秘密兵器の倉庫番

居酒屋さんの雑居ビルから場所を移した。知っている店でないと安心できない。以前にっちとランチで入った『カフェオレさん』の喫茶店でコーヒーを飲みながらを行った。


それにしてもやはり東北の海援御坊は食えない怪老人だった。

2千億円は振込なんかではなく、すべて現金で明日の夕方までにばあちゃん指定の場所まで僕らが取りに行く手筈だ。御坊はそれを横取りしようという算段のようだ。僕らが消えたらあのばあちゃんぐらいなんとでもあしらえるということか。


「御坊も甘いな。ばあちゃんが70年も質屋をやってこれた意味が分かってない」

「え、70年!?」

「そうだ。あのばあちゃんはな、先代の大ばばに8歳の時から仕込まれてんだ。年季が違うのさ」


課長、それ年季なんて問題じゃない。


「とにかく敵が増えた。御坊・・・『ファミリーのために一人で死ぬ』なんて言ってたのにな」


僕は課長に疑問をぶつけてみた。


「課長。2千億でコヨテを買うって話、久木田社長はご存知なんですか?」

「一切話していない」

「え? それって越権行為じゃ・・・」

「いや。この2千億は私が社員としてではなく個人の立場として借りるカネだ。担保はキヨロウだがね」


パワハラの極致ではないだろうか。


「その2千億でTOBで買い集められたステイショナリー・ファイターの株ごとコヨテを買う。株価が下落している今なら支配権を握れる。そしてな」


課長がゆっくりと僕を指差す。


「キヨロウ。君が社長だ」


え。


「株の譲渡税は相当な金額になろうが、ばあちゃんに追加融資を申し出る」

「いえいえいえ! 課長、何言ってんですか!? 僕は社長なんてそんな! 大体千億単位の借金なんて無茶な!」

「キヨロウ。モニタリング課員全員で株を持ち合う。私たちが出資者かつ経営に当たる。久木田社長がおっしゃったろう」

「?」

「これは、戦争なんだよ。ステイショナリー・ファイターは戦時下にあるのと同じさ。ならば、これこそが私たちが『辛酸を舐め続けてきた』その努力と能力の出しどころじゃないのかな」


戦争。


確かに、その中でにっちは死の一歩手前のダメージを負った。

そういうつもりでいないとダメということか・・・


「せっち。私は君を年齢で判断などしない。君は大人以上に大人だ」

「ありがとう、課長」

「キヨロウを補佐してくれないか?」

「うん。補佐し甲斐があるよ」


どういう意味だ。


・・・・・・・・・・・・


僕らはステイショナリー・ファイターの物流倉庫に向かった。

武器を調達するために。


「ナベさん、よろしく」

「課長が武器をよこせなんて、以来だな」

「御坊が金を横取りしようとしてるんでね」

「東北の御坊か。やっちゃいなよ。ウチの株式上場を手続き不備で反古にしようとした議員の愛人宅を爆破したみたいに・・・」

「しっ!」


鏡さんが倉庫管理責任者のナベさんをキッと睨む。ナベさんは頭をかきながら謝った。


「ああ、ごめんごめん。キヨロウくんたちには内緒だったか」


ほぼ、暴露してるのと同じ状況だ。

怖いので知らぬふりを貫こう。


「で、課長。これなんかどうかね?」


ナベさんが示したのはペン型のレーザー・ポインタ。そして解説する。


「こいつはな。照射するレーザーが800℃の熱線なんだ。レザーコートはさすがに無理だが布地の服なら大抵透過するか焼け焦がして皮膚と肉にダメージを与えられる」

「目に当てたら?」

「失明どころか、眼球が溶けるだろう」


え。


「それからこいつはな・・・」


ナベさんが取り出したのはごく普通の三角定規。


「皮膚に対して10°以下の傾斜で当てがうとナイフと同じように切れる」


なんだそれは。


「爆弾系は?」


鏡さんが真顔でこういうセリフを吐くのを聞くと、なんだか世の中すべてオール・ライトのような不思議な気分になってくる。ナベさんの答えもあっけらかんとしている。


「あるよ。クラッカー爆弾だ」


これまた普通のパーティー・クラッカーだ。

そして実践してくれた。


「まずこうしてテーブルの角にでも引っ掛けてセットする。次に紐の部分を止めずに引っ張り続けると最大10mまで伸びる。そしてな、そのままもう一度くいっ、と引くと」


ボムっ!


「・・・とまあ、半径5mのモノを消しとばす威力がある」


テーブルのスティールのパイプがポキポキと折れて崩れ落ちた。


「便利だろう?」

「ええ。便利ね、とても」


ナベさんと鏡さんの会話が世間話のように感じられる。僕も随分感覚が麻痺してしまってるようだ。


他の武器も列挙してみる。


開いて、ぱくっ、と相手の左右の人差し指を挟むと吸着して手錠のように拘束する名刺入れ。


ぺたん、と貼ると皮膚から毒が浸透する付箋。


熱い息を吹きかけると鋭利な針になる形状記憶クリップ。


画鋲を矢の代わりにしたペン型の吹き矢。


・・・どこかの国の諜報部員じゃあるまいし・・・


「さて、せっちに問題!」


ナベさんが突然大きな声を出したのでせっちがびくっ、とする。


「この中で文具でないのは!?」

「ク、クラッカー・・・?」

「正解っ!!」


だからなんなんだろう。






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