第29話 深夜の剥ぎ魔

「むぅ……」

 手に固い紙の違和感を覚えたまま、目を覚ます。

 電気が消えていて何が何だか分からない。


「あっ」

 眠る前、同じ部屋の五人でパーティカードゲームやスマホのアプリで人狼をしていた。


 手元には数字の分からないカードがある。

 皆も同じような感じで寝ていたり、寝相が酷い人もいる……

 夏々ちゃんが手と足を伸ばして、瑠璃ちゃんと恵美ちゃんの睡眠を邪魔している。


(喉乾いた……)

 水が飲みたくて立ち上がり、布団から離れようとする。


 がしっ……

 何かが足にしがみついてきた。

 足元を見る。

 見た目は瑠璃ちゃんか璃晦ちゃんか分からない。

(でもこんなことをするのは……)


 かがんで足元を見る。

「ふぁあ……」

 やっぱり瑠璃ちゃんだった。


 足をどうにか引き抜こうとするも、意外と力が強くて引き抜けない。

「ガチじゃん……!」


 しがみつく彼女の両手を、手で解こうとするも中々離れない。

「くっ……! はぁはぁ……」


(どうやったら離れるかな……)

 寝起きの頭で考えても、どうすればいいのか分からない。

 こんなに彼女の力が強かった……というより私の抜け出す力が弱いのかもしれない。


「こうなったら……」

 私は彼女の鼻を摘む。すやすや眠る彼女は次第に腕の力を暴れる方へと変えていく。

 腕をドタバタする彼女のおかげで私はその場を離れることが出来た。


「よし……」

 そして私はダッシュで部屋を出て、宿の廊下のトイレへと駆け込む。

 廊下の電気は消えていたが、怖いとか考える暇もなかった。


 高級程じゃないがそこそこ良い宿な為、トイレは洋式でとても綺麗だった。

 入ると自動で電気が点く。

 私は急いで個室に駆け込み、便器に座りながら浴衣の裾を捲りあげる。

 座った彼女はパンツをずり下げて、安心感に胸を撫で下ろす。


「はあぁぁ~~」

『ビッジャーーーーー! じょろろろろ……』

(うわすっごい音……)

 誰にも聞かれていないかなと再び警戒する。

 だが私がする以外の物音はしない。

「はぁ~危なかった……」


 宿泊施設でここまで焦ることになるとは思ってなかった……


 そろそろいいかなと思い、トイレットペーパーを巻き取って拭き取ると、そのまま便器の中に落とす。

(戻ろっ……)

 立ち上がると、無理してずり上げていた浴衣の裾が、ミニスカートの丈位までずり下がる。


「あっ、汚れてないよね?」

 私はお尻付近の浴衣を触って汚れていないか確認する。でも問題ないみたいだった。

「よし……」


 ずり下がったままのパンツを、手で掴みずり上げようとした時……

 トイレの電気が消える。

「えっ」

 トイレは密閉空間で窓も無かったから真っ暗。入り口も光が入りにくいようにねじ曲がった構造になっていた。


「真っ暗じゃん……不具合かな?」

 気にせずパンツを持ち上げようとした。

 だが、パンツが何かに引っ掛かっていて引っ張れない。

「ちょっ……」


 私はうまくパンツを掴めないままバランスを崩してドアにもたれ掛かる。

「あっ!」


 勿論鍵など閉める余裕もなかった。

 そのままパンツに両足を取られたままドアを開きながら倒れてしまう。


「もーなんでよぉ……」

 自分のツいてなさにがっかりしながら、何とか体勢を立て直して足首を触る。


「あれ?」

 手で足を触るもスリッパも無ければパンツも無い。


「どこ……?」

 裸足で地面に膝を突き、不機嫌になりながら手探りで探す。


「あっ!」

 片方のスリッパを見つけ、その近くにもう片方を発見する。

「よしよしあった。あとは一番大事なやつが……」

 無い。


 近場を手探りで探しても見つからない。

「しょーがないなぁ……」

 見つからないし汚いし、一度電気を点けようと立ち上がる。


 だが、何も見えない。真っ暗だ。くるくると周囲を見渡して、光を探すも……

「そうだ……廊下真っ暗だった。もースマホ持って来ればよかったぁ……」

 私はトイレの壁を探し、手を添えて壁伝いに出口を探す。


『ごつん!』

 頭を壁にぶつける。

「もー!壁伝ってるのに構造複雑すぎない?」

 私は段々とイライラしてきた。今度はぶつかった壁を伝い細い道に入る。

(あっ……出口だ)


 それは出口に繋がっていて、外に出ると月明かりが差し込んで周囲が見えやすくなる。

 やっと電気を点けられると思ったが……


「あっ、そういや自動じゃなかったっけ……」

 そんなことを思いながら入り口付近の壁を探る。


「あれ? 無い?」

 少し暗くて分かりづらいが、入り口にそれらしきスイッチは見つからない。


「すぅ~はぁ……」

 私は大きな溜め息を吐く。

 だとしたらスイッチはトイレに入った壁のどこかにあると思うのが正しい。


「どうしよ……スマホ取ってこよっかな……」

 スマートフォンを取ってくればライト機能でスイッチを探すかパンツを探すことができる。


 悩んでいると人影が廊下に見える。

「あっ! あのすみません……! トイレの電気消えちゃってスイッチ分からなくて……スマホとかあったら照らしてもらえたりします?」


 事が事なので恐る恐るその人物に訪ねるも返答がない。

(あれ? なんか悪いこと言ったかな? しかも顔があんま見えない……)

「あ、あのぅ……」

 まさかそんなことがある訳がない。そんな疑いを胸のどこかに隠しつつ近付いてみる。


 何も無かった。覗きこんだ顔に何もない。

 心臓の鼓動がどんどん早くなる。

「し、しし失礼しましたぁ~……」

 恐怖の中、後退りをしながら距離を置く。

 だが、その人物はゆっくりと無言で近付いてくる。


(やばいやばいやばいやばい!!)

