第21話『水際中の戦い』三

 ―――ニコラが水に潜り、三十分程が経過した頃。既に持ち場に戻っていた俺は、まだ成長痛によって痛む体をさすりながら、湖を見ていた。


 ――無事でいてくれよ。


 そう強く願っていると……とうとう湖に動きがあった。湖の周りに落ちている……残骸とも言える骨と一緒に戦闘痕をも飲み込み、湖は再び平和な風景に戻った。

 ホッとしているレラを他所に、腕自慢の戦士であるラルクが、目を細めて口を開く。


「相変わらず、とんでもねぇ水してんな」


「……あれを見た後じゃ、例え飲める水だと言われたとしても飲めないな」


「ああ、一体どれだけの命を吸ってるんだからわかりゃしねぇ……。そういやぁ、譲ちゃんは大丈夫なのか?」


「ん? ああ、大量の魂力を吸収して目覚めた耐性スキルみたいなので平気らしいぞ」


「ほぉ、そりゃあすげぇ。……ま、嘘っぽいが深く追求すんよは止めといてやるよ。……一応言っとくが、魔族だってオチなら俺は気にしねぇぜ。この湖での戦い前にちぃと遊んでた相手の人魚だって、魔族だからっ――――」


 ゴスッ。


 杖がラルクの頭の上へと振り下ろされ、ラルクが悶絶している。人魚であるレラが、地面で悶絶しているラルクを拾った木の棒でつっついた。


「お、おぃ人魚の譲ちゃん? 何処つついてんだ? そいつぁ俺様のビックマイサンだぜ?」


「……普通くらいって、聞いた」


 表情の無い顔でそう言ったレラ。術師風の女が、笑顔でラルクの頭側に立つ。


「あらごめんなさい? 手が滑ったわ」


「あ、アマリア? 何でまたその杖を振り上げてるんだ? ま、待てっ! あ、見えた、黒だわ」


「待たない」


 ゴスッ。


 再び殴られたラルクは、声にならない叫びを上げながら地面を転がりまわっている。


「まっく、私には手を出さない癖に…………」


「……アマリア、出して欲しかったのか」


「え、トリステンさん、今更気づいたんですか? まぁ、トリステンさんは自身に対する好意にも鈍いですからね」


「……トミー、俺は初耳だ」


 偶然にもこの変な場面で名前の判明した術師風の女――アマリア、その名前が判明したところで、ギルド長のアドルフが手を軽く上げ、静止の声を掛けてきた。


「入り口を見ろ。入ってくるぞ」


 その一言で先程までの弛緩した空気は消え去り、全員が適度な緊張感と共に真剣な面構えとなる。俺の目にも、入り口から入ってくるそれらが見えた。


 ――リザードマン? とそう思いながら鱗の肌を持つそれらを観察していると、ギルド長が何時もの如く説明を始めた。


「こいつ等を知らない冒険者は、依頼の前に図書館に篭れ。あの蜥蜴顔はリザードマン。彼らは数え切れない程の部族に分かれて暮らし、一部は人間とも交易しているらしい。街中で見かけても切りかかるなよ? 彼らの鱗は鉄製の鎧よりも硬い。個体によっては、魔法金属以上だとも聞く。武術、剣術共に並の冒険者以上の実力を持っているし、頭も良い。さっきまでのと違って、弱点はその足の遅さだけだ」


「……なるほど、だから前二つからこんなに離れていたのか」


「お前は確か、ヨウとか言ったか? 今この中でリザードマンをタイマン以上で相手に出来るのは、ラルクをリーダーとした《黒い隻腕》の面々と、お前だけだ。――が、お前はあまり前に出てくれるなよ?」


「命が大事だからな、そう気張るつもりはない。でも、何でだ? タイマン以上で戦える人間を前に出すのはセオリーだろ?」


「……連れの少女。アレはな……アレが帰ってきた時にお前さんが居ないと、間違いなく発狂する。そういうタイプの冒険者だ。下手をしたらこの集団が皆殺しにされかねない程に、お前に依存していて危うい。俺はな……似た様な冒険者を何人か知っている」


 言い聞かせるように語るギルド長。その目は一切の冗談を言っている風では無く、完全に本気の目だった。


 だからこそ、俺は若干の苛立ちを覚える。幾ら俺が死んだからと言って、ニコラが関係の無い人間を殺すとは思えなかったからだ。


「そんな訳無いだろ」


「……自覚は無しか。まあいい、お前が生きている限りは、連れの少女もこちらの味方だ。……くれぐれも死んでくれるなよ?」


「ああ……と言っても、元々死ぬつもりは無いけどな」


 そんな話をしていると……一際体躯の良いリザードマンが入り口から現れた。鱗は赤く、蜥蜴顔と言うよりは竜人間という見た目。顔と尻尾は完全に竜であるが体の殆どはリザードマンにも見える。


