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藤森椎奈、フリューテッドとして冒険者となった際


「帝国の脱走兵が持ち出した飛竜共々死んでいたってのも、ウェステッドの仕業ってことで通ったって?変死体とか猟奇事件の殆どをそれらのせいにしてるんじゃないか?」

「その点は否めない。だが発見された破片から、ウェステッドによく見られるものが検出されたのだ」

優雅にコーヒータイムを楽しんでいるぼくと向かい合うように座るエリスが、検査の結果らしい書類を見ながら言う。ここに来る前、帝国というぼくが一応属するセントレアと二分するくらいの大国の脱走兵が、乗騎たる飛竜と共に惨たらしい死体で発見されたことで調査が進められていて、その結果が来たのだ。

「ウェステッドは、歪んでいるというのだ。何が、とは口にしたものもわからない。だが確かに、歪んでいるのだ。お前も見ればわかる」

そう言って、エリスがよこした書類に目を通す。書類には何やら難しそうな言葉と一枚の写真が印刷されている。この印刷技術はぼくら転生者がもたらしたものらしい。

ぼくが素人ながらに検分したときに見つけた、カマキリの鎌の一部のようなもの。所々焦げていたので、飛竜のブレスを浴びた可能性があるという。

褐色、またはカーキ色。地味な色合いに黒い縞が入ったそこから感じ取れるものが、果たしてエリスの言う「歪み」なのかは分からない。

だけども、これと同じものをもったカマキリの化物が姿を現しても、この鎌の持ち主が同種だとは思えない。なんでかは、ぼくもわからない。分からないから、本能的な恐怖のような気持ちを抱いた。

そしてどうやってるのか分からない遺伝子だの成分調査の結果も同様だ。

ここからここは哺乳類で、こことここは魚類、哺乳類ゾーンと昆虫ゾーンの間は未知の遺伝子パターン、そうかと思えば未知ゾーンの一ミリくらいの隙間に収まっているのは熊特有のもの…まるで、あらゆる生物の遺伝子をしっちゃかめっちゃかにつぎはぎしたかのような明らかに異常な構造をしているし、成分には何故かごくわずかながら核物質が含まれていることが分かったと冗談のような結果がそこにはあった。

これを「歪み」だけで片づけていいのか、ぼくにはわからなかった。

「なにがなんだかわからない。仮に再現しても、出来上がるのは気色の悪いキメラ。しかも生きてすらいない、悪趣味な芸術品。それがウェステッドの特徴だ。と言われている。正直な話、奴らは謎が多い。いつからいたのか、どこからきたのか、何が目的なのか、全てが謎。たまにこうして調べてみても、謎を解くカギにはなりえない。丸々遺った死体を徹底的に調べ上げても、分かることはない。噂ではウェステッドを素材に武具を作る計画があったらしいが…」

「こんなゲテモノで武器や鎧なんて作ったら呪われそうだよ」「呪われるどころか、全く使い物にならないんだ。機械種の部品や装甲も何とか転用しようにも、転生者の工作技術でもなければ装甲を切り分けることすらできないし、基板一枚を使ってみようとしても、何に繋げても何の反応もない。まるで機械なのに完全に死んでしまっているかのように動かないらしい。精々爪を棒にくっつけたり、状態の良い火器を使うか、装甲版を戦車にはりつけるくらいが限界だ」

要するに、煮ても焼いても食えぬがまさに似合う厄介者。それがウェステッドなのだろう。

問題はこの厄介者は、恐ろしい戦闘能力を有しているものが殆どで、やはり出てくる世界を間違えたとしか思えないロボットの化け物が含まれているということだ。

逃げ出し、盗賊に身をやつしていた彼ら帝国兵に恐怖を刻みつけたものもまた、ウェステッドだ。

そのウェステッドたちからも畏敬あるいは畏怖されるもの。王のウェステッド。

ここに来る前に見かけたクモ型ロボットことアトラク・ナクアが定義した13人で構成されているとされる彼らは、他の個体を遥かに凌駕する存在なのだという。

そのうちの一人が、蒼天と呼ばれるウェステッドだ。いろんなスケールの航空機のプラモデルのパーツを、三つ首の竜の形になるようにくっつけたような外見のそれは、この世界に来るなりそれまでの空の覇者だった竜たちを次々と襲った。世界の理を司るんだか、最初の勇者に試練を授けたんだか、よくわからない竜の王の2体を呆気なく討ち取ったこいつは怒りに燃える帝国空軍を秒で壊滅させると、轟音とともにその場を後にして、それ以来この世界の空を悠々と飛んでいる。帝国で飼われている飛竜の中で、当時の惨劇を覚えてる竜はトラウマになり、まともに空を飛べなくなってしまったらしい。

