Chapter7「微睡むような思考の中で思い出す」

夢を見た。

転生する前の夢。食卓を囲む夢だ。

「――――」「――――?」「―――!」「――――」

食卓を騒がせる、何気ない会話。

学校の出来事。遊んでるゲームの話。友達の話。アニメの話。これから見るバラエティの話。様々な会話。和気あいあいとした、ありふれた平穏な会話。


だけど。

私の知らない、私を知っている人たち。

とても大切で大事な、人だったはず。でも。

どうしても、この人たちが誰なのか思い出せない…

あなたたちは、誰?

ここは…どこ?


目が覚める。目が覚めたと同時に、私は夢の内容を忘れてしまった。

何気ない夢だったような気もするけど、

「ナメクジ!いつまで寝てるんだ!起きろ!」



外から声が聞こえる。この声は知っている。カーネイジ。あるいはネージュ。

私は、藤森椎奈。大丈夫。まだ自分のことは覚えている。今の人生のことは覚えている。

なら、私が忘れたのは前世のなんだろうか。

だけど、ここ数日間の記憶がない。なくなっている。

私はこの時何をしていたのか。冒険者フリューテッドは何をしていたのか。

わからない。もやがかかったように思い出せない、と言う言葉があるけれど。

私の場合はもやどころか霧ですらない、闇だ。その部分が空いた穴のように思い出せない。


だけどこれは私の物語。私の罪。罪だと頭の何処かで、妄想の豪邸の中で聞こえる。

だから、思い出せるだけ思い出してみよう。私が何をしていたのかを。

これを読んでいるあなたも、恐らく私がこの時何をしていたのか、何を思っていたのか気になるだろうし。その期待に応えていきたい気持ちはまだ、ある。


外に出ると、一つ目の巨漢サイボーグ然とした男の人と、頭部が回転式拳銃リボルバーの恐らくサイボーグ、長方形の頭部を持ったカーキ色の人型ロボットがいる。

彼らは何なのか。私は彼らとのなれそめを覚えていない。

でも、ミグラント、ペストマスクの男が彼らと初めて出会った。

そのファーストコンタクトは、彼が単独でゴブリン退治の依頼を受けた時だという。

一つ目はサイバービーストと名乗った。本名はジョン・ゴールドラッシュらしい。

リボルバー頭はガンヘッドと名乗った。彼はホセと名乗った。多様性を愛する男だそうだ。多様性とは何なのか、私はよく知らない。ただ、覚えている限りだと周りでは賛否両論が分かれていたような気もする。

ロボットはキルストリークと名乗った。本名はロンと言うが、コードネームであるキルストリークの方で呼んでほしいと言われた。本名には嫌な思い出しかないのだと。

私の本名。藤森椎奈。何か意味はあっただろうか。名前に関する思い出はあるだろうかと、この時も今も思い出してみるけれど、何も浮かばない。

そもそも、今の私はディートリンデと呼ばれている。私を敵と呼ぶ人も、味方だと言う人も、藤森椎奈とは決して呼ばない。

サイバービーストは生前米軍のサイボーグ部隊の一人で、ガンヘッドとキルストリーク、私に会う前に死んだレッドアイはその時の部下なのだとか。


出会ったきっかけは、ミグラント、彼に関する悪評だ。

何故か彼は小児性愛者の猟奇殺人鬼と言う噂が付き纏っており、そのせいで謂れもない罪を裁こうと他の冒険者やら人間に襲われることが多々あるらしい。

大抵は逃げるか撃退して誤解を解こうとするらしいのだが、この時はウェステッド、つまり彼らが噂を真に受けて襲い掛かった。

不意な遭遇戦はすぐに狙撃合戦に代わり、一瞬の隙を突いてミグラントが相手の懐に飛び込んで乱戦に持ち込み、王手をかける形で戦闘を終わらせたそうだ。

何故か私を含めたあらゆるウェステッドを毛嫌いしているカーネイジとしては、毛嫌い。嫌い。彼女は、私を大嫌いだと言った。博愛主義だという彼女が、前世と今世の両方で初めて、嫌いな人間ができた。それが私なんだと。

私の存在が嫌いならば、殺せばよかったというのに。彼女は私を生かし、結果私がいる。今、彼女は悔いているのだろうか。彼女がこれを拾った時、何を思うのか。


話を戻すと、カーネイジとしてはなぜ殺さなかったんだととてつもなくご立腹だった。

君がばら撒いた噂に踊らされただけの人を殺すつもりはない。そうはっきりと彼は言い、更には孤独主義な自分達よりもウェステッドについて詳しいので、ということで彼らを仲間として連れてきた。

その際に様子のおかしい転生者に襲われてレッドアイが死亡するも、神出鬼没のウェステッド、ヤクモの援護を受けて転生者を撃破し、今帰ってきたのだと。


私。私は何をしていたのだろうか。メアが言うには、私もメアと二人で遠出をしていたのだけど、私は私で何かトラブルを起こしたらしい。

メアが言うには、ガラの悪そうな男たちに路地裏に連れ込まれた私が数分後に出てきたので駆けつけたら、路地裏には顔面の形状がゲルニカのようになった男たちが、虫の息で転がっていたという。

どう考えても私がやったのだろうけど。全く記憶がない。一人が壁に何度も叩きつけられたように壁に突っ伏していたらしいので、まあ正当防衛と言うには過剰すぎることを、私はやったのだろう。

