第16話「スターもキノコもないけれど」

 深夜、薄暗い遺跡の入り口に龍が並ぶ。

 剣と魔法の遠未来に蘇った、究極の発掘品……再醒遺物リヴァイエと呼ばれる旧世紀の残滓ざんし。そのなかでも、もっとも獰猛どうもうで気高い文明の象徴、それが龍走騎ドラグーンだ。

 スタート位置に愛車のCR-Zを停車させ、イオタは緊張に息を飲む。

 隣を見れば、黒いGT-Rの威圧感が肌をひりつかせた。


「……どうしてこんなことに。えっと……い、いいのかな」


 バトルのためにここまで来た。

 あの日見たチャンプの走りを、偽りの名でかたる男は許せない。それ以上に、家族同然のリトナに未来を取り戻したい。危険なスピードの領域を走るからこそ、龍操者ドラグランナーは己自身を厳しく律する。

 それがなければ、ただの暴走行為だ。

 公道という概念すらないこの世界で、イオタは走りにプライドを乗せたかった。


「じゃあ、いいかしら? カウント、始めるわよ?」


 二台の龍走騎ドラグーンの前に、カレラが立つ。

 右手をあげる彼女の、すらりとした姿がライトの光に浮かび上がった。まるで、ステージでスポットライトを浴びる歌姫ディーヴァだ。だが、彼女が奏でるのは縁陣エンジンの爆音……不死鳥の力を駆る、最強クラスの龍操者ドラグランナーなのだ。

 そんな彼女の姿を見れば、自然とイオタは思い出してしまう。

 このバトルを、スカイライナーズのカイエンが引き受けると言った条件を。

 脳裏に、今もカレラの言葉が浮かび上がる。


『条件? あら、なにかしら。ここは貴方あなた達のホームですもの。多少のことなら飲むわよ』


 カレラはいつも、いつでも物怖ものおじしない。

 とてもラジカルで小気味よい少女だ。

 だが、そんな彼女にカイエンは、酷く破廉恥ハレンチ不埒ふらちな条件を提示したのだ。


? ? ……いいわよ、それじゃあ決まりね』


 カイエンは、カレラのからだを要求してきた。

 とんでもない条件で、即座にイオタは口を挟もうとした。龍操者ドラグランナー同士のバトルは、単純に速さを競うものだ。つまり、手段こそが目的であり、それ以外になにももたない。ちまたでは金銭やレアアイテムを賭けたバトルもあるらしいが、イオタは興味がなかった。

 だが、今夜のバトルは突然、カレラの純潔を賭けたバトルになった。

 負けられない理由が、突然一つ追加されてしまったのだ。


「それじゃあ、用意はいいわね! 5! 4! 3! 2……」


 カレラは平然としている。

 イオタが負けることなど、まるで考えていないかのようだ。

 信頼、されている? そう思うなら、それは自惚うぬぼれだ。イオタはまだまだ駆け出しの龍操者ドラグランナーで、これといって実績がある訳でもない。仕事の合間に龍走騎ドラグーンを走らせ、自分がいた時代を懐かしんでいただけの少年なのだ。

 隣を見やれば、GT-Rが微動に震えている。

 R35は、今までのGT-Rを脱ぎ捨てた新しいGT-Rだ。当時の最先端で、新設計のV型エンジンに、より洗練されたアテーサ……これはコンピュータを利用した駆動系の制御システムで、コーナーリング時に自動で前輪のトラクションをコントロールする。アテーサのおかげで、GT-RはFR駆動と4WDの長所を併せ持つスーパーカーなのである。


「1ッ! ゴーッ!」


 カレラが掲げた手を振り下ろした。

 瞬間、イオタの中でスイッチが入る。

 二台の龍は、互いに食い合うようにして大地を蹴った。あっという間にカレラの左右を走り抜け、遺跡へと突入する。

 その名は、神代ノ巨人城カミヨノキョジンジョウ

 かつてこの世界に存在した、巨人族の城だ。

 全てが巨人サイズというダンジョンを、龍走騎ドラグーンが疾走する。

 当然だが、スタートダッシュで軽いCR-Zが頭一つ飛び抜けた。そのままイオタは、先程のフリー走行を思い出しながらハンドルを握る。


「確か、前半はエントランスを抜けて奥へ……高速コーナーが連続するから、スピードが乗る。けど……妙だ」


 イオタが先行する形で、城門を抜けて広大なスペースに飛び出す。

 まるで屋外のような開放感で、高い天井には明かりが灯っていた。この城にはまだ、巨人族が暮らしていた頃の魔法が生きている。神代ノ巨人城は、あるじを失ったあとも生きているのだ。

 真昼のような明るさの中、自由なライン取りでイオタが走る。

 意外にも、背後でカイエンのGT-Rは様子見の構えだ。

 GT-Rのパワーなら、最初こそ車重の差が出るが、すぐに前に出られるはずだった。だが、そうしないのは相手に作戦があるからだろう。


「とにかく、勝たなきゃカレラさんが……もうっ、なんでそういう約束しちゃうんですよぉ!」


 独り言を呟きつつ、イオタはハンドルを切る。

 絶妙なアクセルワークで、小さな荷重移動をフロントに加えてのコーナーリング。右に左にと、かつて巨人達が行き来したであろう回廊を抜けていった。

 軽くて小さいCR-Zのコーナーワークは、イオタの腕もあって鋭い。

 だが、背後のGT-Rはまるで見えないレールの上を走るように、安定した速さでピッタリ追従してくる。まさしく、オン・ザ・レール……ホームだけあって、何度も普段の走りをトレースしているかのようだ。

