第20話『水際中の戦い』二

「俺様もちょっと野暮用が――――イテェ!!」


 森の方へと歩いていこうとする腕自慢の戦士の頭に杖が振り下ろされ、ゴチン! と派手な音と同時に「ばかっ、あっちを見て」と聞こえてきた。


 腕自慢の戦士が「あ?」と言いながら見た先には居たのは……俺。


「ほら、凄い殺気よ」


「わ……わりぃ……本気じゃねぇんだ」


「分かってる。ああ、分かってるとも。止めて欲しかったんだよな? …………息の根を」


「い、いや、止めて欲しかったのは俺の行動をだ! パーティーメンバーに、だぜ!? いや、ほんと! なぁ!」


 俺はフッと殺気を収め、顔に笑みを浮かべながら最後だけを小声でそう言った。それに対し、術詩風の女へと引きつった顔で振り返った腕自慢の戦士。


 術詩風の女、術師風の男、剣詩風の男。腕自慢の戦士のパーティーは全員、腕自慢の戦士と目を合わせない。


「誰か同意しろよお前らッ! おい! トリステン! トミー!!」


「…………自業自得よ」


「……悪い」


「……ラルクさん、申し訳ありません」


 ようやく名前の判明した腕自慢の戦士であるラルク。ロマンも何も無い、どうしようもなく格好悪い場面での判明。


 術師風の女がそう言ったかと思えば、それに続くように顔を合わせずに言った剣士風の男――トリステン、術師風の男――トミー。そう言われた腕自慢の戦士……ラルクは顔を更に引き攣らせ、俺に向き直ってから「仲間がいのねぇ奴等だろ?」と言っては、術師風の女に杖を振り下ろされていた。


「おいおい、死んだぜあいつ」


 地面に転がる腕自慢の冒険者ラルクを指差して、誰がが言った。そんなやり取りの直ぐあと……出来る限り前を隠しているフード付きマントを羽織ったニコラが現れ、赤と白のゴシックワンピースを俺に手渡してくる。


 ――あったかい……と思いつつもなんとかその言葉を飲み込んだ俺は、できる限り真剣な顔で、「行けるか?」と言った。


 羞恥で顔の赤いニコラは小さく頷き、湖の前へ。そして……フード付きマントを脱ぎ捨てる。


 ――やばい、とそんな感想しか思い浮かばなかった。俺の視線は、ニコラの水着姿に釘付けだ。


 ぴっちりと張り付いた白スクはニコラのバランスの良い体格をそのまま見せ、更にそれを強調している。そして少しむっちりとした太ももは男ならば誰しも一度は触ってみたい……と思える程に柔らかげで、シミ一つない白い肌。


「それじゃ、行ってくるね」


 クレイモアを抜いて、一度俺の方へと振り向いたニコラ。その腹部にある長方形のスペースに平仮名で《にこら》、と書かれていた。


「……ああ、頼んだ……」


 ニコラが湖に飛び込み、水飛沫が上がる。呆けた表情でそれを見送った俺は……まだ温もりの残っているニコラの衣類を見て、下着が出来る限り中に隠されている事に気づいく。


 が、それを他人の居るこの場で暴くような事はせず、アイテム袋に仕舞う。そこで気づく。


 ――この場には多くの他人が居た事に。レラがそっと手を放し、離れていった。


 辺りを見回した俺は、俺と同じく呆けた表情で固まっている男達を見た。一部の者らは鼻血すら流している。


 高潔な騎士道精神は何処に置いてきたのか、リュポフは鼻から血を流している一人だ。ニコラにボコボコにされた際に、頭を悪くしてしまったらしい。


「よし、今から全員の目を潰すから――並べっ!」


「またそんな冗談を――――ちげぇ! こいつ本気だ!! 全員で取り押さえろ!!」


「放せラルク!! 俺は男に抱きつかれる趣味は無い!!」


「俺様だってねぇよ!! 兎に角落ち着け! くそっ、こいつ力がめちゃくちゃつえェ!! 目を失いたくなけりゃ全員で縛り上げるぞ!!」


 そんなやり取りは、俺が成長痛の痛みで悶絶し始めるまで続いた。 



  ◇



 水面から少し潜ると……そこは日の光の届かない水の中。ニコラは息を止め、気配を頼りに水の底へと泳ぎ進めていた。


 ――結構深そう。そんな感想を胸に強い力で水を掻き、人の形をした生物にしては驚異的スピードを出して進んでいた。そしてニコラは……驚きの事実に気づく。


 ――この水着、もしかしてボクの防具性能を引き継いでる?