メアも私に事情を聞いたのだけど、いまいち要領を得ないことしか言わなかったらしい。

他には、私も他のウェステッドの襲撃を受けた。

私の場合は有栖川クロエと名乗る、紫色のパワードスーツのようなものを身体に纏った、金髪の少女が、わざとらしい派手さと共に飛んできて着地、戦いを挑んできた。

どうも自分がウェステッドだと分かっていないようで、ウェステッドは悪だと言うのでそのウェステッドである私に襲い掛かったようだ。

結果的には私は敗北したのだけど、急に燃料切れを起こしたみたいに目の前に転がってきたので、全力で蹴飛ばした。

「覚えていろ」とか言いながら、顔を抑えて飛んでいく姿は覚えている。


この時は、その私の襲撃が話題だった。

カーネイジは私に強くなる必要があると説いたのだけど、その時私が何を答えたのか分からない。ただ、彼女は強引なので、強制的に私は特訓することになった。

そして気がつくと、私は地面に突っ伏していた。何が起きたのかよく分からないのだけど、まあカーネイジが私に何かをしたのだろう。

なにかを言っていたような気もするが、この辺りは靄がかかったようで覚えていない。

今思い返すと、彼女は巧みに剣を弾いて私ごと吹き飛ばしていた。

何をしたのか思いだせても、何の意味があるのか。私には分からない。


不意に場面が変われば、目の前にいた盗賊と言えばこんな格好じゃないですか?と創造主に言われそうな格好の男が、何の苦労もなく私の攻撃を受けて死んでいく光景が広がる。

この日は盗賊の討伐か、撃退の依頼をこなしていた。

ただ剣を振り回すだけで、人が死んでいく。

私の身体から生えたムカデのような触手が、まず足払いしたような足を砕き、続いて首を刎ね飛ばす。

武器がなくても、私の拳が男の顔を潰す。

終わった後、カーネイジがやはり何かを言う。戦い方の評価を言っているような気がするけど。私としては敵が死ねばそれでいいじゃないかと思う。

それらしいことを私が言ったようなので、次の瞬間に彼女は私の胸をぶっ叩いた。

乳が千切れたんじゃないかってくらい痛かったけど、今あるので千切れていなかったようだ。


また戻る。戻るとワイト、骸骨が襤褸切れみたいなローブを羽織った姿をしたものが労いの言葉をかけてくれる。お疲れさまでしたと彼または彼女が言って、私はありがとうと答えた。


私。

わたし。は。

この先を思い出そうとする。痛みもなく、ただ何も見えない闇の中を手探るように。

大切なもの。私としての記憶。何も見つからない。

ない。



「朝っぱらから怒鳴らないでよ…」「朝って、もう昼になる前ッスよ…」

椎奈が眼を擦りながら部屋から出ると、彼女の前にはカーキ色のロボットが立っていた。

「…あなたは…?」「あ、俺はキルストリークと言うッス。ミグラントの旦那と一緒にここにきた、お仲間ウェステッドの一人だから安心して欲しいッス」

ロボット、キルストリークはそう言って握手を求める。やはり鋼鉄の手だ。

まだ夢を見てるのだろうかと思いながら、椎奈は手を握り返す。冷たい。

冷たいけど、その絶妙な力加減をしているモーターやアクチェータの蠢きを感じる。

機械が総動員で人らしい握り方をしようとしているようだった。

「王様がこんな時間まで爆睡してるってんでカンカンッスよ。まあ、俺も昼夜逆転生活送ってた時期あったんだけど…」

「ロン、例の嬢さんは起きたか」「こりゃまたでっけえ乳の持ち主だな…」

続いて廊下を歩いてくるのは、2mほどはありそうな、一つ目の巨漢と、それより身長は低いが、頭部が丸ごと回転式拳銃のような形をした、トレンチコートを着た男と思われる何かだった。

「…夢?」流石の椎奈も、目の前にいる物体が現実の存在には思えなかった。

「夢じゃないさ。俺はサイバービーストと名乗らせてもらってる」

「俺はガンヘッド。愛に生きるスナイパーさ」

サイバービーストと名乗った巨漢はキルストリークと同じように握手を求め、ガンヘッドと名乗った銃頭はハグを求めてきた。

まず椎奈はビーストと握手をする。生き物特有の暖かさを感じる。「俺はサイボーグだからな、ロンと違って暖かいだろう。隣のホセ、ガンヘッドもサイボーグ、半機械型の機械種ウェステッドだ」

続いてガンヘッドにハグをする。彼の鍛え上げられた胸板に、彼女の豊満すぎる胸が押し付けられる。ビーストの言う通り、暖かい。

「こりゃすげえ、服越しの感触からでも極上の胸だってわかるぜ…俺がHENTAIコミックの男だったらこれだけでヤバいかもしれなかった」

震えながら彼が呻く。何やら嬉しかったようだ。

「アホなこと言ってないで、早く連れてくぞ。王様が半分キレそうなんだ」

「王様…?」「カーネイジのことッスよ。あの二人、ウェステッドの間じゃ有名人の一人なんス」

未だぼんやりとした頭の中で、椎奈は機械人間三人に連れられて外に出た。


外のまぶしさで目がくらんでる彼女目掛けて、カーネイジが怒りと笑顔が絶妙なバランスで混じった表情のまま彼女に強烈なドロップキックを見舞った。

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