「…とりあえず、今変な現象が起きてる。生徒が急に消えたんだ。生徒どころか、教師さえも、まるで初めからいなかったかのように」

「一体どうしたのかしらね、わたしやったことなんて百人くらいの王子様と貴族と、一人女の子をバラバラにしただけなんだけど」

「おそらくそれが原因だ。ぼくも初めて見るけどね…

へ?という声と、それが起きたのは同時だった。


世界が、文字通り色を失って、崩れていった。

歴史ある建築物そうな校舎も、色とりどりの花が咲いた庭園も、血塗れになった女神像と、串刺しになったも。


椎奈が気づいた時には、そこには何もない平原だけが広がっていた。

「…あれ?」さっきまで夕日が差し込んでいた校舎の広間にいたはずなのに、次の瞬間には何もない平原のど真ん中に立ち尽くしていた。

「まさか幻覚の類?」「そんなわけあるか、確かにぼくとお前はあの世界にいた」

カーネイジが後ろから声をかける。

「ぼくらウェステッドがやるべきことだと、クモが散々言いふらしていた世界の破壊。それとされる現象だよ」

「ブリキたちからの報告によれば、お前が最後に殺したあのメスガキ…あいつがあの世界の主だったようだ。あの世界そのものの、サービスが終了したゲームが表示されっぱなしのスマホが見つかったんだ」

お前を襲っていた嫌がらせと、謎の連戦決闘はそのゲームの機能の一環でやってたんだろうと付け加える。

「で、わたしが使えるキャラクター全員を倒しちゃったから、自分でカタを付けに来たってこと?」

「いいや、どうも断罪イベントかなんかでお前を追い出そうとしたんだろう。何か心当たりはあるか?」

「あるとするなら、あの子と階段ですれ違ったと思ったらありえない角度で落ちそうになったのを止めたくらいね。一緒に転げ落ちたけど、わたしがクッションになって無傷で済んだみたい」

「それだろうな。本来ならお前という悪役令嬢に突き落とされてヒーローによってお前を断罪させて追放させる…というイベントを引き起こそうとしたが、そのヒーローがいなかったか、結局は部外者のお前を対象にできなかったのか、不具合が生じて上手くいかなかったんだろう。で、課金に課金を、それこそ幾つものカード会社にカードを止められ、親に苦言を呈されてもやめずに課金した自分自身で倒しに行って―――」

お前に返り討ちに遭った。と加えた。

「最後の部分いる?」「ブリキたちがスマホを弄ってたら通話アプリが起動できたそうだ。通話相手の殆どが親で、愚痴と結婚はまだなのかの嵐だった」

「それもいる?」「因みにSNSのアカウントの書き込みを見たらゲームがサービス終了した後に遺書を残して自殺を決行したらしい」「それはまあ…なんとも…」



「つまり、きみには今ぼくは金髪で青い服を着た女の人に見えるってことかい?」

「そうだ、一体何が起きたというんだ」

気が付いたらぼくは平原にいて、エリスと合流したら彼女が「どちらさまですか」なんて女の子の方で訪ねてきたから何事かと思ったら、鏡を見せられて仰天した。

いつのまにかぼくは私と呼ばなきゃいけないような、女の人になっていたからだ。

驚いたことに、それまでぼくが着ていた服までもガッツリと変わっていた。

青い礼服のような、あるいは女性の軍人のための服のような、古い戦争の軍服みたいな、とにかく格式の高さを感じさせる格好だ。

…無論、身体まで女の人になっていた。命の次くらいに大事なものもなくなったというか、お腹の中に納まってしまった。これからは子供を作らせるのではなく、作る側になったということだ。

「分からないよ、きみに言われるまでぼくだって気づかなかったんだ」

「認識ごと変わったということか、かなり強力な変化魔法をかけられたのか…?」

「かけれる奴なんていないと思うよ、さっきも言ったようにぼくは惨劇の現場に居合わせてたんだから」

とりあえず今は近くの町の喫茶店で優雅にコーヒータイムを嗜むことにしている。

性別が変わっても別にコーヒーが旨く感じたりもっと苦く感じるということはないようだ。

「だが、奇妙なことが分かった」エリスが突然言う。

「お前の今の姿に酷似している者が、あの学園の世界にいたようだ」

「というと?」「お前の言う惨劇の現場にあった像だよ」

女の子が串刺しになっていた石像。聞いた話によれば、この学校で最初に結ばれたとかいう生徒の像らしい。卒業後は軍人になって、同じ軍人になった恋人と結ばれたとかなんとか。

それを記念したのか、何かすごいことを成し遂げたからなのか、彼女は石像として残り、以来恋が叶うパワースポットとして知られるようになったとか。

ぼくには縁がないなと話だけ聞いて興味を失っていたけど、こんな形で関わることになるとは…

エリスがどこからともなく1枚の写真を取り出してぼくに見せる。

どうやらあの学校の何処かにその女性の肖像画があったらしく、それが写っている。

とんでもないことに、鏡で見た今のぼくそのものだった。

「今のぼくそのものじゃないか、どうして?」「我々が聞きたいと言っている」

とはいえ、結局なんでぼくがこの女の人に変身したのかは分からないままだ。

エリスは色んな変化魔法や幻覚魔法を解除するための備えを沢山持っているとかで、それを片端から試してもらったのだけど、全部効果がなかった。

「ありえるとするなら、それがお前の能力なのかもしれないな…」

「お湯をかけられたとか、くしゃみをしたとかでもなく突然女の人に変身する能力がぼくの能力?」

「うまく使っていけば伝説の竜とかにも変身できるかもしれないぞ」「それは子供心に嬉しいけど、今のところ元に戻らないんだよ?」

ドラゴンに変身するのは魅力的だが、元に戻れないとなると割と死活問題だ。

因みに、お湯をかけたりこよりで鼻を刺激してくしゃみを出してみたが、効果はなかった。


何がきっかけなのか、一つだけ心当たりはある。

あの黒い女性。彼女と出会った時に、何かが起きた。

あるいは、彼女がぼくに何かをしたのか。

そういえば、彼女はあの後どうなったのだろう。

もしかしたらあの世界の住人で、一緒に消えてしまったのかもしれない。

だけどどうしてか、ぼくは彼女があの世界の住人には思えなかった。



そういえば、カーネイジと合流する前。学校がまだあった時。

あの時、わたしを見上げていたあの女の人はどうなったんだろう。

一緒に消えてしまったのだろうか。

ブリキたち…自分達を海兵隊と名乗るサイボーグたちが言うには、自分らが来た時にはいた女は串刺しになってる女しかいなかったと言っていたけど。

でも何故か、わたしには彼女があの世界のものには感じられなかった。

わたしと同じ、外側からやってきた異物。異質なもの。

なら、きっとまた会えるだろう。

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