第13話「宵闇の中に仇を探して」

 リトナの両親を死なせた人間が、いまだ龍走騎ドラグーンに乗っている。そして、今も同じ危険な走りを繰り返しているという。

 その話に、リトナ自身が衝撃を受けていた。

 それは当然、真実を知った兄のデルタを突き動かす。

 イオタは今、毎夜毎晩の犯人探しに自ら参加していた。

 自分がついていないと、兄貴分のデルタが暴走しそうだと思ったのだ。

 だが、この三日間で得られた情報は、驚くほど少ない。


「駄目だ、イオタ。話になんねえ……知ってる奴が少ないのか、それとも」


 今日も今日とて、夜の地道な聞き込みが続いていた。

 今夜は、海沿いまで遠出して港町に来ている。埠頭には沢山の龍操者ドラグランナーが、自慢の愛車と共に集まっていた。遠くで灯台が巡らせる明かりが、闇に無数の龍走騎ドラグーンを浮かび上がらせる。

 イオタの顔を見て、多くの者達は歓迎してくれたし、話せる範囲で語ってくれた。

 以前、ヘルクライヤーズというギルドの頭目、ザベッジをバトルでくだした。鮮烈なデビューを飾ったイオタを、誰もが好意的に歓迎してくれたのである。

 龍操者ドラグランナーにとっては、実力が全て……速い者が尊敬と信頼を得られるのだ。


「兄貴、みんなにも事情があるさ。多分、それだけ危ない話なんだと思う」

「クソッ! でもよ」

「明らかにみんな、そのギルドについては話したがってなかった。率先して危ない走りに興じて、事故もいとわない……そういう人間とは関わりたくない、普通のことだよ」


 この埠頭ふとうでも、多くの者達が耳を傾けてくれた。

 だが、その大半はなにも知らないという。

 そして、なにかを知ってる素振りを見せても……歯切れが悪く、多くを語りたがらない。それは、まるで見えないなにかに怯えているかのようにイオタには感じた。

 それほどまでに、連中の悪行は有名で、そして影響力が大きいのだろう。


「で、どうする? 兄貴、あっちで賑やかにやってるけど……少し走っていく?」

「そんな気分じゃねえよ……悪ぃ、俺は先に村に戻る。リトナも心配だしな」

「そっか、わかった。俺はもう少し聞いて回るよ。あと」

「おう! こういう時だが、折角せっかくここまで足を伸ばしたんだ。イオタ、自分の走りも楽しめよ? 連中の尻尾は、俺が必ず掴まえてみせるからよ」


 無理に笑って、デルタがポンと肩を叩く。

 そのまま彼は、ランエボファイブに乗って行ってしまった。

 そのテールライトが、倉庫街の闇に消えてゆく。

 心配だったが、運転される龍走騎ドラグーンの挙動を見ればわかる……デルタは冷静で、激情をうまく制御しているように思えた。落ち着いたドライビングで、縁陣エンジンのグリフォンもいい音を残して遠ざかる。

 とてもドライな、腹に響くターボのような重低音をイオタは見送った。


「さて、と……この辺にはダンジョンはないし、走りはどこでみんな……ん?」


 時刻は夜の十時を過ぎたところだ。

 今から戻れば、安全第一の60kmキロクルーズでも小一時間で帰れる。

 だが、純粋にイオタはこの港町での走りにも興味があった。

 そして、集う龍操者ドラグランナー達が動き出す。

 開けた場所にパイロンが並べられ、簡易的なコースが作られた。酷く狭くて、その上にツイスティックなコーナーの連続だ。徐々に象られてゆく、それは狭く閉ざされた闘技場コロッセオ……すぐにイオタにも、この場で行われるバトルが理解できた。


「なるほど、か」


 ――ジムカーナ。

 イオタが自分の時代にいたころから存在する、モータースポーツの競技スタイルである。二台以上で同時に走るのではなく、一台ずつのタイムアタック……パイロンで区切られたコース内を、誰よりも速く走り抜く者が勝者だ。

 難易度をつけるために、コンパクトな舗装路面がジグザグに区切られる。

 単純なハンドリングの技術、細やかなドライビングが試される競技と言えた。

 勿論もちろん、イオタは始めでだが、緊張よりも興奮が込み上げる。

 そんな彼の肩を、背後から叩く手。


「ん? あ、えと……貴方あなたは」

「よ! カレラが最近ご執心しゅうしんな子ってな、お前さんだネ」

「……カレラさんの知り合いですか?」


 カレラは今、イオタと一緒にリットナー家に居候中いそうろうちゅうだ。そして、今夜もリトナに寄り添い様子を見てくれている。彼女は同じ女の子として、リトナの隣にいることを選んでくれた。