 踵を返して駆け出すもがしっと腰の何かを掴まれる。


「ちょっ! やめっ!」

 その力を振り払うも中々解けない。

 暴れて何とか逃げ出そうとするが、中々逃げ出せない。


「ひぃっ……いやっ!」

 手らしき何かがゆっくりと背筋をなぞる。

 全力で振り払うとその場にこける。

『ドンッ!』

「いたっ!」


 どうやら振り払うことが出来たようだ。

 後ろを振り返ると……誰もいない。

「何よ全く……」

 不快感を感じながら、体に違和感を感じる。随分浴衣が緩い。


 腰部分を触ると……

「ちょっと……帯無いんだけど……! もう! 何なのよ!」

 怒りながら立ち上がり、周囲を見渡すも誰もいない。


(こんな格好で……私、変態みたいじゃない……)

 半ば落ち込んだ気持ちを持ちつつ、周囲の床を見回す。


「はぁ……今度は帯無いんだけどぉ……」

 誰もいないことで安心しきっていた私は、とりあえず部屋に戻ろうと考えた。

 部屋の方角へと向き直ると……また大きな背の女性らしき人物が見えた。


「何よ……!」

 うっすらとその人物に見当が付いていたため、問い詰めるも……

 今度は私の浴衣を掴んで引っ張ってくる。


「ちょっ! やめてよ! こんなことするのあんたしかいないし! 分かってるからね!」

 だが、普段の文乃とは比べ物にならないほど力が強い。

(あれ? 強くない?)

 文乃は運動してる訳でもないため、そこまで力は強くないはず。


 呆気なく浴衣をひっぺがされてしまう。

「ええっ……!?」

(じゃあ誰なの? お兄ちゃん? でも髪長いし……)

 体を隠しながらそちらの方を向くも……誰もいない。


「えっ……? てかいつの間にかブラ無いし……」

 一糸纏わぬ姿のまま、どうしたらいいのかも分からず、その場に座り続ける。

「ゆ、夢……?」

 明晰夢かと思い、片手で頬をつねってみるも痛いだけ。


(と、とりあえず急いで部屋に……!)

 私は急いで部屋に戻って、予備の服とスマートフォンを持ってこようと考える。


 部屋までダッシュで走る。途中で何度か体を触られる。

「ひゃっ!  ほんと何なのよもう……」

 恐ろしさというより、自分の体を狙われる恐怖に抗いながら部屋のドアを開けて中に入る。

 そして鍵をしっかりと閉める。


 部屋の端の自分のバッグを漁るも……

「な、何これ……」

 大人のおもちゃや避妊具の新しい箱が入っている。

『ドサッ……』

(あっ、出てきちゃった)

 とりあえず適当にかき集めてバッグに戻す。


「ってこれ文乃のバッグだし……部屋間違えた」

「しーっ! バレたらどう――ああっ……」

 布団の方から嫌な声が聞こえる。

「大丈夫だよ……潜ってるしバレ、ないって……!」

 私は急いで部屋を出た。


 その後のことはうっすらとしか覚えていない。


 部屋に戻って適当な服を着た後、トイレの前で浴衣と帯を発見した。

 そしてまたトイレの電気は自動で点き、パンツも無事に見つけた。

 無事に部屋まで戻り、適当な服のまま布団に潜り……眠ってしまった。



 翌朝……

 体に違和感を感じて目を覚ます。素肌の感覚で誰かが抱き着いている。


「んっ……なにぃ?」

 半分布団の中だけど、差し込む朝日で誰だか分かった。

 裸の兄と文乃だった……

「ひぃっ……!」


 急いで布団から抜け出そうとするも二人ががっしり掴んで離さない。


(何なのよもう……!)

 だが二人は熟睡していて起きる気配もない。

 寝る前のことをうっすらと思い出す……

(私、二回も部屋間違えたってこと……?)


 昨日の剥ぎお化けは何だったのかは分からない。

 ただ下腹部に違和感を感じる。

「なにこれっ……何か入ってるんだけど」

 恐る恐る取り出してみるとそれは……

 白い何かが入った避妊具だった。


「ひっ! いやっ!!」

 私は部屋の隅に投げ飛ばし、無理矢理二人の拘束を解いて布団から抜け出す。

 体育座りのまま顔を手で覆い隠す。


「あり得ない……」

 投げ飛ばした避妊具を見てみると……血は付着していない。

(どっちなのこれ……)

 文乃がふざけて使用済みの物を入れたか、何回も……


 怖くなって体育座りのまま手探りで確認してみる。

(あれ……? ある……)

 ホッと胸を撫で下ろす。文乃と止めなかった兄を怒る権利はあるが、兄が私の兄で良かったと思う瞬間だった。


 放置された適当なワイシャツを拾う。

「私こんな姿で寝に来たの……? そりゃ文乃も勘違いするわよね……」


「戻ろ……」

 私は取り返した浴衣等を着て、ワイシャツ片手に部屋へ戻った……

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