Chapter7-1「私の場合」

私が何をしていたか。

まず、私はメアと二人で冒険者らしい活動をしていた。

私が読んだり見たり遊んだりしたファンタジー世界における、ちょっと血生臭いおつかいをしていたわけだ。

この時は、凶暴化した動物の退治が依頼だった。

この世界では、時々動物が凶暴化して人に襲い掛かってくる。

魔王の魔力が原因とか、地脈の歪みが理由だとか、何だかよく分からないけど何かしらの理由で暴れるようになるけど、詳しいことは分かっていないそうだ。

まあ、冒険者や傭兵にとっては死ぬか殺すまで追いかけたり襲ってくる動物を撃退…ようは殺すだけでお金がそれなりにもらえて、食べれる動物なら食料が現物支給できるのだからあまり深くは考えないのだろう。

因みに、凶暴化する動物は決まってるかように野犬、狼、熊、蛇が主だ。

猫のような魔物はともかく、猫そのものが凶暴化して人を食い殺すというケースはないらしい。時々こっぴどく引っかかれたり噛みつかれるくらいだそうだ。

熊は自然が生み出した重戦車のような存在だと言うが、その熊が更に魔物化したような物体がこの世界やファンタジー世界にはゴロゴロしているから恐ろしい。


ただ問題としては、その地域で神様のように扱われている動物…動物の姿をした生物までもが、突然病に侵されたかのように、心に狂乱する炎を灯されたように凶暴化して襲い掛かってくると、酒場で適当に過ごしていたら先輩風を吹かす冒険者が教えてくれた。

というのもその人は何処かの村の神獣がそうなったので、今から鎮めに行くのだと言っていた。


ちなみに、彼は失敗したようでその数時間後に彼だったものが酒場に無言で帰還した。

正確に言うと、彼は担架で運ばれてきたのだがまず全身に白い布が被せられていて、加えて不自然にふくらみがでこぼこしていた。まあバラバラにされたんだろうなと、青ざめた顔でそれを眺めるメアを尻目に、私はふんわりと思っていた。

本当に、ふんわりと思っていた。

そして、代わりに神獣を倒したのは転生者らしい。転生者は冒険者の中に大勢いるそうで、元気に冒険者ライフを続けているようだ。

出来れば私は遭いたくないと思っている。私も一応転生者ではあるが、一応人である彼らと違って、私は人の形をした化物として転生してしまったのだ。

しかも、この世界では魔物よりも恐ろしいものとされるものに。

ただ、その割には人々はピリピリしていないというか、妙に平和ではある。


話を戻して、ある程度記憶を先に送ると。

私は男の頭を掴んで壁に叩きつけている。唐突だと思うが、私もいくら思い出してもこうなる直前からこうなった時に何を思ったのか全然思い出せない。

状況はというと、私がいるのは何処かの…猛獣退治の依頼を受けた町…確かアトランタ自治区という場所の、路地裏だ。

路地裏と言えば、よからぬものがいる場所としてはうってつけである。

叩きつけられた男は、多分死んでるか気絶してるかどっちかだろう。

私のウェステッドとしての膂力で壁に叩きつけたのだろう、男の頭を中心に壁が凹み、ヒビが入っていて、それをデコレーションするかのように赤い染みが放射状に、球状にした赤いペンキをぶつけたように広がっている。

これで生きてるのなら凄いと思うが、男はピクリとも動かない。

その近くにはやはり私にやられたのだろう、下半身と上半身を分断された男が転がっている。これはどう見ても死んでるとしか見えない。

仮にこの男がゾンビだったとしても、これでは逃走も反撃もできそうにない。

裏路地の出口(入口?)から男の悲鳴が聞こえる。巻き戻す前に言うと、私に因縁をつけてきた男は三人だ。

うち一人は切断面から見た目からは健康そうに見えそうな臓器と血を溢して死んでいて、もう一人は自分で生と死を体現するアートの材料にされていた。

そして最後の一人は悲鳴を上げて逃げ出していた。

死体はともかく(この世界は過剰防衛という単語がないらしいので正当防衛と言えばなんとかなる。なんなら逃げた男がいなくなれば正当防衛でどうにかなるらしい。無法地帯だ、私が言うのもなんだが)、恐らく私がウェステッドという、この世界では最悪最低の化物だとバレてしまっている。

それを言いふらされるとカーネイジに殺される前に死にかねないので黙ってもらうしかない。


と現代アートのようになった男の頭から手を離して追いかけると、すぐ近くでメアにぶつかっていた。後で聞いたところメアが言うには、錯乱状態の男が飛び出してきたと思ったら突然ナイフを抜いて襲い掛かってきたらしい。武器を見せて退かそうとしたのか、障害を排除するつもりだったのだろうか。

しかし、彼女を排除する前に男は私が咄嗟に投げたレンガを後頭部に受け、スイカに同じ事をしたらこうなりそうだな、という感じで血と頭部を構成していた何かしらの人体の部品を噴き出して倒れ伏した。見た目は後頭部からレンガを生やしたようにも見える。


さて、どうして私は三人も街中で殺傷する羽目になったのだろうか。

なぞなぞをしているつもりはないのだけど、私はどうして私がこうしたのか分からない。

冗談ではなく、本当に分からない。忘れてしまった、何かに憑りつかれたのほうがある意味マシかもしれない。

元々嗜虐趣味があったのかも、男性嫌悪だったかもわからない。

何がどうしてこうなったかは覚えている。

しかし、何故私がこうしたのか分からない。

分からないことだらけだ。私自身のことすらも。


まず、私は酒場とレストランが合体したような店で食事をしていた。

この時食べていたのは焼き鳥。あるいは鳥だの豚だの牛の肉を串に刺して焼いたもの。串焼きが正しいだろうか。

まあ胃に入ればなんでもいい。ところでカーネイジは時々私に肉を喰わせようとしていたが、あれは何の肉だったのだろう。その後トイレに駆け込むような事態にはならなかったので、腐った肉や食べてはいけない類の肉ではなかったのは確かだろう。

