寂れた街には武器がある

 声を聞いた途端、メリッサは自分の首がげるのではないかと思わせるほどの勢いで後ろへ振り向いた、そのまま可憐な花が咲き誇るような可愛らしい笑みを浮かべると、菓子で埋め尽くされているスペースをなかば無理矢理に奥へ押し込み、空いたスペースに座った人物の名前を口にした。


「ゴーチェにい!久しぶりーっ!来てくれたの!?」


「まぁね~、ちょっと迷子になりかかったけど辿り着けて良かったよ~」


 サラサラの黒髪に、同色の涼しげな眼のベビーフェイス、西区在住のゴーチェ。この青年、Xエリアではメリッサに並ぶほどの実力を持っていると称される情報屋で、学園都市の北部を牛耳る闇組織とも深い繋がりを持っている。学園都市北部は、つい数週間前まで、新参者たちが手に入れようと四苦八苦していた場所だ。今回はその情報提供と久しぶりの再会のため、北部の暗黒街から得た情報と菓子を手土産にやって来たのだ。ゴーチェはメリッサの頭を撫でながら菓子を部屋の隅に置き、持参のラップトップを開いて立ち上げる。その様子を見て、瞬く間に機嫌を良くしたメリッサは、ようやく落ち着いた様子で飴玉を小さな口に放り込んで再び作業に戻った。この街に住む地下エリアの住人は総じて若いが、男性陣のトップであるフェルディナンよりは歳を重ねている者が多く、ゴーチェは26歳、7歳のメリッサからすれば殆ど父親のような存在になっていて、超長距離からの凄腕スナイパーでもある。


「あっ、そうそう。北部の【T&S】からの情報なんだけど、新参者はまずシザリアスの南部から入ったみたいでね〜。でもあの辺て魔物も多いし、曲者くせもの揃いじゃない?で、南部・西部・北部にまで手を拡げたみたいなんだけど、まぁ返り討ちだよね。で、最後にココってワケらしいよ~」


 2人並んで映像を解析しながら会話をしつつ、一瞬も画面から視線を外さず柔らかい雰囲気で時間が過ぎてゆく。しかし、メリッサは少々不満げな顔をしていた。


「ぶうぅー…何それぇ、メリッサたち舐められてるぅー、もー」


「まぁまぁ、そのうち奴等にも分かるよ〜。礼儀のないコに居場所はないってさ」


 という事らしい、ゴーチェは苦笑を浮かべて優しくなだめていた、それと同時に持ち帰った情報をメリッサへ提供するためにポソポソと話し始める。新参者たちは、初めシザリアスの南部を落とそうとしていたのだが、余りにも人外じみた者が多すぎて早々にくじけた。そしてココ東部ではなく西部に入ろうとしたが、これもまた場所が悪かったのだ、数年後に分かることだが、そこは都市伝説として語られ続けている人喰いの魔女あらため【黄昏の魔女】の棲み家だったから、様子を見に行った者は全員が首だけの状態になって帰ってきた。それでも諦めなかった新参者たちの根性は見上げたものだが、大勢の味方が死ぬより前に挨拶一つで済んだという事実に気づく者はいなかった。そこから次に彼等の狙いは暗黒街の闇組織が密集している北部へ移ったのだが、例によって返り討ちにあった、そうした経緯を経てまだ諦めなかった彼等は、対人間同士での戦いの場で決して敵に回してはならないこの東部へとやって来たのだ。彼等からすれば今までの流れ上で当然の行動なのだが、勿論この場所もただ寂れているだけの場所ではない。


 新参者たちも流石にこれまでの悲惨な経験から学んだのか、遠くから様子をうかがう作戦に出た。以前見かけた大怪我を負った子ども達が向かった先だ、彼等はまたしても敵をあなどっていた。確かに東部は寂れている、地上には年寄りと子どもぐらいしか居ないように見える。昔栄えた繁華街という以上に見た目はわびしさを感じさせ、敵がそこかしこに潜んでいる事など微塵も感じさせない、地下に拡がる大要塞があるなど寸分も思わせない。それが、この街の怖さだ。小さなチップを受け取りながら話を聞き終わったメリッサは溜息をついた、この情報は街全体に提示するからだ。今回の縄張り戦争で、まだ戦えない家族を失った者達が、余りにも未熟な新参者たちの所業しょぎょうに対して怒りの感情をたぎらせるだろうと。そしてその筆頭に就くのが、間違いなく彼等に実の妹を殺された【業火の死神】こと爆弾魔メアだからである。

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