無知ゆえの

 Xエリア内部で戦争に向けた準備がなされていく中、彼女等の怒りを買った新参者たちは無邪気なものだった。近ごろ見回り担当になった者などは、昼間にXエリアを囲う鉄格子の外から見て来たことを事細かに、そして馬鹿にした様子で会話を始めた。


「で?今日はどうだったんだ、やっぱり落とせそうだったか?」


「なんであんな場所が丸々手つかずなのか、不思議なくらいでしたよ。居たのは…そッスね、年寄りと子どもぐらいで…鉄格子なんか何の意味があるのかもサッパリだったし、危ないのは廃屋と廃ビルぐらいの印象っした。他はダメでもあそこは楽勝じゃないですかね」


「…廃ビル廃屋が多いってことは、鉄格子は崩れたら危ねぇから立入禁止ってことかもな」


「ですね」


 ごく一部の者は、いくら何でもそれだけで他の地域が繁華街であっただろう場所を放っているのはオカシイのではないかと、内心不気味に感じてはいたが、上手い具合に勘違いをしている彼等を視界に入れてニタリと嗤う男がいる事には気づいていなかった。Xエリアに棲みつく者は元来女が多かったし、産まれる子どもも何故か女が多い女系のエリアとなっていた。しかし、だからと言って男が居ないワケではない。Xエリアに住まう数少ない男達も、それぞれに得意分野を見出して訓練を重ね、立派な犯罪者となって今回の縄張り戦争に参加している。黒いスーツを身にまとい、黒いネクタイを締めている黒髪の彼は、Xエリア地下北区に拠点を置いているシリアルキラーのフェルディナン、まだ17歳の少年だが変装技術にけておりリューヴォのことを小さな頃から崇拝し溺愛もしている、リアナの右腕のような存在だ。普段は、ひたすらリューヴォの金魚のフン行為に没頭し、それを阻害する人間を情け容赦一切なく殺している殺人鬼である。


(思い込みって…怖いねぇ、あー怖い怖い)


 他の男達とは完全に真逆の意味でニタニタしながら彼が今何をしているかというと、単純に盗み聞きだ、優秀な情報屋メリッサのコンピュータへ、この情報を届けているのだ。フェルディナンに課された仕事は他にも幾つかあった、この新参者達がドコからやって来たのか、どれ程の規模の組織なのか、どこにボスが居るのか。この組織は男ばかりであるという情報は既に知れ渡っている、ならばと鉄格子を遠くから見張る形をとっている新参者達の中に男のスパイを送り込み、初めから取り付けておいた盗聴器とはまた別に、こうして一団一団から情報を掻き集めているのだ。情報が連結されれば、自然と新参の幹部グループへと伝わり、ボスへと繋がっていくだろう。


 新参者達にとって唯一可哀想だと言えることは、この学園都市シザリアスの区域配置と周囲を囲む暗黒街の存在だ、図式としては外側へ行くほど暗黒街との繋がりが濃く強くなっている、都心の方が遥かに安全だと言える。が、まだ彼等はソレを知らない、まさか自分たちが学園都市の片隅かたすみで殺人鬼の棲み家へ乗り込もうとしている等とは。治安が悪いどころの話ではない、命のやり取りを生業とする者が多いのだ、人間相手ならば強敵中の強敵であることに間違いない。新参者達がようやくXエリアの実態調査に取り掛かろうとしていた頃、それぞれの一団に潜入しているスパイ達もそれとなく集まりボソボソと非常に小さな声で、メリッサからの情報も合わせて現状の報告をしていた。


 次の日の朝、幸運にもフェルディナンが属する一団がまたXエリアへの見回りを任された。メリッサのコンピュータに次々と送られてくる映像の中に、フェルディナンの伊達メガネに仕込んでいた小型カメラが捉えた映像が送られてきた。一団の男達の顔や体格等の解析も捗る、メリッサの方は沢山のコンピュータに囲まれて大忙しだ、そこへノックの音が数回した。情報の分析や菓子も食べられないこの状況に少々気が立っていたメリッサ、後ろを確認せずに乱暴な返事をした。


「メリッサいま忙しいの!あとにしてっ」


「おやおや、忙しいだろうと思って手伝いにきたんだけどなー」


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