第3話 秘密

 それから10数年の月日が流れた。

 13歳になった姫は、花のかんばせに豊かな学才、そして他者を深く思いやる心をもち、たくさんの人々から愛を贈られる少女へと成長していた。


 ある日のこと、姫は王と王妃がいる部屋に向かっていた。手には花瓶を持ち、中には3輪の薔薇ばらが飾られている。

 1輪は満開の薔薇、2輪はまだ蕾の薔薇。


 咲いた薔薇の美しさを楽しみながら、残りの2輪が少しずつ花弁を開いてゆく様子を眺めるのは、とても素敵なことだろう。

 そんな想いで、姫は両親の元に花瓶を運んでいた。


 彼女が2人のいる部屋に近付いたとき、扉ごしに王の声が聞こえた。


「本当にあの子は立派に育った」


 わたくしのことだわ!そう思い姫は立ち止まって息をひそめた。

 彼らが何を話しているのか盗み聞きたいという、好奇心とイタズラ心が湧き上がったのだ。


「はい。これなら邪悪な呪いに屈することなどありえないでしょう」


 呪い?王妃の言葉に姫は耳を疑った。

『呪い』、存在自体は知っている。魔法の授業で習ったからだ。

 しかし優しさに囲まれて育った彼女にとって、それはお伽話の中にだけ存在しているものだった。

 何かの聞き間違いに違いない。そう思った姫は、部屋の扉をノックした。


「お父様、お母様、わたくしです。入りますわよ」


 そう言って扉を開けた先には、大きく目を見開き、口をあんぐりと開け、青ざめた顔で姫を見ている王と王妃がいた。

 それは彼女にとって、今までに見たことがない父と母の姿であった。


 ああ、きっとあれは聞き間違いではなかったのだ。そう姫は直感した。

 王が目を泳がせながら口を開いた。


「ああ、薔薇を持ってきてくれたのか。ありがとう。

 ところで、いったいいつから……」


「ごめんなさい。少し前から部屋の近くで話を聞いていましたの。

 呪いとはどういうことでしょう?」


 その言葉で王と王妃はさらにうろたえた。

 しかしやがて、王妃の表情が温かい日差しのような優しい微笑みへと変わっていき、そして王の手を握りながらこう言った。


「あなた、もう全て話してしまいましょう。何も心配することはありません。

 だってこの子はこんなにも立派に育ったんですもの。

 呪いになんてかかるはずがありませんわ」


 そう諭され、王の表情も穏やかなものへと変わっていった。

 そして2人は13年前に起こったことを全て姫に話したのだった。

 それは彼女にとってとても信じがたく恐ろしい話で、震える手からは逃げるようにして花瓶が滑り落ちていった。


 それからしばらくの間、姫は震える毎日を過ごしていた。

 しかし王や王妃、そして呪いのことを知っている従者たちが皆、口を揃えてこう言うのだ。


「姫のような方が、そのような理不尽な目にあうはずがありません」


 確かに、産まれたばかりの身で、知りもしない人間から呪いをかけられた。それが自分の人生を滅茶苦茶にしようとしている。

 そんなわけのわからないことがあるだろうか?

 少なくともわたくしはそんな人生を知らないし、有っていいはずがない。

 姫自身も自分にそう言い聞かせるようになり、やがて彼女も、呪いのことを考えなくなっていった。

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眠りにつくにはまだ 彩藤 なゝは @blackba7

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