第3話 身代わりと言い伝え

久々子くぐしは有一をひとまずは家に送り届けることにした。そのまま件の裏山に調査に入りたかったが話を聞く限りこのまま彼を連れて行くわけにはいかないだろう。


久々子は道中、有一に疑問を投げかける。


「それでこのあたりで言われてるってなんなんだ?山の神ってきいたけど...」


「...うん、このあたりの子はみんな親から聞かされるんだ。山にはめなしどち様がいるから入っちゃいけねぇって。」


危険な場所を避けるために口伝される教訓めいたものなんだろうか...?


いや、しかし祭であがめられるほど信仰されていたとなると...


まだこれだけではわからないことが多過ぎる。それに師匠の言う通りになにかルールがあるかもしれない。


「めなしどちに見つかると声出しちゃいけないんだ。」


「なんで?」


「...目がないから。めなしどちは目がなくて見えないから声出さなきゃ助かるんだって。」


それでなしどちか...


しかし祭で追う側も目隠ししていたが、追われる人形も同じく目がなかったはず...


「あ、ここです!」


話しているうちに二人は有一の家の前まで来ていた。


久々子はカバンからあるものを取り出す。


「これを部屋の君が普段よくいる場所に貼っておいてくれ。」


「これなんですか...?」


「君の代わりになるものだ。さあ手を出して。...少し痛いけど我慢してね。」


そう言って久々子は有一の手の上に数枚の人型に切り取られた紙をのせ、その上から小さな針を刺した。


ツッ


有一は一瞬驚きと痛みで体をビクつかせたが声は出さなかった。一番上の紙にまで赤い点が滲んできていた。


「これでこの紙は君の代わりとして君を狙うものを惑わせる。また朝になったら話を聞きにくるよ、それじゃあね。」


「は、祓い屋さんはどうするんですか?」


「ちょっと山の中...見てくるよ。」


「い、今からほんとに行くんですか?!」


あたりは既に闇に包まれていた。


山間部の集落だ、まばらにある家々の明かりも遠く、周囲を照らしているとは言い難い。


そして今夜は曇り空だ。月の明かりさえない。


有一は顔に不安な色が増していた。


「大丈夫だよ。俺は守られてるから。」


いや、本当は蝕まれているといったほうが正しいかもしれない。


「じゃあなにかあったらすぐに連絡してね。」





有一が自宅に入るのを見届けてから久々子は気合いを入れなおす。


よし、行くか


現状、情報があまりにも少な過ぎる。

こんなときはヘタに動かないほうがいいだろう。


だがもう有一以外の目撃者は連れ去られている。ことにされているのだ。


このままでは唯一の手掛かりの有一まで危ういだろう。それに連れ去られた子供たちの安否もある。もう時間もだいぶ経ってしまっている。急がなくては彼等の生死に関わる。あるいはもう...


多少危険を犯してでも今夜のうちに確かめに行かなければならないはずだ。悠長にはしていられない。


なに、いざとなれば自分にを移せばいい。

紙の身代わりは気休めだ。俺自身がそうなればいい。


自分にはそんなことしか出来ないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る