第15話「偽チャンプの正体」

 古き神々の居城は今、あるじが不在のままそびえ立っている。

 その中からは、絶え間なく龍走騎ドラグーン咆哮ほうこうがかすかに響いていた。

 王国のはずれにある、魔王軍との戦争には全く関係のないダンジョン……神代ノ巨人城カミヨノキョジンジョウは今、龍操者ドラグランナーの楽園と化していた。同時に、一つのギルドが一方的に専有する、地獄のようなアウェーのコースでもある。

 イオタは巨大過ぎる城門の前で、愛車のCR-Zを止めて降りた。

 周囲には、沢山の龍走騎ドラグーン龍操者ドラグランナーらしき男達が集まっている。


「あの、すみません……


 いきなりの直球、一気に核心をく言葉でイオタは踏み込む。

 周囲の男達は、誰もが目元を険しくして振り返った。露骨に恐怖をあおるような殺気に、イオタは表面上だけは平静を取り繕う。

 高圧的な態度を前にしても、取り乱してはいけない。

 喧嘩けんかをしにきたわけでもないし、正義を振りかざすつもりもない。

 ただ、まずはバトルしたいのだ。

 そして、立証したい……龍走騎ドラグーンが怖いとトラウマを植え付けられたリトナが、イオタの運転だけは好きだと言ってくれた。そのリトナに、ことの元凶の終焉を見せる必要があるのだ。

 リトナの心の傷は消えないかも知れない。

 でも、彼女に寄り添うためにも、イオタはバトルをする必要があった。


「あァ!? 手前てめぇ、なに言ってんだあ? ここが七聖輪セブンスの筆頭格、チャンプの取り仕切るダンジョンだと知ってんのか?」

「偽物だあ? おうコラ、寝言は寝て言えよ? それともなんだ、寝るか? 永眠しちゃうか?」

「どこのガキだか知らねえが、天下のチャンプが率いるギルド、我らがスカイライナーズに喧嘩売ったんだ……ただで帰れると思うなよ?」


 ――スカイライナーズ。

 それがここ、神代ノ巨人城を不法に専有する男達のギルドだ。そして、その頭目は七聖輪セブンスのチャンプだという。

 だが、それはもう嘘だとわかっている。

 正体不明の一匹狼、決して名乗らず顔も見せないチャンプ……そんな孤高の龍操者ドラグランナーだからこそ、名をかたってもバレる心配はない。なにせ、誰もチャンプの素顔を知らないのだ。

 それでも、誰もが誇れる最強の龍操者ドラグランナーは、卑怯で非道な人間じゃない。

 そして、そんな彼の名をおとしめる行為は、イオタにだって許容できなかった。

 その時、背後でりんとした少女の声が響いた。


「いいから、ほら! 偽チャンプを出せって言ってるの。それともなに? 実際は似てないから、見せられない? 同じ七聖輪セブンスの私が見れば、わかっちゃうかもしれないから?」


 振り向くとそこには、相変わらず白い肌もあらわな薄着のカレラが立っていた。周囲の売店から買ったであろう、湯気をくゆらす饅頭まんじゅうの紙袋を片手に抱えている。あの小さくて細い身体の、どこにそんな大量の饅頭が入るのだろうか。

