第5話

 数メートル動いたジープが力なく止まると、カシミヤが荷台から飛び降りてきた。フロントガラスは蜘蛛の巣状にヒビが入っていた。ログデータはそこで終わっている。

 タチカワ駅廃墟から数十メートルほどの、大きなホールのような空間のある建物の中、椅子が大量に並んだ1つに腰掛けて、タヌキはログデータを観ていた。

 タヌキは、正直に言えば興奮していた。あんな戦いが出来る人間がこの世にいたなんて。大の男に負けないスピードとパワー、正確な攻撃、そして何より、カシミヤが女だということ。おそらく20歳前後であろうカシミヤを、無意識のうちに自分の将来と重ね合わせてしまう。

(俺なら…最初の発砲の時点で路地に飛び込んで、各個撃破…心理的死角からの狙撃と物理的死角からの刺突を14回繰り返す…か?だがあの周辺の建物では一度に14人が入ってくることは考えづらいし、なにより役割分担のきちんとされている兵士相手では…)

 多少分が悪い。そこまで考え、自分の思考に蓋をする。

(っと、俺はカシミヤを殺すんだ。こんなことを考えている場合じゃない)

 今の戦い方から、カシミヤの性格を仮定する。

(好戦的、せっかち、直感的、適当だがラインを持っている)

 非常に冷静に見えたが、それを全て鵜呑みにしてはいけない。タヌキの目にはカシミヤの人間性が垣間見えていた。無意識に天井を眺める。背筋が伸びた。

 銃を向けられていながら、歩くスピードを変えなかった。これは好戦性の表れか。

 強引に戦いを進めたのはせっかちな性分の表れ。

 振り向きざまの斬撃がヒットしていた。空振りもあった。直感で戦っているのか。

 背を向けた相手をすぐさま撃つ。基本的な部分まで適当には戦っていない。

(俺は好戦性の先を取れる。せっかちさは俺の狙撃には意味がない。斬撃は届かない。基本に忠実でなければ狙撃の隙もあるはず)

 狙撃というものは、相手に気付かれないように「シナリオ」を組み立て、それに沿って行うものだとタヌキは考えている。本来動いている標的を狙撃することは非常に難易度が高く、例えば要人であれば演説や会議など、止まっている瞬間を狙って行う。これはつまり、「ここで標的が止まる」という仮定の元で、自分の逃走経路の確保、自分の姿の目撃者の抑制、容疑者に挙げられないような準備が必要になる。なおかつ入手した情報が正しく、想定通りに標的が動かなくては狙撃は行えない。

 つまり、描いたシナリオから外れればまた練り直しになる。演者がセリフを間違えれば、演劇は成り立たない。

(あの兄ちゃんの言ってた方角が正解なら、カシミヤの本拠地はタチカワの北の方角。であるなら、そっちに進みながら聞きこむのが正解…いや、聞き込みはダメだ。ったく、貧乏ってのはこういう時に良くない)

 タヌキは端末を操作し、ダストボックスにカシミヤ目撃情報の賞金を懸けた。投げ込んだ数秒後、それは消去されてしまった。

(なっ!?俺の25000が!!)

 静かに悲鳴を上げる。返金はされなかった。

(何らかの手法で、カシミヤがOCEANに介入している…?)

 OCEANへの介入。出来る者はOCEANのシステムを把握しているSEAの関係者、或いはSEAへの影響力をもった金持ちだろう。戦闘から見るカシミヤの性質そのものは非常にトリッキーで、単なる関係者や金持ちという部類は超えているように見えた。

(ま、それも俺の偏見だけどな。戦い方で懐事情がわかったら苦労しない)

 OCEANが使えない状況。30分ほどその場で思案した。この先の情報の手に入れ方を、その後の展開まで考えていかねばならない。

 苦肉の策として、情報を売り買いする連中に対して50000ほど支払い、匿名でカシミヤ探し(正確には「包帯を巻いた女探し」として)を依頼してあった。だが、それだけではタヌキは満足できなかった。足りていない気がしていた。うんうんと唸り続けた。

 そして天啓を閃いた。

(コンタクトだ)

 いつでもタヌキの未来を切り拓いてきたのはコンタクトだった。8歳の時に初めて起動してから、タヌキの人生に大きな影響を及ぼしている。

(ログデータは第4世代までは端末に残る。記憶素子採用の4世代までは半永久的にデータは取り出せる。死体のログデータを漁れば、カシミヤまでたどり着けるかもしれない)

 大きく頷く。ログデータの保存は記憶素子に行われるが、電気による記録保持ではなく光信号の物理保存による保持のため、死体が第4世代コンタクトシステムまでのユーザーであればデータを取り出すことができる。しかし、いくら荒れ果てた世界とはいえ死体を掃除することで収入を得たり、ユーザーがいないコンタクト端末を売ることで生計を立てるものも多い。死体からのログでカシミヤにたどり着けるというのはどう考えても希望的観測であり、無根拠に行えば時間は何時間かかるかもわからない。だが。

(OCEANをダイブの上で渡り歩くような技術は俺にはない。俺に出来ることはここまでだ。出来る奴に依頼を飛ばして、俺は足で稼ぐ)

 他人に任せたままで自分はじっとしているなんてできなかった。嫌な軋音を残して、椅子から立ち上がり、タヌキは歩き始めた。

 目指すは北東。カシミヤのいる方へ。

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