Op.2

少しの違和感は抱いていた。あれ、こんな音だったっけ。なんだか鈍くて音も違う。それが確信に変わる頃には君のラは滑稽な音でしかなかった。子犬は転ぶし行進は揃わず、月の光は薄靄がかり、亜麻色の髪はぎしぎしだ。僕はなすすべもなく、黒いぴかぴかが馬鹿だなぁと笑うのを感じながらぽろんと君を泣かした。


大した努力などせずともなんとかなってしまった過去の僕のせいで、いまや努力の仕方もわからない、とんだ落ちぶれ野郎になってしまった。あんなに嬉しかった優等生の称号も、今は重くてつらいだけ。万能だの天才だの、歯の浮くようなお世辞を並べて持て囃してた大人ははとうに僕を見捨ててどこかへ消えた。僕がピアノを弾くのをあんなにも喜んだ母にはピアノを辞めろと迫られて、父には僕にかかったお金を何度も聞かされた。


今まで積み上げてきた栄光は、ほんの少しのずれが起因して、音を立てて崩れ去った。きらきらで夢のような過去はもう見る影もなく、幻想のように霞んで消えた。


ピアノを弾いては手を叩いて喜んで、幸せなんかじゃない。ぬるい人生だったと今になって思う。ぬるい人生の中では感情の伝え方を知ることもなく、まるでからっぽの傀儡のような日々を送った。怒り方も発散の仕方もわからなくなって、どろどろに渦を巻いた暗い暗い虚しさと淋しさが波になって押し寄せるのだけを感じながら、力任せに鍵盤を叩いた。

ピアノの詩人と謳われた彼の失敗作。


幻想ばかり抱いていた、失敗作の僕の最後の曲。

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幻想即興曲 コマバラ @5ma8ra

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