第22話『眠る者と踊る者』一

 湖が動き、範囲に居た幾体ものリザードマンを水底に引きずり込んだ。自力で踏ん張っていたらしいドラゴンリザードは、湖に向けて溶岩玉を放つ。


 不思議な事に溶岩玉が沈んでいく水からは蒸気が上がらず、その溶岩玉を完全に無料化し、飲み込んでいる。湖からは無数の水の槍が上がり、地上に居るリザードマンやドラゴンリザードへと降り注いだ。


 リザードマンに対してはある程度の効果があるものの……やはりその鱗は硬いらしく、角度の悪い水の槍は深く刺さらない。ドラゴンリザードなどは、直撃をしてもその鱗の表面を傷付けるのみだ。


 入り口からは、リザードマン達が次々に入ってきている。


 森の中のあちこちから聞こえてくる戦闘音。俺とレラ、男冒険者の方にもかなりの数のリザードマンが来ていた。


「【パワーストライク!】」


 俺のバスターソードが僅かな光を纏い、リザードマンの頭部を刺し貫ぬく。固い相手に対してのスキルはかなり有効であったらしく、リザードマン相手であればかなり楽に対処できた。


「硬くても刺突系のスキルなら通るな」


「【ウォータースピアー!】」


「おっ、その情報は助かる。さっきからオレの攻撃は、兄弟の攻撃と違って鱗に弾かれてたからよっ【ソードストライク!】」


 男冒険者の放った一撃は何とか……レラの放った水の槍によって怯んだリザードマンの頭部を貫通し、倒す事が出来た。確実に倒している筈なのだが、周囲を取り囲むリザードマンの数が減っている気がしない。


 結局、かなりの数のリザードマンに囲まれてしまったのだ。普通ならば袋叩きにされて終わりの所を俺の上昇したステータスとその戦闘技術、レラの魔術支援によってなんとか持ちこたえている。


 レラは魔術で敵を怯ませ、僅かではあるが存在しているスキル硬直をカバーしている。……だが、とても最後まで魔力が持つとは思えない。


「……ジリ貧だな」


「どうせなら嫌がらせの一つでもしとくか」


 そう言った男冒険者は、地面に拳大程の袋を叩き付けた。


 ――広がる超悪臭。


 レラが首元の布で口と鼻を押さえている。かなり上に引き上げているようで、今にも下が見えそうだ。


 リザードマンの表情は読めないが……一歩後ずさった者が多い事から、やはり臭いらしいという事が分かる。しかしこの臭いは……。


「何だこの臭い……生ゴミ、いや、乾きかけの親父の汗、カメムシの汁…………全部か。吐きそうだ」


「最後のなんとか虫は知らないけどよ、他は分かるぜ。……この臭い袋使ってると、頭の良くない魔物と鼻の利く魔物は寄って来ないんだ。頭の良いのも大抵は離れてくしな。他所で戦ってる冒険者にも、この臭いは届いてる筈だ」


「迷惑な」


「でも見ろよ。なんかリザードマン共が数歩離れてるぜ? こいつら、オレの知ってるリザードマンよりも頭が悪いかもしれねえな。……マヌケそうな顔しやがって、オレの言葉も理解してないみたいだ」


「お前、リザードマンの表情が読めるのか? 俺には全員同じに見えるぞ」


「はっ、オレもだよ!」


 それでも男冒険者の言う通り、ほぼ全てのリザードマンが数歩下がっている。リザードマンの表所は読めないが……先頭のリザードマンの一部が片手で鼻を押さえている事から、耐え難い悪臭だと感じていると伺える。