 ――しかし、通常のリザードマンとは違い足が長いく、腰には通常よりもかなり大きめの曲剣が下げられていた。名前も知らない冒険者が、ギルド長に小声で問いかける。


「ギルド長、あれはなんて魔物ですか? 俺は見たことが無いので、少しでも情報が欲しいです」


「…………」


「ギルド長?」


 ギルド長の顔から、血の気が引いている。


「……なんだ……あれは……」


「へ?」


「まさか、ギルド長に知らない魔物が?」


「……あぁ、全くの初見だ……資料でも見たことが無い。竜人とも違う。ドレイクンとも違う。リザードマンとも……何処か違う。なんだあれは? ……取り敢えず竜の頭をしているんだ、ブレスには警戒しておけ。出来るならアレの相手は《黒の隻腕》か、間に合えばヨウの相方に相手をして貰いたい。流石に魔族領から進行して来ただけあるな……恐らく、今後も初見の魔物は増えてくるだろう」


「本当に始まるんですね……魔王軍との戦争が」


「……ああ。しかも、勇者無しでな」


 森の中に潜んでいる面々の空気は重く、息苦しい。敵の集団が通り過ぎ……先の二つの敵集団と同じく先頭のリザードマンが味方の隊列を発見し、盾を構えて走り出す。


 あと少しで接触……という所で、敵指揮官と思われるドラゴンリザードが森から最も近い場所を通る。その時――。

 ――ドラゴンリザードが立ち止まり、こちらを見た。


「シッ、動くなよ」


 ギルド長が動き出そうとする冒険者に、押し殺した声で静止を呼びかける。もし、相手の行動が偶々此方を見たものであれば、動く事で位置を教えてしまう事になる。


 ――しかし次の相手の行動で、その浅い思考は吹き飛んだ。


 ブツブツと何かを呟いているのか、僅かに動くドラゴンリザードの口。バッ! とドラゴンリザードが手を上げた。


「クソッ!! 全員――ッ! 散開しろぉおおおおお――ッッ!!」


 ギルド長の掛け声で、既に逃げの体勢を作っていた全員は綺麗にそれぞれの方向に駆け出した。それと同時にドラゴンリザードの手が下ろされ……突如現れた無数の火の玉が、散開した冒険者が居る森の中に打ち込まれる。


 それは通常の火の玉では無く、粘着質で、高温の火の玉。その一発が、レラの手を引き逃げていた俺の居る方向で炸裂し、走っていた女冒険者の一人に当たる。


「ギャアアアアアアアッッ!!」


「馬鹿野郎! 転がれッ!!」


 その灼熱の中でも誰かの叫びが聞こえていたのか、女冒険者は地面を転がる。そして近で声を上げた男冒険者と俺はそれぞれポーションを取り出し、その女冒険者に振りかけた。

 ――粘着質な火が消えない。


「ギギギギギッッ!!」


「レラ!!」


「【いっぱいの水】」


 水がワンドの先から勢い良く噴出し、蒸気を上げる。――が、それでも焼け石に水だ。


 必死に転がっていた女冒険者の動きが止まる。俺は少しでも火が消せ……癒せたらと思い、残っていたG級治癒ポーション三本全ての栓を抜き、冒険者に振り掛ける。


 ジュウウウ……と水分が蒸発する音が響くも、粘着質の火は消えない。女冒険者は既に、僅かに痙攣するのみとなっている。


 俺は……この粘着質な火の正体を知っていた。


 ――溶岩かよこれッッ!! 内心でそう叫びながらも特AA級治療ポーションを取り出し、蓋を開ける。


「クソックソックソッ!!」


 特AA級治療ポーションを地面で焼けていく女冒険者に振りかけようとし……その手は止められた。


「無理だ……もう死んでる……。その高そうなポーションは自分か、それを使って助かる奴に使ってやってくれ……。オレのパートナーは、もう…………」


 そう言った男冒険者の目には、大粒の涙が溜まっていた。この場で大泣きしないのは、それが死と直結しているという事を知っているからだろう……。


「……クソッッ!!」


 乱暴にポーションの口に栓を押し込み、それをアイテム袋へと突っ込んだ。


「まだ終わってないぞ、リザードマンがどんどんこっちに向かってきてやがる。……オレ達……孤立してるな」


「……やるしか無いだろ……この人の分も。……そうだろ? 戦友」


 バスターソードを引き抜きながら言った俺の言葉に、一瞬キョトンとした顔になった名前も知らない冒険者。……が、すぐさま長剣を引き抜き、僅かに笑った。


「ああ、町に着いたらオレのやけ酒に付き合ってくれよッ! 子持ちの兄弟さんよォッ!」


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