ちなみに、竜王を殺されてなんで帝国が怒ったかというと、帝国は竜を神として信仰する国家で、人命よりも竜の命が重い、そんな国だからだそうだ。今は転生者ののおかげで緩くなったらしいが、当時は竜にいたずらをした子供でさえ一族根絶やしにされたと言われているほどだったとか。その当時が、蒼天が彼らの神と誇りをズタズタにしていったときだ。

帝国は復讐に燃え何回も彼に戦いを挑み、そして遂に航空戦力を完全に喪失した。その最後の戦いに参加し、恐慌状態で逃げ出したのが、この脱走兵とその乗騎だった。

逃げ出した先が、別のウェステッドの襲撃で幕を閉じるとは…。彼らは悪人ではあった。だけども、酷い最期だと思う。

ところで、ドラゴンを神様として祀ってる国としてそのドラゴン(の結構下の方らしいけど)に跨って戦うのはアリなんだろうか。


フリューテッド、オーク・ゴブリン兵団と激突時


「…それで、ぼくが今からする筈だったのがゴブリンかオーク退治だったのか」

「そうだ。しかし…ウェステッドが潜んでいたらしい。命からがら脱出した冒険者の殆どが、ウェステッドを見た。と叫んでいるそうだ」

ぼくは今、洞窟の入り口の前にいる。元の世界では命を懸けてもいいくらいには握ることはないような剣を握り締めて、エリスは魔法の杖っぽいものを両手に抱えている。

この先と反対側では、冒険者が魔物と戦っている。そしてここから出てくるのは聖騎士団が追い立てた魔物で、ぼくはエリスに手助けてしてもらいながらそいつをやっつける。というわけだ。

人間はダメで魔物はありなのか、というのはぼくも考えることだが。

ぼくは勇者であるから、そうするしかないのだ。それ以外の理由がないのは考え物だが、それでぼくも納得してしまうので、どうやらぼくはおかしいようだ。

とはいえ、勇者としてやるべきことを全うできるならいっそどこかおかしいくらいがちょうどいいだろう。そう考えていたのだけど、今度はまさにウェステッドが現れていて、それどころじゃなくなってしまった。

だけど、洞窟の向こうからは何も聞こえてこない。すぐ先で聖騎士団も構えているのだが、一向に現れないそうだ。

魔物…オークとゴブリンの混成部隊らしいのだが、彼らがウェステッドを撃退するべく総動員で当たってるらしく、そもそもこっち側に来ていないらしい。

洞窟内部にいるウェステッドは全部で二体とか、外にもう一体いるとか、今さっきもう一体洞窟に出現したとか、情報が錯綜している。そのうち、騎士たちが洞窟から出てきた。

魔物を率いていたオークの将軍が、冒険者に倒されたのと軍団が全滅したことで、戦い…クエストが終わったからだった。魔物たちが当たっていたウェステッドとされるのは死体で発見された。両手を人間の手に置き換えられた、成人男性くらいの大きさのハムスターであることを除けば、ハムスターのようなネズミが洞窟から運ばれてきた。ハムスターのようなネズミと言うのは、顔はハムスターよりはネズミっぽくて(ハムスターもネズミだと思うが)、その顔には明らかに目玉が多い。ウェステッドの中でも正気を失っていると言われている個体がこうなっていると言われている。冒険者の間ではバイトマウスと呼ばれ、恐れられていたらしい。こいつに目をつけられたが最期、次の瞬間にはどれだけ距離が離れていてもそうだ。

一説には、ウェステッドも転生者だと言われている。たまに魔物に転生する転生者はいるらしいのでありえなくはないが、その根拠がこのネズミの怪物が「どんな距離でも相手を齧ることができる」能力を持っているから、では不足しているような気がしないでもない。

もう一体の葉っぱの虫みたいな姿をしているらしいウェステッドは生死不明、外にいたというのはかなりヤバいウェステッドの一体で気づいたら何処かに居なくなっていて、さらに現れたらしいもう一体に至っては本当にいたかも怪しいという感じで、見つかっていない。


だけど、洞窟を詳しく調べて見つかった生き物の破片の中に、元帝国兵を襲ったウェステッドの残骸と同じものが見つかった。実物を見て、ぼくもエリスも確信した。

姿の分からないあのウェステッドは、ここにいたのだ。

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