リアルに地獄の沙汰

地獄の沙汰もカネ次第。


それを今、実感してる。


「・・・『質屋』?」


課長のポルシェで裏道と狭い路地を走ってたどり着いたのはスーパーマーケットの駐車場の隅っこにあるコンパクトなコンクリート造りの二階建てだった。

四角い看板にシンプルに、『質』とだけ書かれている。


「あ、キヨロウ、あれ見て」


せっちが指差した二階の窓に鉄格子がはまっていた。

嫌だな。こんな異様な所。


「あれはな、蔵だよ」


くらって・・・極めて日本的なホラーでは土蔵に隔離された精神の病を持つ美少女が閉じ込められる座敷牢みたいなイメージだけど・・・


「なに考えてるのか知らんが、質屋はね。質入れされた品物をきちんと保管する義務があるから蔵を備え付けなきゃいけないんだよ。鉄格子をはめるのも法律上そういう構造にしなきゃいけないからなんだ」


なるほど。


課長がコンクリートの家に似合わない古風な引き戸をガラガラと開ける。


「こんばんはー! 課長だけどー!」


せっちが僕に囁いた。


「ねえねえ、キヨロウ。課長の名前ってなんて言うの?」

「え・・・あれ? そう言えば知らない。入社した時から『課長』だった」

「ふーん。ヘンな会社」


廊下をキシキシ鳴らしながら、人影が玄関に出てきた。


4頭身ぐらいしかないんじゃ?


それぐらいに身体が縮んでしまった、老齢のおばあちゃんだった。


「おー、よう来たのー。まあ、上がりなされやー」


言われるままにぞろぞろと4人で上がり込み、廊下を歩いてすぐ脇の畳の間に通された。


仏間兼事務所のようだ。


畳の上に直にスチール机が置かれている。その上に煤けたビジネスフォンとボロボロになった、『閻魔帳』とでも呼べそうな、多分顧客リスト。


視線を上に上げると神棚に榊が二本。

それから、大黒さんの置物と招き猫。


線香の匂いに気づくと仏壇にローソクの炎の形をした電気のお灯明があり、きんつばが供えられていた。


そのきんつばをばあちゃんが無造作に掴み、応接用の低いテーブルにぽん、と置く。

電気を使わないポットから急須に湯を注ぎ、これまた色あせた茶っ葉をぶち込んでくるくると回す。


「粗茶だがのー。きんつばは美味いぞ」


なんだか妙に懐かしい気分になってきた。

という言葉は決して適切ではないけれども、「あー、やってられんわー!」と言ってバタンとベッドに飛び込む時のようなくつろいだ気分にはなった。


課長がきんつばをもぐもぐしながらばあちゃんに言った。


「ばあちゃん、金を貸して欲しいんだが」

「ほう。幾らじゃ?」

「2千億」


えっ!?


「やや大きい金額じゃな。いつまでじゃ?」

「明後日まで」

「ふうん。ちょっと待ってな」


ばあちゃんがスチール机に腰掛け、閻魔帳をペラペラとめくり始めた。老眼鏡をかけた顔をくっつきそうなぐらいに近づけ、ピ・ピ・ピ、と数字をプッシュする。

間を置いて受話器の向こうの相手と会話を始める。


「Hello, ba-chan speaking. Cause we have almost no time, I just have to tell you about business matter...」


え、英語!?

この質屋のばあちゃんが!?


僕とせっちは顔を見合わせる。


「・・・うん・・・うん、うん」


一体、どこの誰と話してるんだ?


「・・・このたわけがっ!! Hey you! Just obey my order!!」


そう怒鳴って電話を叩き切った。


「課長。取り敢えず500億確保した。もうちょっと待っとくれ」


課長は返事の代わりに棒茶をずず、っと啜った。


「課長・・・このばあちゃんって・・・」

「ただの質屋さ」


その後ばあちゃんは数人に電話した。

多分中国語でも喋り、それから大阪弁でも・・・

どの相手にもどの言語でも、


「ワシの言うことが聞けんのかっ!!」


と怒鳴って電話を叩き切った。


それが商談成立の合図らしい。


「さあ、2千億揃ったぞい。カネの使い途は?」

「コヨテを買う」


あ!


「なるほどのう。お前さんらの茶番はテレビで観とった。そりゃあ面白そうじゃのう。で、何を質入れするんじゃ?」

「キヨロウ」

「?」

「?」

「・・・・・・!?」


ばあちゃんが僕をジロッと睨む。

なんなんだ。どういうことなんだ。


「ふむ・・・このあんちゃんか」

「文字通り、人質、ってやつだ」


課長がまたもや意味不明な事を言っている。


「あの・・・人質って、それって・・・」

「あんちゃん、課長に偉く高く買われとるんだの。あんちゃんはこの先働いて2千億稼げるんか? そうでないとお前さんがしてもワシにはなんの得もないんじゃが」

「え? え? そんな、一生 かかったって2千億なんて無理ですよっ! 大体ステイショナリー・ファイターの給料だってそんな高くないのに!」

「キヨロウ」

「な、なんですか、鏡さん?」

「あなたは出世するわよ」

「え?」

「だから、おとなしく人質になって。2千億のために」


これって、人身売買じゃないのか?


いや、人身貸借か・・・


「利息はこれでどうじゃ?」


ばあちゃんが電卓を打って課長に見せる。


「高い。これぐらいだろう」

「渋いのう、課長」

「まけないと、をバラす」

「かなわんのう、課長には」


なんだかよく分からない内に僕はとなり、僕を担保として2千億円を借りることができた。

もし返せなかったら質草である僕は

いや、僕を流したところで2千億円を回収することなどできないと常識で考えたら分かることだろう。


ばあちゃんの奴隷にでもされるのかな。


「ああ、それから」


ばあちゃんが道具入れらしい木箱をゴソゴソする。


「オマケじゃ。持って行きなされ」


鉄の輪っかがジャラッと音を立てる。

知恵の輪? メリケンサック?


「ここ一番で役に立つじゃろ」

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