第4話 静寂と予期せぬ遭遇

ここか...


久々子は一人暗闇に紛れて小学校の裏山に来ていた。

山道は緩やかなカーブとともに山の奥にまで続いている。風も強く、林が揺らぎ不穏な音をたてていた。


思った以上に暗いな


これじゃあ少年たちが見たお堂らしき建物に辿り着くどころか林の中に入るだけでも骨が折れそうだ。


山道の上から入ったと言ってたことを思い出す。


とりあえず入ってみるか...


バギッボキッ


枝を踏みわけながら林に分け入る。地元の人でもこんなところは通らないのだろう、草も高く伸び放題だ。



久々子は考えながら進む。


まずは第一にいなくなった少年たちの安否だ。相手がなにかわからないうえに、もしこの土地で長く信仰されているものだとしたら無事とは言い難い。


しかし最悪のことを考えると、有一のもとで彼の警護をしたほうが良かったのかもしれない。


だが、有一の弟を助けてほしいと言った顔が久々子には忘れられなかった。

久々子の家族は久々子が16歳のときに死んだ。父と母の遺体を見たときの衝撃は今でも覚えている。ガンっと頭を殴られたようになり目の前が真っ白になった。体がショックから心を守るように一切の情報を遮断したのだ。久々子はその場で崩れ落ちたまま警察が惨状を発見するまでずっとそこにいた。そして妹は...


久々子は有一の気持ちから優劣をつけられずにいた。だが彼のためになんとしてでも準を見つけてあげなければ。その気持ちだけがどんどん強くなる。




ふと、気づけばあたりは静寂に満ちていた。


いつの間にか風は止み、自分の息遣いだけが聞こえる。不気味なまでに静かな空間。

不意に訪れた空白に久々子は自然と警戒する。


目を凝らせば周囲の異変に気付く。



なんだここは...



木製の人型が松の木に打ち付けてある。

ひとつの木だけではない、周囲を見渡す限りどの木にも釘で無残に打ちつけられている。何体も何体も。


久々子は一番近くの木に打ちつけられているものに手を伸ばす。


だいぶ古いな...


もう人型は朽ちて触れればボロボロと崩れる。



その時だった。


ザッザッ


自分以外の草木を踏む音が聞こえた。

久々子は身構えその木の陰に隠れる。

林の奥に何かが見えた。

一瞬だったが木々の合間から白い布地が見えた。


ザッザッ


だんだんその音は近くなってくる。


久々子は音のするほうへ体を傾けその音の元を確認した。

男だ。まだ遠くよく見えないが白い着物を着た男がいた。暗い林の中に白い着物が浮いて見える。瘦せこけた四肢。項垂《うなだ》れた姿勢。何もかもが異様だ。そして右手には木槌のようなものを持っている。



しまった、丑の刻参りか!



そう気付いて久々子は慌てて身を隠した。


丑の刻参りは人に見られてはいけない。

他人に見られればその呪いが術者に返ると言われているからだ。

しかし、本来そのようなリスクは存在しない。だがそれを知るものも少なく、術者は呪いが返ってくることを恐れて目撃者を殺す。

それが事実であろうとなかろうと見られたと悟られることが一番まずい。



どうやら気付かれてないみたいだな...


警戒し身を隠したまま様子を伺うが、男は顔に手を当てながら木々のまわりをずっとウロウロしている。

木になにかを打ちつける様子はない。



なんだ?丑の刻参りじゃないのか?



ガサッ


様子を確かめようと思い一歩踏み出したとき僅かに生い茂る草木に触れ、音を立てしまった。


バッとそのかすかな音に反応するかのように男が顔をこちらに向けた。

男と目が合う。いや、正確に言えば目は合わなかった。男の両の目にはおびただしいほどの釘が刺されていた。しかし眼球があるであろう場所から刺さるような視線が向けられた。体中の毛が逆立つような悪寒を感じる。勝てない。あれはこの世のものではない。一瞬でそう理解させる形相。男の指が髪が全てが絡みつくような不快さを持っている。

男は音でその場所がわかったのであろう先ほどまでの出で立ちからは想像もつかない凄い勢いでこちらに向かってくる。


やばい!


久々子はその異形の表情に恐怖を覚えすぐさま走り出した。立ち向かうという選択はなかった。今まで見てきた霊や呪いともあきらかに違う、背骨を直に掴まれるような恐怖に襲われ本能が逃げさせた。


だが、左脚に激痛が走る。

左のふくらはぎに服の上から赤茶けた釘が刺さっていた。


ぐぁっ


男が近づくにつれてどんどん釘の数が増え、久々子の足に穴を開ける。

久々子は体勢が保てず斜面になった林を転げ落ちる。

しかし途中落ち葉や草むらに手を伸ばし、わざと音を上げる。久々子はなおも転がり高い草が茂る中へ逃げ込んだ。


舞いあがった落ち葉が久々子の姿を隠したのか、葉が舞い落ちる音で見失ったのかは、わからないが男は久々子の近くをウロウロしている。足に刺さる釘は10を超えたあたりで止まっていた。痛みが酷い。呼吸もままならない。


マズい、このままじゃ見つかる

乱れた呼吸が荒くなる。

次に見つかれば二度と帰ってこれないような錯覚に陥っていた。あのか細い腕に掴まれどこまでも暗いに連れ去られてしまうのだろう、そんな絶望と焦燥に駆られる。


そのときだった。




《こっちじゃ》




頭の中で声がした。


と、同時に背中側に急に引張られ久々子は山の斜面に投げだされた。

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呪姫 遠智 赤子 @AkakoOchi

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