第20話

 会場に戻った俺は早癒を探して会場内を歩き回っていた。

 背が低い上に、人も多いのでなかなか見つからない。

 探し回ること数分、ようやく早癒をみつけた。


「探したぞ、何かしてたのか?」


「ん………なんか声かけられたから………」


「それで話し込んでたのか、知り合いか?」


「ううん……全然」


「そうか……それよりもじいちゃんってどこにいる?」


「あそこ……」


 早癒が指さした方には人が集まっていた。

 その中心に祖父はおり、難しい顔で一人一人と挨拶をしていた。

 俺はそんな祖父を遠くから見ながら、祖父ならこの婚約もなんとか出来るのでは無いかと勝手に思っていた。

 しかし、これ以上祖父に迷惑を掛けたくは無い。


「なぁ………」


「なに?」


「俺がじいちゃんの後を継ぐには、どうしたら良い?」


「………継ぐの?」


「いや、無理なら仕方ない。でも……今からでも間に合うなら……俺は……」


「………出来ると思う。財閥はその家族、または同族が中心になって子会社を動かすから……もちろん血の繋がりのある人間に継いで欲しいと思うと思う……」


「そうか……俺が三島って財閥を継げば……結婚相手は勝手に決められるのか?」


「……旦那様はそんな人じゃない」


「そうか……」


 俺はそのあと、どうやって帰ったかをあまり覚えては居ない。

 考えていたのは姫華の事だった。

 なぜこんなに気になるのか、なぜこんな事をしようとしているのか、自分にもわからない。 しかし、彼女のあの表情を俺はもう見たくなかった。

 そして次の日、俺は祖父と約束通りお茶を飲みにバイト先の喫茶店に居た。

 俺たちの他に客はいない……そう、客は……。


「じいちゃん」


「なんじゃ?」


「マスタービビってるから、黒服さんも席に座るように言ってくれないか? 立ってると威圧感が……」


「おぉ、そうか。すみませんなぁ……」


「い、いいえ……」


 祖父をお茶に誘ったものの護衛と言って、黒服が五人も付いてきた。

 しかもかなり体格が良いうえに、黒いスーツとグラサンで威圧感が半端ない。

 マスターもカウンターでなんだか震えている。


「ここが、拓雄君のバイト先か……わしは来たことがなかったでの」


「マスターには良くして貰ってるんです、売り上げに貢献しようと思って」


「む、そう言うことか! おい、店主にチップとして100万円を……」


「それはもうチップじゃないです」


 窓際の席に座りながら、俺と祖父はお茶を飲み、談笑をしている。

 黒服の人たちも祖父が座るように言い、各自で注文をしてゆっくりし始めていた。


「して、話しとは何じゃ? 朝急に真剣な顔で……」


「はい、ちょっと聞きたいことがあって」


「なんじゃ?」


「じいちゃんは、俺が会社を継ぐって言ったら嬉しいんですか?」


「………そういう話しか……」


 祖父は眉間にシワを寄せ、腕を組んで何かを考え始めた。


「正直に言うと、わしはそれを望んでいた……これ以上嬉しい事は無い」


「はい」


「しかしじゃ……わしの娘……拓雄君の母親は、わしが後を継がせようとし、勝手に結婚相手を決めたことで駆け落ちをした……昨日のパーティーも心が痛くなったほどじゃ」


「………」


「だから、わしに気を使ってそう言っているのならば、無理はしなくて良いのだぞ? 覚える事も多い……それにわしは……孫と一緒にこうしてお茶を飲めるだけでも幸せなんじゃ……」


「自分は……確かにじいちゃんに気を使っている部分もあります」


「ならば……」


「でも、本当の理由は違います」


「本当の理由とな?」


「はい、実は……」


 俺は祖父に昨日の婚約者がしていた話と、姫華の望んでいる事を告げた。

 同じことをして、娘を失ってしまった祖父はどこか思うところがあったのだろう、険しい表情で何かを考えていた。


「それで、拓雄君は池﨑の娘をどうやって助けるのじゃ?」


「はい、俺が姫華に結婚を申し込みます」


「なんじゃと?」


「本当に結婚する訳ではありません、ほとぼりが冷めたところで俺は手を引きます。そうすればとりあえず目先の問題は解決します」


「………なるほどな、確かにたかだか会社の幹部よりも財閥の息子のほうが結婚相手としては良い……企業としても特をする」


「はい」


「しかしじゃ、池﨑が急にそんな婚約を受け入れるかわからんぞ? 婚約パーティーまで開いたんじゃ」


「なら、俺は姫華の父親に、なんとしてでも俺と姫華を結婚させたくすれば良い」


「………フ、フハハハ! 面白い事を言うのぉ~流石はわしの孫じゃ! よし! その計画わしも出来る限りの協力をしよう!」


「いえ、これは俺の問題です。それに今日聞きたかったのは、俺が三島の後を継げるかどうかの話しで、じいちゃんに迷惑は……」


「よい! 迷惑などいくら掛けてもよい! わしも池﨑のやり口は昔の自分を見ているようで好かん!」


「………ありがとうございます」


「しかしじゃ、跡継ぎになると言うことは、拓雄君を正式にわしの孫として関連企業や会社の者に発表する必要がある。それにかなりの勉強も必要になる、それでも良いのか?」


「はい、覚悟は出来てます」


「うむ! ではこちらもパーティーを開く! 次期三島の跡継ぎのお披露目会じゃ!」


「お願いします、じいちゃん」


 俺は姫華のために、三島の後を継ぐことを決めた。

 もともと、後を継ぐことは考えていた事だった。

 金や権力の問題では無く、俺はずっと一人でがんばってきた祖父の助けになりたかった。

 




 俺が三島の後を継ぐと決まってから、俺はテーブルマナーや帝王学、そして会社運営の基礎を学び始めた。

 学校が終わり、バイトをして帰った後に跡継ぎに必要な教育を受ける。

 確かに大変なことばかりだが、それはわかっていた。

 簡単に後を継げるなんて考えてはいない、だからこそ俺は必死で勉強した。


「今日はここまででにしましょう」


「最上さん、ありがとうございました」


「明日は次のページからです、後はゆっくりお休み下さい」


「はい」


 木曜日、俺はドイツ語の勉強を終えてベッドに横になる。

 もともと勉強は嫌いではない、むしろ趣味らしい趣味を持たない俺にとっては、新しい知識を入れるという事が趣味になりつつあり、理解は早かった。

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