「運が良いぞ。時間を稼げれば湖から俺の仲間が帰ってきて、無双してくれる」


「おおう。今、手で鼻を押さえてる奴の頭にスキルを放とうと思ってたけどよ、向こうが動くまで動かないほうがいいな」


 今にも動き出しそうであった男冒険者の動きが止まる。 


「それが良い。レラ、少しでも休んで魔力を回復してくれ」


「ん、少し……貰っていい?」


「魔力か? どうやってかは分からんが、いいぞ」


「【私が触れた者から魔力のみを吸い取れ〈ドレインタッチ〉】」


「……何処から吸ってるのかな? ん?」


「おしり」


「……知ってるよ」


 体内から確かな何かが吸い出されていく不快な感触と、少女に尻タッチをされるという不思議な感触の中。何とか冷静で居ようと俺は、リザートマンを警戒する事に意識を集中させた。


『――――♪ ~~~~♪』


 そこで突如として聞こえてくる、美しい声によって奏でられるメロディー。


「――急いで耳を塞げッ!!」


 男冒険者がそう叫ぶ前に耳を塞いでいた俺は、ほんの僅かに聞こえる人魚の歌を聞きながら気を張る。次の瞬間、リザードマンの大半がその声に誘われるように……湖の方へと歩き出した。


 突如として聞こえてきた人魚達の声は作戦として聞いていたものだったので、即座に対応出来た。が、それでも意識が湖の方へと向いてしまう。


 ――人魚の魅了歌……恐ろしく強力だな、と思いながら辺りを見回してみる。耳を塞いでいたのに魅了に抵抗出来なかったのか、湖の方へと歩き出した男冒険者の腹を蹴飛ばしてやり、正気を取り戻させる。


 蹲りながらもハッ、として耳を必死に塞ぐ男冒険者。その頭の中には、周囲を取り囲んでいたリザードマンの事など無さそうだ。


 暫くすると歌が止み、辺りを見回してみれば包囲していたリザードマンの姿は殆ど居ない。多くのリザードマンが湖の中へと消えて行き……自身の耳であろう部位を押さえて耐えていた。現在はリザードマンとドラゴンリザードのみが地上に残っていた。


 ――悪く思うなよ。


 そう内心で呟きながら最も早く動き出し、比較的近場で蹲っていたリドーザマン二体の首を落とす。


「おい! そろそろお前も立て!」


「グッ、まだ、人魚の歌が脳裏に焼きついて……動けねえ…………気を抜くと、体が勝手に……動き出しそうだ……ッッ!」


 どうやらショックによって一度正気を取り戻しても、かなりの後遺症があるようだ。


「……見てる」


 レラはそう言ったかと思うと、男冒険者の額に手を当てて何事かブツブツと呟きだした。俺はその場から離れ、男冒険者のように歌が終わっても動かないリザードマンの首を落としていく。


 ――かなり散らばってたが……全員踏ん張れたのか? と思いながら湖の方を見てみれば、僅かに頭を出した人魚達が素早く行動を起こしているのが見えた。魅了に抵抗出来なかった冒険者たちが水草でグルグル巻きにされ、離れた岸に置かれているのが遠目に見える。


 腹立たしい事に、その中には目立つボロボロの鎧を身に着けているリュポフや、ギルド長アドルフの姿もあった。


 ――山になってるぞ! 殆ど抵抗に失敗してるなッ!! と内心でそう怒鳴りながら、俺はリザードマンの首を切り落としていく。別の場所ではラルクを中心とした《黒い隻腕》の面々が動けているらしく、蹲っているリザードマンを処理しているのが見えた。


「動けてるのはあいつらと俺だけか……っふッ! 敵が人じゃなくて良かった、な――ッッ!」


 無抵抗なリザードマンの首を次々に落としていく作業は処刑人のそれ、相手が人間であれば正気を保っていられる自信は無かった。手に伝わってくるのは硬質な鱗を切り裂き、肉を切る感触。


 とてつもなく不快な感触であるが、今ここで殺しておかなければ、立ち直った際自分達が殺される。


 ――歌に抵抗しなければ良かったなッ! と内心で悪態を吐きながら、再び飛んできた溶岩玉を回避した。


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