 リトナは強がって平気なふりをしているが、動揺を隠しきれていなかった。

 イオタが振り向くと、長身の優男やさおとこ人懐ひとなつっこい笑みを浮かべている。

 彼の後ろに黄色い龍走騎ドラグーンがあって、そのグラマラスな曲線美には見覚えがあった。


「黄色いFTO……もしかして、七聖輪セブンスの?」

「ビンゴ、大当たり。俺はサバンナ・バラム。お前さんの話は弟のサファリから聞いてるヨ」

「バラム兄弟! あの、FTOとGTOのコンビで」

「よせよせ、照れるからヨ……まあ、そんなとこだ。カレラとも顔なじみでネ」


 サバンナはニコニコと愛想のいい笑みを浮かべた。

 人柄が伺える柔和にゅうわな笑顔だが、逆に本心が掴めない。裏表のない自分との噂があるが、今はなにかを心の底に秘めているような気がした。

 そして、イオタの一言に笑顔の仮面をわずかに脱ぐ。


「あの、サバンナさん……チャンプの偽物って、知ってますか?」

「おやあ? ふむ……」

「俺達は、危険な走りを繰り返すギルドを追ってます」

「ほうほう、それで?」

「それで、って……」

「知ってどうする? 見つけたらお前さん、正義を振りかざして悪事を正すかい?」


 イオタは言葉に詰まった。

 相手を突き止めて、なにがしたかったのか。

 非道を問い詰めても、リトナの心の傷は消えない。

 そして、正論や法、モラルとマナーを語っても、決して相手は変わらないだろう。何故なぜなら、もう何年も連中は王国の道という道に危険を振りまき続けているのだ。

 自分でも不鮮明な目的のまま、イオタは感情的に突っ走っていた。

 デルタの安全装置を自称していたが、これでは同じ穴のムジナである。

 そのことをサバンナは、的確に突いてきた。


「奴等は下衆げすな外道サ。それは変わらない……全ての道は、俺達龍操者ドラグランナーのためにあるんじゃない」

「そ、そうですよね……

「そりゃちょっと違うナ。……


 どう違うかを、サバンナは説明してくれる。

 道はみんなのもの……であれば、一人一人が自分のものでもあると考える。みんなという曖昧あいまいな主語では、責任の所在をはっきりさせられないのだ。

 だが、道路の公益性に関してはイオタも十分理解している。

 そして、知る……道は誰のものではないという、その真意を。


「道はネ、誰のものでもない。そして、誰もがそれをちょいと借りてるのサ」

「所有という概念が当てはまらない……そういうことですか?」

「俺はそう思うネ。王国では整備や管理をしてるが、それは国土に対しての義務だ。なら、道は王国のものかナ? ……違うはずだ。王国もまた、この大地から道を借りてるのヨ」


 そして、再度サバンナは緩い笑みを浮かべる。


「勘違いしてるなら、俺はなにも語らない。どうだい、少年……仮にその悪党共の手がかりを得たら、どうする? なにをしたいんだ?」

「俺は……なにも考えてませんでした」

「そりゃ駄目だ、そんなんじゃなにも教えられないヨ」

「でも、一つだけ……一つだけ、決めてたことがあります」


 そう、イオタは既に知ってしまった。

 龍走騎ドラグーンを駆り、速さを競うスピードの魔性に魅入られたのだ。

 そして、その先になにかを感じている。

 勇者たれと転移させられたこの時代で、本当にイオタがやってみたかったこと。今も目の前の光景を見て、やりたいと感じていることがある。


「まず、その人と……偽チャンプとバトルしてから考えます」

「へえ? バトルときたか」

「偽物に勝てないようじゃ、俺は……チャンプには勝てない」


 不意にサバンナは、身をのけぞらせて笑いだした。はばからず大声で、腹を抱えての大爆笑。周囲の者達も思わず振り返り、有名人であるサバンナの声に言葉を失っていた。


「はぁ、おかしいネ……少年、チャンプに勝ちたいだって? こないだバトルデビューしたばかりのお前さんが? ハハッ!」

「この間、チャンプの走りを見ました。その光景が、興奮が……今もこの胸にくすぶってる」

「……なら、理由としちゃあ十分だネ。悪くない答えだヨ」


 笑った非礼をわびつつ、サバンナは知ってる情報を明かしてくれた。

 イオタも意外だったが、彼は「まずはバトルしたい」という、素直な気持ちにかれたという。


「善悪や良し悪しじゃないのサ……俺達は、誰が速いか、どちらが強いか。だろ?」

「……はい。自分の話を聞いてもらうためにも、まずは力を示す。それが……それだけが、龍操者ドラグランナー同士の唯一のルール」

「そうだ、弱い奴がキャンキャン吠ても意味がないのヨ。少なくとも、そこはわかってるんだナ。しっかし、驚いたねえ……チャンプに挑もうって奴が現れるなんざ」


 ――ギルド、スカイライナーズ。

 それが、危険な走りを繰り返す無法者達の名前だ。そして、チャンプの名をかたる男が一切を取り仕切っているという。

 スカイライナーズは、常に自分達のホームダンジョンでしかバトルしない。

 そして、そのダンジョンを牛耳ぎゅうじり、冒険者達を締め出しているのだ。

 探索したくば、バトルでスカイライナーズに勝つしかない。


「南部に『神代ノ巨人城カミヨノキョジンジョウ』ってダンジョンがある。そこが奴等の根城だ」

「神代ノ巨人城……」

「神話の時代、巨人族が住んでたっていう巨大な城さ。なにからなにまで巨人サイズでできてやがる。連中が仕切ってる間は、調査も宝箱の回収も進まねえだろうヨ」

「……面白そうなコースですね。ありがとうございます、サバンナさん。俺、行ってみます」


 イオタの言葉に、やはり面白そうにサバンナは笑う。

 ジムカーナで彼と対決もしたかったが、今は当初の目的を優先する。イオタは後ろ髪を引かれつつも、港町をあとにするのだった。

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