毒を食らうなら解毒剤を用意してからにしろっ!

「ねえ、キヨロウ」

「なんですか、鏡さん」

「飲みに行こっか」

「え? 飲み、ですか?」

「そう。晩御飯も食べないと、でしょう?」

「いや・・・なら、アルコール抜きで」

「ううん。お酒も飲む」

「課長・・・」

「いいんじゃないかな。弛緩も必要だ」

「せっち・・・」

「いーよ、わたしも。ソフトドリンクとかあるよね?」


にっちがあんなことになってるのに。

お酒って気分じゃないけどな・・・


・・・・・・・・


「かんぱーい!」


結局居酒屋さんで生ジョッキ3つとジンジャーエール1つで飲み始めた。

確かにこうでもしないと緊張で寝付けないかもしれない。


「課で飲み会なんて初めてかもね」

「すまないねえ、気の利かない課長で」

「いえいえ。僕とにっちは入社以来ずっと現場に直行・直帰でしたからね。しょうがないですよ」

「にっちもいればなあ・・・」


せっちがつぶやくと一瞬静寂が訪れた。


「ベーコン・ナスの天ぷら、お待たせしましたー!」


店員のお兄ちゃんが威勢良く給仕してくれるのでしょぼんとしてる空気が飛んでいく。まあ、プロなんだな、居酒屋さんのこういう応対って。


「吸ってもいいかな?」


お。珍しい。

課長が久しぶりにタバコの箱を取り出した。

マッチ箱を一回り大きくしたような、ショート・ホープの箱から一本抜き出し、マッチで火を灯す。


「わたしもいい?」


鏡さんまで。

ずっと禁煙してたのに。


「あれ? カガミンのタバコ、なんかヘン」

「あ、わかる? せっち」

「うん。なんか足りないような」

「そう。これね。ショート・ピースって言うの。フィルターが無いのよ」


ああ、思い出した。鏡さんは両切りタバコを愛煙してたんだ。

女性でこんなキツイの吸うなんて、ってびっくりしたっけ。


「入社したての鏡くんは怖かったぞ。ショート・ピースの缶をデスクにドン、て置いてね」

「缶?」

「せっち。60本入りの缶があるんだよ、このタバコは・・・っても分かんないか」

「よく分かんないけどカガミンがタバコ大好きだってのは分かった」

「それでね、足組んでさ、同業者たちを電話で恫喝してたよ」

「恫喝って・・・どういう仕事してたんですか?」

「わたしの仕事? そうね。今のキヨロウたちの現場工作を電話でやってた、って感じかな」

「鏡くんはね、実店舗で見てきた他社文具の陳列やら価格設定やらにダメ出しするんだ。いちユーザーとして」

「クレーマー? 営業妨害ですよね」

「ううん。わたしは心底怒ってたのよ。他社が適当な陳列や適正でない価格で売ってるのを見るとムカついてムカついて。そんなことしてるから文具がお客さんから愛されなくなるのよ」


うわ。


「へー。カガミン、熱い新人だったんだね!」

「せっちに言われると冷や汗が出るわね。若気の至りもあったかしらね」

「いや。鏡くんは実際優秀だった。しかも度胸満点・志高く・仕事に妥協しない。キャリア・ウーマンの鑑だったよ」

「課長、褒めすぎですよ」


ああ・・・こういう飲み会とかして昔話したりとか・・・・


「課長〜。僕ほんとは音楽業界に行きたかったんですよ〜」


こんな風に愚痴ってみたり。

ごく普通のサラリーマン生活を送れたらどんなにいいか。


仕事が終わったら真っ直ぐマノアハウスに帰って、にっち・せっち・僕の3人で談笑しながら夕飯を食べてさ。


にっちが20歳になったら週に何度かは一緒にビールでも飲んでさ。

それで、こんな風に枝豆を・・・


「キヨロウ! ダメっ!」


鏡さんに怒鳴られ、鞘からつるん、と滑り出た豆を、ぼとん、とテーブルの上に落とした。

鏡さんがその一粒を箸で器用につまみ上げる。


「ねえ、アナタ」

「はーい、ただ今!」


僕らのテーブルを担当してくれてるお兄ちゃんが小走りでテーブルまで来た。

鏡さんが箸に挟まれた枝豆を突き出す。


「これ、食べてみてちょうだい」

「え? いや・・・でもそれはお客さんの」

「食べれないの?」

「すんません、お客さん。ウチはお客さんからのパワハラ行為は警察に通報する方針なんですよ」

「通報すれば?」


そう言いながら鏡さんは箸を置き、枝豆の盛られたボウルから3つ、鞘を指でつまむ。


「そうよね。落ちた枝豆を食べさせようなんて確かにパワハラだったわね。これならいいでしょう?」


もう一度彼の前に突き出す。

お兄ちゃんの左目尻が小刻みに痙攣し出した。突然、厨房の方を振り返る。


「店長! 店長っ!」


タオルで手を拭きながら作務衣にエプロンの女性が現れた。


「事務所へどうぞ」


居酒屋さんが入っている雑居ビルの、店舗のその上の二階が事務所だった。

入った途端にあ、ダメだ、と思った。


服装はコワモテのサラリーマンて感じだけれども、目つきがカタギじゃない。間違いなく反社の皆さんだ。


一番偉そうな男が大きな机に座ったまま鏡さんを睨め上げて喋る。


「お客さん、困るなあ、店で暴れてもらっちゃ」


ピュン!


鏡さんが鞘をきゅっとつまむと枝豆が一粒発射された。

まるで弾丸のように。


男の口にシュッ、と飛び込む。


「ぐ・げえええっ!」


同時に男が腹を抑えてうずくまり、激しく嘔吐を始めた。


ガタガタガタ、っと残りの3人の男たちが机や椅子をこちらに蹴り飛ばしながらスーツの内ポケットから拳銃を抜き出す。


ピュピュピュンッ!


彼らが次の動作に入るワンテンポ前に鏡さんが枝豆を連射した。

見事に彼らの口に吸い込まれる。


「ご・ごぼおおおっ!」


全員床に転がりのたうち回りながら吐いている。

がドアの方へ駆け出したのを、課長が、ダン、とソファーで出口を塞いで制止した。


「鏡くん、私がやろうか」

「課長が出るまでもないですよ」


そう言って鏡さんは女性店長に問いかけた。


「あなたがヘッドね? 一度しか訊かないわよ ①いつ、②どこで、③誰が、④何を、⑤どうした? 毒入り枝豆をわたしたちに食べさせようとしたことの4W1Hよ」

「・・・知るかっ!」

「・・・なら、死んで」


鏡さんは彼女の口を片手で掴んで開かせ、枝豆を一粒、鞘から口腔に撃ち込む準備をした。


「う・・・う・・・と、東北の御坊の・・・」

「4W1H !」

「あ、あ、あ・・・①ついさっき、②東北のファミリー本部で、③東北の御坊が、④アンタらを、⑤毒殺しろって!」

「追加よ。Why は?」

「アンタらの2千億を奪うためだ!」


鏡さんが手を離すと彼女は再び逃げ出そうとした。

鏡さんが怒鳴りつける。


「責任者が逃げるなっ! 部下どもの解毒してやらんかあっ!」

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