 だが、彼女は言葉を切る都度饅頭を頬張りながら、言葉を続けた。


「いいからこの子をチャンプに会わせなさい? アンタ達じゃ話にならないわ」


 カレラの手に、バチバチと青い稲妻いなずまがスパークする。

 彼女は龍操者ドラグランナーとしても一流だが、魔法使いとしてもやはり一流である。ハイエルフの血筋に生まれ、高い魔力を努力でさらに洗練させてきたのだ。

 彼女のあどけない童顔に、鋭いナイフのような眼光がともる。

 流石さすがの男達もどよめき、気圧けおされわずかに後ずさった。

 イオタは隣に立つカレラへと、わずかに声をひそめる。


「カレラさん、強硬手段はまだいいです……自重してくださいよ」

「単なるおどしよ、脅し。連中、まともな龍操者ドラグランナーじゃないんだから」

「それでもです、カレラさん。まともじゃない連中のために、カレラさんまでまともじゃなくなる必要はないですから」

「……言うわね、フン。ま、いいわ。キミの言う通りだし」


 少し照れたように、カレラは魔法の術式処理をやめた。そのほおわずかに赤いが、彼女はイオタの視線を避けるように背を向け、饅頭をハフハフと食べ始める。

 ギルド名をスカイライナーズと名乗った連中は、いよいよ気色けしきばんで詰め寄ってくる。中には腰の剣に手をかける者もいて、一触即発のムードにイオタは震えが止まらない。

 白々しい拍手が響いたのは、まさにそんな時だった。


「お前等、いいじゃねえか……俺ぁ勇気ある奴は嫌いじゃないぜ。世間の勇者様より、よっぽど勇気がいることだからな。このオレに逆らうことは」


 誰もが道を譲る中、奥から黒い龍走騎ドラグーンがゆっくり徐行で前へ。

 確かに黒いGT-Rだ。

 その圧倒的な存在感は、偽物とわかっていてもイオタを圧してくる。

 そして、やはり偽物フェイクだ。

 眼の前で唸る龍走騎ドラグーンは、確かにGT-R…だが、R35と呼ばれるタイプだ。見れば、連中のギルドメンバーは全員GT-Rに乗ってるらしい。スカイライナーズ、その名の通り、スカイラインGT-Rだけを集めたワンメイクギルドのようだ。

 そして、R35はスカイラインの名を脱ぎ捨てた、全く新しいGT-Rである。

 そのポテンシャルは、カタログスペックを思い出すだけでも身震いものだ。

 イオタがゴクリと緊張にのどを鳴らしていると、黒いR35GT-Rのボンネットに影……縁陣エンジンによって宿った幻獣のたぐいが、見るからに悪魔といった姿を現した。


「小僧……ワシを悪魔王サタンと知っての挑戦かぁ? 七聖輪セブンス最強の龍走騎ドラグーン、このRに勝てると思っておるのか」


 しゃがれた声で、腰の曲がった老人のような悪魔だ。しかし、その背には左右に大きな翼が広がっている。

 勿論もちろん、本物のサタンじゃない。

 そして、サタンを自称するこの悪魔の正体を、イオタの相棒が看破する。

 CR-Zの中から浮かび上がったルシファーは、真っ直ぐ自称サタンを見据みすええて言い放った。それはとても静かで、しかし厳とした意思の刃を潜ませていた。


「お久しぶりですね、。私のことを覚えていますか?」

「っ……! な、なな、なっ、なんの話だ? ワシはサタン、そう……お前の、ルシファーの半身たるサタンだ」

「マスター、あの縁陣エンジンはサタンではありません。彼は、メフィストフェレス……かつて私がサタンと同一だった昔、王座の側にいた道化どうけです」

「ちっ、違う! ワシは……ワシはサタン! この男、カイエンの縁陣エンジン、サタンだっ!」


 黒いGT-Rの龍操者は、恰幅のいいバンダナ頭の男だ。背格好は巨漢といっていい逞しさで、舌打ちを零す顔つきは肉食獣のような野性味に溢れている。

 そして、イオタはギラつく眼光を受け止め驚いた。


「あ……俺と同じ、日本人? だよね?」

「ああァ!? それがどうしたよ。今どき珍しくねーだろ、転移させられた奴なんざよ」

貴方あなたも、勇者としてこの時代に?」

「そうだよ! そして断った。なんで見ず知らずの時代にきて、命がけで戦わなきゃいけねえんだよ。……こんな面白おもしれぇ場所で、正義の味方なんかやってらんねえよな!」


 顔つきや、バンダナから覗く黒い髪……間違いない、同じ日本人だ。それも、同じ時代から来た人間である。カイエンと呼ばれた青年もまた、イオタと同じ『勇者としての第二の人生を選ばなかった男』のようである。

