第19話

「拓雄の……友達?」


「あぁ、まぁそんな感じだ」


 隣の早癒に尋ねられ、俺はそう答える。

 姫華はつくった笑顔を浮かべながら、色々な人達に挨拶をしている。

 飲み物を飲みながら、俺はそんな姫華をぼーっと眺めていた。

 すると、四十代くらいの男性が俺に話しを掛けてきた。


「すみません」


「はい?」


「貴方が三島総帥のお孫さんの拓雄様でしょうか?」


「そうですけど、なにか?」


「初めまして、私は池﨑と申します。娘が先日ご迷惑をお掛けしたようで」


「あぁ、姫華の……」


「はい、この度は大変な迷惑をお掛けいたしまして……」


「いや、別に良いです。終わった事ですし」


 姫華の父親であろうその男性は、年相応に見えつつも老けているわけではない、年相応のダンディな感じのイケメンだった。


「それより、一つお聞きしても良いですか?」


「なんでしょうか?」


「あいつ……姫華は結婚を喜んでいるんですか?」


「それはもちろんです。娘も婚約を喜んでおります」


「………そうですか」


「はい。それでは私はこれで、後で娘の方にも挨拶に来させますので」


「はい」


 そう言って姫華の父親は離れて行った。


「ねぇ……」


「なんだ?」


「なんであんなこと聞いたの?」


「あぁ……まぁ、ちょっとな」


 俺は早癒にそう言い、その場を離れて外のテラスの方に出た。


「なぁ、早癒」


「なに?」


「早癒は好きな奴とかいるのか?」


「……?」


 首を傾げる早癒。

 あぁ、これは居ないな……。


「いや、なんでもない。忘れてくれ」


「急にどうしたの?」


「まぁ、ちょっとな……」


 俺は色恋のことはさっぱりわからない。

 告白は何度もされた。

 しかし、人を好きになったことはない。

 だからと言って、人に結婚相手や恋人を決められるのはなんだか嫌だ。


「……嬉しいわけ……ないよな」


 興味の無い俺でもそう思ってしまうのだ、姫華は相当嫌なはずだ。


「早癒、ちょっとトイレ行ってくる」


「うん……場所、わかる?」


「あぁ、大丈夫だよ」


 俺は早癒にそう言ってグラスを渡し、トイレに向かった。

 流石は高級ホテル、トイレも綺麗で豪華だった。

 俺は用を終えて、会場に戻ろうとした、しかしそのとき、誰かが電話をしながら近づいてきた。


「あぁ……そうだ、今はパーティーの真っ最中でな……なぁに、終わったら直ぐに君のところに行くよ。俺だって嫌だよ、一回りも歳の離れた花嫁なんて……」

 

 壁から死角になり、姿は見えなかったが、電話の主が姫華の花婿であることは直ぐにわかった。

 俺は何となく出にくくなり、その場に留まる。


「あぁ、わかってる結婚したらこっちのものさ、池﨑家の財産さえいただければ、あんな小娘……あぁ、そうだね。また電話するよ」


 俺は話しの内容が少し理解できてしまった。

 だからだろうか、胸がモヤモヤして仕方がない。

 あのよく笑い、よく怒る姫華の姿が脳裏をよぎる。


「……はぁ……まったく。金持ちって奴は……」


 俺はそんな事を呟きながら、会場に戻る。

 そして、姫華を探し始めた。

 すると……。


「ごきげんよう、拓雄さん」


「ん? ……なんだお前か」


「あらあら、なんだなんて悲しいですわ」


 話し掛けてきたのは姫華だった。

 大勢の人の前だからか、姫華の口調は丁寧で表情も笑顔だった。


「すこし二人でお話したいのですが、よろしいですか?」


「あぁ、いいぞ」


 俺は姫華にそう言い、別室に案内された。

 別室は会場隣の控え室のような場所だった。

 

「あぁ~疲れた……」


「やっぱり演技か」


「そうよ、仕方ないでしょ、一応お嬢様なんだから」


「自分で言うなよ」


「良いでしょ別に……あぁ……ホント疲れた」


「お前、結局何も言えなかったのか?」


「言ったわよ、でも何も変わらなかったわ……だから、諦めたのよ」


「ふーん」


 こいつも色々大変なんだな……。

 姫華の表情は、やっぱりどこか寂しそうだった。


「なんで俺をここに呼んだんだ?」


「ただの愚痴を言いたかっただけよ。私、アンタぐらいしか友達居ないし」


「マジか」


「マジよ……友達なんて出来たことが無かったわ……」


「そうか、なら何でも言え。可能な限り聞いてやる」


「それがね………」


 そこから姫華の愚痴が始まった。

 結婚のための花嫁修業が忙しいだの、家にいてもまったく休まらないだの。婚約者がおっさんだの………色々溜まっているようだった。


「そうか」


「そうよ! はぁ……いつまで続くんだろ?」


「…………」


 姫華は知っているのだろうか?

 あの婚約者の本性を……。


「なぁ……あの婚約者ってどんな人だ?」


「前も言ったし、今日も少しは見たでしょ? 優しいし、頭も良いわよ……まぁ、これ以上無いくらい好条件よね」


「そうだな………」


「えぇ、正直心配は無いと思うわ……でも………結婚相手は自分で選びたかったな………」


「………」


 姫華は寂しそうな表情でそう言う。

 そんなあいつの表情を見た瞬間、俺はまたしても胸がモヤモヤし始めた。


「私、そろそろ戻らないと、一応主役だし」


「そうか……なぁ……」


「ん? 何?」


「………いや、なんでも無い」


「? 変なの」


 そう言って姫華は会場に戻って行った。

 俺は一人残り、考えごとをし始めた。

 その考え事とは、姫華の婚約をどうやったら無しに出来るかだった……。

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