 水着の胸の部分を僅かに引っ張り確かめてみるが、質感は唯の薄い白スクだ。しかし、意識せずとも理解できてしまう。


 今着ている薄生地の白のスクール水着には、つい先程まで着ていた赤と白のゴシックワンピートと同等の防御力と、その他能力上昇の効果があるという事に。そしてその能力の引継ぎは……ニコラが元の世界で着た事のある服限定で起こる現象であり、ニコラが着ていなければ唯の自浄作用と自己修復の施された服となる。


 ――良かったような、悪かったような……。


 と思ったニコラの内心は複雑である。万が一この防御性能が元の世界の服全てに施されるのだとしたら、この白スクをヨウの服の下に着てもらわなくてはならないところだった。


 なんせ、どんな羞恥もヨウの命には変えられないのだから。


 そんな事を考えながら進んでいると……不意に暗闇が晴れ、明るく透明な水へと変化した。水底の方には上へと向いている射出口のある物が無数に設置されており、地上に降り注いでいた水の槍はそこから出ていたのだと察せられる。


 ――いた。


 ニコラの視線の先では、百近いスケルタルナイトが剣による突きを主軸にして人魚達を攻撃していた。当然、人魚達もトライデントで応戦しているが、何故か魔法や魔術を使わずに水中限定の機動力を武器に戦っている。


 スケルタルナイトは骨。魔石部分を正確に貫く事が出来ないのなら刺突武器のトライデントは有効では無い。


 そして一部の人魚達の下半身は人の足のままで、これでは自慢の水中機動力も役には立たない。派手に傷ついている者の殆どは、人の足をしている者達だ。


 スケルタルナイトの残骸もかなりの数落ちているのだが、それに取り付かれるように串刺しにされている人魚も二、三居た。水面に浮かび上がってきたのは、そんな被害者の誰かだろう。


 ――っと、助けに来たんだった、と思い直し行動を開始。


 水の中を人魚達には劣るにしてもかなりその速度で突き進んだニコラは、直ぐにスケルタルナイトと人魚の交戦する場所に辿り着く。ギョッとした顔になった人魚達の視線は、ニコラに釘付けだ。


 ニコラは水の激しい抵抗がある中で一度片足を海底に突き刺し、力任せクレイモアを振る。その攻撃はスケルタルナイトを数体纏めて薙ぎ倒した。


 通常であれば剣の速度などは遅く、とてもではないが勢いのある剣戟にはならない。だが、地面に固定された足と、その圧倒的な腕力によってそれは可能とされた。


 しかしニコラは顔を顰め、クレイモアを海底に突き刺す。突き出されたスケルタルナイトの剣を避けたかと思えばそれを掴み、引き寄せ、骨を砕きながら魔石のある場所に手を突っ込んで……引き抜く。


 ――クレイモアは置いてくればよかったなぁ……と内心で思いながら、クレイモアを振るう速度よりも速く、スケルタルナイトの数を減らしていった。


『人間がどうして、あの魔水を平気?』


『息、渡した方が良いんじゃない? 口移しでなら、少し渡せるかも』


『あの女の子。すごく強い。でも、格好がえっち。あと……子種欲しい』


『強い子供。生まれそう』


 ――格好はボクの趣味じゃないからほっといて!! そう叫ぼうにも流石に水中で声を出す事は出来ず、ニコラは目の前のスケルタルナイトに八つ当たりをする。


『地上。次が来そう。援護しなきゃ』


『でも、人間の女の子』


『次のは。湖に引きずり込めば大丈夫そう』


『助けないと。地上危ないかも』


『人間。ここは任せてもいい?』


 人魚達の言葉に頷き、口パクで、行って、と伝えながら目の前のスケルタルナイトを砕いた。それを理解したのか、一人の人魚を残して人魚達は散っていく。


『最後。私が地上まで引っ張る』


 見覚えのある水色髪の人魚にそう言われ、ニコラは頷いた。そして目の前のスケルタルナイトを砕く作業に集中していく。


 チラリと見た水色髪の人魚の下半身は、きっちり魚だった。


 ――ボク達に構ってたせいでなのかな? と思わないでも無かったが……今は少しでも早く目の前のスケルタルナイトを倒して地上に戻らないといけない、という思いからその考えを掻き消した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る