第23話『眠る者と踊る者』二

 湖への攻撃が無駄だと判断したのか、ドラゴンリザードが抜き身の曲剣を構えて数歩後退り――――跳んだ。その直線上にいるのは、俺。


 ――叩き切れるか!? いや――!! 


 一直線に跳んで来たドラゴンリザードの切っ先がこちらに向けられているのに直感的な危険を感じた俺は、横っ飛びで回避。

 先程まで俺の居た場所に――火球が命中。溶岩玉では無く、通常の火の玉が放たれたようだ。


 ――クソッ! 魔術も使うのか!! そう内心で悪態を吐きながらも、一息ついている暇は無い。俺の直ぐ傍に着地したドラゴンリザードは横薙ぎを放ち、俺はそれをバスターソードで弾く。


「――フッ!!」


 軽く息を整えながらがら、空きとなったその胸へと向けて剣撃を放つが――弾かれた。

 そう、俺の通常攻撃では、ドラゴンリザードの鱗を断つ事は出来なかったのだ。せいぜい傷が付いた程度。


「【ハードスラッシュ】」


 ドラゴンリザードの口が開き、しゃがれた声が聞こえて来た。その言葉が出た瞬間ドラゴンリザードの曲剣は僅かに光を纏い、動き出す。


「【パワーストライク!!】」


 振り下ろされる曲剣に向かい、一ミリのズレも無く放った突き攻撃。それは振り下ろされかけていた曲剣を再度弾き上げる。

 すると今度は、ドラゴンリザードの反対の手から放たれる爪による鋭い突き攻撃。


 ――やばい。そう思った時には既に手遅れ……ドラゴンリザードの爪が俺のわき腹に突き刺さる。


「グゥッッ!!」


 思わず、くぐもった声が出てしまう。思えば、これがこの世界に来ての、初めての負傷だ。

 痛い、という言葉では言い表せない程の激痛。リアルな痛みは様々な思考を鈍らせ、行動を遅らせてしまう。


 今にも全てを投げ出し、泣きながら地面を転がりまわりたい……という感情が湧き上がるが、それを何とかそれを抑え込む。そしてドラゴンリザードに蹴りを放った。


 突き刺された爪は抜けたが、吹き飛んだのは俺の方。辺りに血を撒き散らせながら、地面に倒れてしまう。


 慌てて起き上がろうとしたが……脇腹の激痛に一瞬動きが止まってしまった。そこに――ドラゴンリザードの追撃が。

 両方の足が、切り落とされた。


「がぁああああああああッッ!!」


 熱い。切られた場所がただただ熱い。俺は既に、意識を手放す一歩手前だ。


 再度振り上げられたそれは、明らかに止めの一撃。転がって回避しないとという意思は湧き上がるのだが、体が言う事を聞かない。


 ドラゴンリザードの曲剣が振り下ろされ、俺は命を落とす。












 ――筈だった。


「【うわああああああああああああああ!!】」


 それは、男冒険者の恐怖が入り混じった声。それがすぐ傍、ドラゴンリザードの背後から聞こえて来た。

 ガギィ! と硬質な何かがぶつかりあう音。


 起動句こそ叫び声であったが、放たれたスキルは俺で言う【パワーストライク】だ。そして金属音は、男冒険者の攻撃が弾かれた音。


 圧倒的な能力差……それは俺とドラゴンリザードの差とは違い、何をしても覆らない程の実力差。レベル制オンラインゲームで稀に見かける、どうしようもなく無謀な戦いに近い。


 離れた位置から水の槍が飛んできて、ドラゴンリザードの鱗に当たるのだが……弾かれた。


「に、逃げろッ!」


 俺の叫びも届かず、再度ドラゴンリザードの頭部にスキルを放つ男冒険者。


「【レジーの仇いいい!!】」


 再度光を纏い、放たれた突きのスキル。

 それに対し、ドラゴンリザードは振り下ろしかけていた曲剣の動きを止めており、振り返り様に男冒険者を切り裂いた。


 水っぽい音と同時に――何かが地面に落ちた音。それに続き、何かが倒れた。

 掠れた視界の先に見えるのは胴体と、その上で両断された男冒険者。


 ――無意味かもしれない。


 それでも……動かずには居られなかった。


 俺はアイテム袋から取り出した特AA級治療ポーションの栓を抜き、歯を食いしばって男冒険者の頭部に投げつけた。すると、瓶が割れる音が耳へと入ってくる。


 掠れた視界の中でも、なんとか男に当てる事に成功したらしい。そして、特AA級治療ポーションをもう一つ取り出したところで――気がついた。


 ――ああ、まぁそうだよな。


 心の中でそう呟き、俺の掠れた視界に映っているのは……再度振り上げられた曲剣。――それが、振り下ろされる。


 俺は諦め、目を閉じた。――が、ガキィイイン! という金属と金属がぶつかり合う音が耳に入ってくる。

 俺はなんとか目を開け、それを見た。


「おぅ、大丈夫――じゃなさそうだな。わりぃ、遅くなった」


 この声はラルクだ。それからなんとなくドラゴンリザードが離れた気配を感じた。

 ――魔法か何かで吹き飛ばしたのか? と思いつつも……地面に転がったままの姿勢で顔を上に向ければ、誰かの股越しに杖を構えているアマーリアと術詩風の男トミーが見えた。