ちなみに、それを数回繰り返した頃にはカーネイジは私に何かの肉を食べさせることを辞めた。最後の時にはもはや引いているような表情で私を見ていた気がする。

…とにかく、依頼を終えて概ね食用の生物の肉を食べていた私に、数分後に私に殺されることになる男たちが話しかけてきたところから始まった。

ナンパなのか、因縁なのかは覚えていない。むしろ普通に気さくに話しかけてきたところだろうか。

私とメアは、初心者限定のゴブリン掃討任務…実際はウェステッドがついてきたという最悪のサプライズを含めた任務を五体満足、貞操も含めて無事に帰還した人間としてちょっとだけ話題の人になっていた。

特に私は、ボス…私が半狂乱状態で叩き殺した巨大なオークを倒した者、フィニッシャーとしてそこそこ名前が回っていたらしい。

なので男たちは私を名前、シーナ・フリューテッドと呼んでいた。多分冒険者仲間なのだろう。格好は魔物を倒すには軽装が過ぎないかと言うような、ファンタジー世界における普段着のような姿だけど、腰に提げた刀剣、ナイフが辛うじて荒くれ者よりも冒険者だと、ある程度は証明していた。


何かを話したのち、私は何故か連れ出されることになったのだが…

ここの部分が覚えていない。何が理由なんだろうか。

ただ私ことシーナ・フリューテッドという冒険者が、ゴトランド自治区という場所の出身だということを確かめた直後だったので、出身が原因なのだろう。

事実裏路地での出来事と言えば、男たちは全身で怒りを発揮しながら私に詰め寄っていた。


これは後でメアから聞いたのだけど、どうも私が偽っていた出身地ゴトランドは、ゴトランド(キルストリークが言うには古い軍艦の名前らしい。もとい自治区となった場所の知名は全て軍艦の名前だそうだ)となる前は五大国…この世界を支配している国、私がカーネイジ達と共に壊滅させることになる大国に抵抗する有志連合の一つだったらしい。

しかし、ある時連合を裏切って大国側につき、周辺についての情報を提供した事でここアトランタ自治区はアトランタになったのだそうだ。

なお、その後ゴトランドも制圧されてゴトランド自治区と改名したようだ。

ワイトから聞いた話によると、をした諸国が幾つかあったという。

ゴトランドもその一つなのか、カーネイジの言葉を借りるなら露悪趣味の転生者によって滅ぼされたかのどっちかだろう。まあ、私の出身は日本だから何があったのかそもそも知らないけど。

なら今まさに私に詰め寄っている彼らはここアトランタ自治区の原住民なのだろう。

それも親が侵略された世代かまさに侵略に遭遇した世代なのだろう。

ならある程度は仕方ないな…と思うけど、だからって私が襲われる理由にはならないんじゃないかな…?

そんなことを思い出しながら思っていると、私は盛大に殴られていた。

裏切った所の出身者だからってそんな思いっきり殴る事ある?と思うけど、侵略された側にとってはそれどころではないんだろうな、と思っていた。


しかし、ここからどうやって私は彼らを殺す事になったのか。

何かきっかけがある筈なのだけど、どれだろう。彼らの何が私に殺意を芽生えさせたのだろう。

彼らは、ある意味正しい怒りを振るっている。行き場のない怒りではあるけど。

だから私は、理由を作るしかなかった。我ながら意味が分からない言葉だ。

殺した理由を作るだなんて、まさに狂人の発想だ。カッとなったではありきたりすぎるので、私が正当に怒った理由が必要だ。


ただ「調子に乗るな」と言われた瞬間に私は彼らを殺すと決めたのは覚えている。

何故なんだろうと考えると、生前の私は、楽しんでいる中に冷や水をかけられるようなことを嫌っていたのを思い出す。

見るからに調子に乗っていたんだろうけど、それでも私からすれば十分腹立たしいことではある。

なので、今回はこれで何故か殺傷レベルで怒った、ということにする。

何故か「あなたも兄さんと同じことを言うの」と叫んだ気がする。私には兄がいたんだろうか。

とにかく、こうして怒り狂った私によって彼らは殺された。本当にこう言うしかない。

私には、倫理観というものがないのだろう。カーネイジがこの後もこれからも何回か、それこそ謎の肉を食べさせるよりも言うのだけど、私は彼女と別れるまで理解することはできなかった。


とはいえ、まさか私をウェステッドだと思いもしないメアに「ムカついたから殺した」レベルの言い訳をするわけもなく。

この時の私は「突然内輪もめをしたと思ったら殺し合いを始めて、一人が慌てて逃げ出してあなたに襲い掛かってきたのを止めた」と嘘をついていた。

どういう内輪もめの結果、一人は顔面を壁に叩きつけられて死んでいて、もう一人は上半身と下半身が分断されて死んでいるのかは想像もつかない。

ただ私は内輪もめの結果こうなったと言った。

勿論メアに何故呼びされたのかと聞かれたので、その時はちゃんと答えた。


こうして私は覚えてる限り一般人をまた殺す事になってしまったのだが、正直この後それどころではない事態が起きてしまい、こうして思い出すまで記憶の奥に押し込められていた。


さて、次は何処から思い出そうか。

そうだ、彼女と初めて遭遇した時のことを思い出そう。


カーネイジが混沌の化身なら、彼女は秩序の化身。

自称スーパーヒーローの、有栖川クロエと初めて遭遇した時のことを。

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