 そして、GT-Rのフロントにゆらりと黒い影が立ち上がる。

 縁陣エンジンに宿った悪魔、サタンの名を騙る道化どうけのメフィストフェレスである。


「ワシの正体を知るからには、生かしては帰さん……我が主にはハイエルフとの一夜を。小僧には……ルシファーともども、死んでもらう!」


 物騒な話だ。

 当たり前だが、バトルは命のやり取りではない。

 命を乗せて走るからこそ、互いに自分の命は自分で守る。

 バトルといっても、戦うというよりは競うことが大事なのだ。戦うとしたら、それは自分との戦いなのである。

 だが、背後に殺気を感じたままでイオタは走る。

 今夜のバトルに、早くも波乱の予感が膨らんでいった。


「死んでもらうって? ……関係ないね。俺は死なないし、誰も殺さない。そっちが日和ほよってるんなら、引き剥がしてやる。ルシファー!」

「はい、マスター! 魔力安定、高出力をキープ……思う存分、振り回してください!」


 カーナビに映るルシファーの表情も、心なしか今日はやる気に満ちている。

 彼女なりに怒っているのだと思う……常日頃から温厚で、縁陣エンジンとして龍走騎ドラグーンを走らせるとは思えない程にルシファーは優しい女性だ。それが、かつて天界で唯一神と戦った堕天使だてんし……悪魔にしてサタンとなった悪魔王から、零れ落ちた者の姿である。

 そう、ルシファーはいつも優しい。

 いつだってイオタの期待に答えてくれる。

 だからこそ、勝ちたい……彼女の笑顔が見たい。


「それにしても……これは、あれだね」

「どうしましたか? マスター」

「いや、ルシファー。俺の時代には、こういうビデオゲームがあったよ」


 コースに指定されてる順路を、次々とイオタはクリアしてゆく。

 豪華な装飾もそのままの城を、駆け抜けてゆく。

 いくつもの部屋を貫き走るが、道幅は広い。それもその筈、巨人族は人間の五倍以上の巨体を誇っていたのだから。

 なんとなく、小さい頃に夢中で遊んだゲームを思い出す。

 有名なひげの配管工兄弟ブラザーズが、普段のアクションゲームではなく、レースゲームになったものである。お馴染なじみのキャラクターがカートに乗って、アスレチックもかくやというコースを疾走するのだ。

 今まさに、これはだなあと思える中でイオタは走る。


「まあ、流石さすがにショートカットをするような場所は……っと、こっちだ!」


 食堂と思しき巨大な部屋は、まるでコンサートホールだ。王都にしかないような、広大な空間である。縁陣エンジンの快音を響かせ、その中をイオタは突っ切る。

 やはり背後で、カイエンのGT-Rは動く素振りをみせない。

 仕掛けてこない。

 すでにバトルは、前半の高速セクションを抜けようとしていた。

 中盤はこのまま地下室に降りて、貯蔵庫や地下牢を抜ける。

 後半は裏門へと続くが、ここはまだまだ冒険者の探索が十分になされていない区画だ。巨人族が住んでいた当時のままで、障害物も散乱している。武具や調度品、金銀財宝ももしかしたらあるかもしれない。もちろん、モンスターも出る。


「ルシファー、その……メフィストフェレスにはなにか、特別な魔力、特殊な能力はあるかい?」

「そうですね……いえ、特には。彼は取り立てて強力な魔力を持った悪魔ではありません。ただ」

「ただ?」

「非常に知恵が回ります。普段はおどけて隠していますが、天使の軍勢を相手に策略や計略を駆使する一面がありました。道化であると同時に、軍師でもあったのです」


 あのずる賢そうな顔を思い出して、イオタは納得した。

 背後では、狡猾さを感じさせる声が響く。


「奥の手を使うまでもありませんぞ、フェッフェッフェ……ルシファー、お前はあまりにも弱い。サタン様から零れた、残りカス。その程度の魔力では、我が奇策を使うまでもなぁい!」


 高らかな哄笑こうしょうを響かせ、メフィストフェレスが身をのけぞらせる。

 彼をフロントに浮かべたまま、GT-Rが加速した。

 今まで適度に抜いていたアクセルを、一気に踏んできたのだ。

 そして、丁度コースは短い直線へ……乱雑に散らかった調理場を抜ける。当時、ここでなにがあったのか……巨人サイズの鍋や食器が散りばめられた中に、申し訳程度に道が伸びている。

 恐らく、スカイライナーズのギルドメンバーがコースとして整備したのだろう。

 そう、短い直線だ。距離にして300m程である。

 しかし、それはGT-Rの力を解放するには十分な距離だった。


「マスター、並ばれます!」

「だね、仕方がない! 気にしないで、ルシファー! でも、この先は……やられたな」


 まるで自分が静止しているかのような、錯覚。

 圧倒的なパワーで、GT-Rが横に並んで、そして……そのまま二台はもつれ込むようにコーナーへ。その時、イオタは察した。次の右コーナー、自分はアウト側だ。そして、最低限の減速でGT-Rはインコーナーに突入していった。

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