「こ、これを使えばいいの?」


 近くから聞こえて来たのは人魚の少女、レラの声。その声は普段の抑揚が無い声とは違い、僅かに感情の揺れが感じられる声だ。


 俺は気が付いた。掠れた視界の中で見えているのはレラの足と、その太ももであると。……が、今見えているのは掠れた視界の中で僅かに見える肌色と、水色のみ。


 その水色は鱗だろうと察する事が出来た。必死に目を見開き、確実に見えている筈の服の中を見ようとするが……何故か、ラルクらを見た時の数倍は視界が掠れており、何も見えない。


 手に持っていたポーションが誰かに取り上げられたのに気づく。そして液体が口に、傷口に流されたのを感じた。


 即座に体の中を何かが巡り渡るのを感じた俺は……震える体に力を入れ、男冒険者の方を見ようとして……その前に、自身の足が目に入った。


 咄嗟に支えになってくれたレラに支えられながら自分の足を見ていると、デュルルルッ!! という効果音が似合う感じに新たな足が生えてきた。


 ――控えめにいって、かなりキモイ。


「気持ち悪いー」


 レラの突っ込みが入る。当然だ、生えてきた足のすぐ傍には、もう一式俺の足があるのだから。


 苦笑いを浮かべながら再度男冒険者の方を見てみれば……這って移動していたのか、下半身全裸の男冒険者はそこそこ遠くまで移動していた。


 すぐ近くには男冒険者の下半身。


 ――良かった……助かったのか、という思いと同時に、どうやって下半身が生えたのかを想像してしまい……吐き気を催してしまう。


 が、それも一瞬。目前ではラルク率いる《黒の隻腕》が、パーティーの連携を巧みに生かして戦っている。


 ――あの中に入っても邪魔にしかならないか……と思い、俺はリザードマンの血と俺の血で真っ赤なバスターソードを握り直す。レラを援護要因として残して、正気を取り戻しかけているリザードマンを中心に切り捨て始めた。


 血液不足でかなり気だるいのだが、そんな事も言っていられない。湖近くのリザードマンを仕留めた、その時。


 ザバッ! と水面から音がする。そこを見ると、ニコラが湖から出てきていた。


 全身水で濡れた白のスクール水着姿のニコラは、普段であればじっくりと見たいという衝動に駆られただろう。――だが、今は違った。


「ごめん、手間取ってた」


「ニコラ、本当に悪いと思う……でも、頼む! 直ぐにラルク――腕自慢冒険者の援護に行ってくれ……ッッ!!」


「ん、分かった」


 頭を下げて頼み込んだ俺を、目を丸くして見たニコラ。辺りをぐるりと見回しそう答えたニコラは、未だに剣戟の音が鳴り止まない方を見て……次の瞬間――跳んだ。


 しっかりと地面を踏みしめて飛んでいったニコラ。それは水に陽の光が反射するのも相まって、白い閃光のように見えた。


 踏みしめられた場所にはいったいどれだけの力が込められたのか、大きく削れている。閃光のように飛んで行ったニコラを見送った少し後。


 数度、とてつもなく大きな金属のぶつかり合う音がしたかと思えば……それが砕ける音。


 それに続いて金属とは違った、何か硬質な物が割れる音が聞こえて来た。俺がそれでも手だけは止めまいと、森側に向かいながら近場のリザードマンに止めを刺していると……ニコラが現れる。


「ふぅ、結構強かったかな? とどめ刺せる? ここね、ここ」


「……あ、あぁ……」


 ニコラの指差した箇所は……既に痙攣するのみとなっているドラゴンリザードの、人間で言う心臓の位置。丁寧な事にその部分の鱗は無理やり剥がされており、あとは食べるだけという状態だ。


 つい先程までは恐怖の象徴にすらなりかけていたドラゴンリザードの、見るも無残な姿。

 言われた位置にバスターソードを突き刺すと……何かが割れる音と同時に、ドラゴンリザードは完全に息絶えた。


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