5.Chicken(チキン)

 チキン。鶏肉。


 今回は父親の話をしたい。

 豊岡の田舎で六人兄弟の四男として育った父は、学校から帰って色々と家の手伝いをしなければならなかったらしい。

 父の担当は鶏の世話。

 餌をやったり、卵を集めたり、卵を産まなくなった鶏をひねって毛をむしって晩飯の材料にしたりしていたそうだ。


 鶏をひねる、というのは平たく言えば、

「鶏の首の骨を折って殺す」

 ということである。


 この話を聞いた小学生の僕は、なんとも言えない気持ちになった。

 説明が難しいのだが「あ、この人は鶏を殺したことがあるんだ……」という形容しがたい思いが湧き、父親という近しいはずの人物の別の側面を唐突に見せられたような、やっぱり説明できない複雑な感情に捕らわれた。


 だがこれは明らかにおかしい。

 卵焼きも親子丼もチキンライスも食べたことがある。飲食店時代は何十枚もの鶏モモ肉を掃除したりもした。自分だって間接的に鶏を殺しているくせに、実際に手をかけた人に忌避感を覚えるのはダブルスタンダードであり、矛盾以外の何物でも無い。


 それでもやっぱり、生き物の命を奪うという行為は僕にとって非日常であり、それを生活の中で平然とやっていたという父に何かしらぞわぞわとしたものを感じたのもやはり事実である。


 そもそも論として、矛盾無く生きている人なんていないのかもしれないが、感情というのは不思議な物だなあと改めて思う。

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