7.Exhausted(疲れた)
最近は疲れなくなった。
仕事でストレスを感じることもないし、自分なりの楽しみもいくつかある。
肉体的に疲労することはあっても、精神的に疲弊して身体が動かなくなるようなことはほとんど無い。
もう九ヶ月ほど前になるだろうか。
ずっと疲れていて何も出来ない時期があった。
病院には行かなかったが、もし診察を受けていたら軽度の鬱病と診断されていたんじゃないかと思っている。
とにかく、何かをしようと脳が指令を送っても、身体が全然動いてくれないのだ。
洗濯できない。部屋が片付かない。約束が守れない。
ただただベッドで寝ているだけ。
どうにか仕事は続けられていたが、ずっと暗いトンネルの中にいるような感覚が続いていた。
このままじゃ駄目になるという焦燥感だけが空回りし、それが余計に身体にブレーキをかける。
そんなどん底の状態から脱却できたのは日光とスパイスのおかげだった。
ベッドでウーウー言いながら眠り続けながら、僕はずっと原因について考えていた。
昨年の六月に転職して、仕事自体は楽になった。
仕事内容は自分に合っていたし、前職で受けた不条理なストレスから解放され非常に良好な状態だった。転職が原因ということは考えにくい。
ただ、九月頃から夜勤が始まった。
なかなか生活のリズムが掴めず、夜勤の明けの良い過ごし方を見つけられずにいた。そうこうしているうちに僕はこのどん底の状態までずるずると墜ちていった。
そう、夜勤を始めた時期と調子が悪くなっていった時期が連動していたのだ。
ネットで検索してみたところ、日光を浴びる時間と鬱には関係があるらしいという情報がいくつも出てきた。日照時間の短い冬期に発症する鬱や、緯度の高い地域に鬱病患者が多いなどの記事が次々とヒットした。
これかもしれないと僕は考え、夜勤明けになるべく外を歩いてみることにした。寝不足でフラフラになりながら、元町駅あたりから神戸三宮まで太陽に照らされながら地上をゆらゆらと歩いて帰る。
実際それがどのくらい効果的だったのかどうかはわからない。フラシーボ的なものもあったのかもしれない。だがそれを繰り返すうちに少しずつだが気持ちが上向きになってきたのだ。
次に出会ったのがスパイスだった。
要するに“カレー”である。
ここ数年、大阪スパイスカレーというのが流行っていて、神戸でも創作カレーを出す店がいくつか出てきていた。
六年ほど前に、家の近所にあったお気に入りのカレー屋さんが高齢で廃業してしまってからというもの、カレーから遠ざかっていたが元々カレーは好きだった。
その店の店主が南インドの出身で、さらっとしていてぴりりとスパイスの効いたカレーを出していて、それがいたく気に入っていたのだが、当時はその店以外で南インドのカレーを提供してくれる店はほとんど無かったのだ。
でも最近はスパイスカレーブームのおかげで様々なカレーが食べられるようになった。南インドのカレーを出す店もいくつも増えた。
元町に新たにお気に入りの店が出来た。
大阪に繰り出し、見たこともないような創作カレーを食べるのもいい。
カレーのおかげで外出の機会が増え、楽しい気持ちになれる時間がどんどんと増えていった。
そもそもスパイス自体が漢方薬みたいなもので、摂取することで身体に良い効果を与えてくれる。
カレーを食べて、日の光を浴びる。
そんな簡単なことで、僕の気持ちは次第に上向きになり、今年の夏頃からやっとこれまで通りに身体が動くようになってきた。
今でもたまに不調なときはあるが、一時期のことを考えれば何でも出来るようになったと思う。ありがたい。
ただ、スパイスカレーに傾倒しすぎて自分でもカレーを作るようになり、家の台所に二〇種類以上のスパイスの瓶が転がっているのはご愛敬で済まされるのかどうか、判断に迷うところではある。
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