 型式の違うGT-R、自称サタンの縁陣エンジン……そして、あっさり姿を顕にした龍操者ドラグランナーカイエン。

 やはり、彼はチャンプの名を騙る偽物で間違いない。

 カイエンが一睨みすると、怯えたようにメフィストフェレスは消えてしまった。

 縁陣エンジン龍操者ドラグランナーの関係性は、人によって違う。

 相棒、仲間と言う者もいれば、魔力供給の道具、下僕げぼくだと思ってる者も多い。

 イオタは慎重に言葉を選びつつ、真っ直ぐカイエンの目を見て問い質した。


何故なぜ、危険な運転を続けるんです? それに、この場所をホームにするなら、最低限のマナーは守るべきじゃ――」

「はぁ? お前……バッ、カじゃねぇの!」

「バカ、ですかね」

「ああ! ……ここは剣と魔法のファンタジーなんだぜ? そう、言うなれば……力こそが、パワー! 弱肉強食の野蛮な世界なんだ。やりたい放題やって、なにが悪い!」


 完全に開き直っている。

 そして、周囲のギルドメンバーから「そうだそうだ!」「俺等の勝手だぜ!」と声があがる。集団に鳴ると声が大きくなる、主張が強くなるタイプの人間ばかり集まっているようだ。

 同じ時代、同じ国から来た人間として、イオタは恥ずかしかった。

 確かにこの時代は、魔王と戦う百年戦争の真っ只中だ。だが、皆が平和を夢見ているし、そのために戦っている勇者や軍隊、騎士団がいる。突然訳もなく召喚されたイオタ達には、選択肢が与えられた。勇者になるかいなか……だが、勇者を選ばなかったからといって、非道が許される理由はどこにもない。


「ふぅん、言うじゃない……悪かったわね、野蛮な時代で」


 鋭くとがった声は、まるで氷の刃。

 振り向けば、フラットな表情を凍らせたカレラが歩み出ていた。その目は、凛々しい眼差まなざしをカイエンに注いでいる。

 決然とした怒りが見て取れた。

 遠い過去、旧世紀からの異邦人であるカイエンに、彼女は侮辱されたのだ。

 自分の住む世界、必死で魔王にあらがっている人達の暮らしが、野蛮だと。

 それは、誇り高いハイエルフのカレラには、許しがたい言葉だったに違いない。

 彼女は舌鋒ぜっぽう鋭く、どんどんカイエンに詰め寄ってゆく。


「その野蛮な時代に来て、野蛮極まる暴走行為を繰り返してるのは誰かしら?」

「ん? お前……ま、まさか本当に七聖輪セブンスの」

「そうよ、私はカレラ。チャンプの顔は見たことないけど、貴方じゃないことだけは確かね。そうでしょ? 偽物さん」

「……へへ、流石さすがは七聖輪の紅一点こういってん。生半可な女じゃねえな、手前ぇ」


 下卑げびた笑みを浮かべたカイエンを、カレラは視線の剃刀かみそりで一刀両断する。

 その上で、イオタに変わって挑戦状を叩き付けた。


「カイエン、だっけ? バトルしてもらうわ。こっちの彼……イオタと」

「はぁ? 俺がか? Rで? ……このCR-Zとか?」

「そうよ。彼は、そう……家族。家族のために、貴方に勝たなきゃいけないの。貴方の走りを、真正面から走りで否定しなきゃ、前に進めない子がいるんだから」


 意外にも、カレラは全てを察してくれていた。

 そのことが純粋に驚きで、同時に何故か少し嬉しい。

 同じスピードの領域を走る者同士、どこか気心置けない親しみを感じてはいた。だが、相手は七聖輪セブンス、この時代で最速の七人の一人なのだ。

 そのカレラは、言葉を失うカイエンをよそに振り返る。


「やるでしょ? イオタ。……私達には法もおきてもない。でも、何一つ決まり事がないからこそ、互いに恥ずかしくない走りをしようって決めてるはず。そうでしょ?」


 イオタは大きくうなずく。

 だが……バトルを了承したカイエンは、とんでもない条件をつけてきた。

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