第10話『凶報は無事届く』一

 リュポフが運ばれていった場所を後にした俺とニコラ。宿にあるお湯の魔道具を借りて汚れを落とし、部屋へと戻っていた。


 部屋の作りは一緒であったが。ベッドが二つ用意されている。俺は自身のベッドに腰を下ろし、ニコラも自分のベッドに靴を脱いで座っていた。


「で、何であんなに態度が悪かったんだ? あの騎士に対して」


「う……キミとの訓練でさ、思考が戦闘モードに入ってたと言うか……その……」


「なるほど? まぁそれは置いといて」


「あ、やっぱり気にして無いんだね」


「まあな」


 そこで一呼吸を置いたあと、本題である。俺は最も気になった事をニコラに問い正すべく、口を開く。


「攻撃系のスキルが、この世界にはあるんだな? 魔法もか?」


「……うん」


 そこで深く溜息を吐き出した俺は気持ちを落ち着け、出来る限り落ち着いた口調で話しをする。


「ニコラ……お前、知ってたな? 知ってて俺に黙ってたな? あの騎士がスキルを放った瞬間、お前は一切驚いて無かった。……なんで黙ってた……」


 何故、ニコラはこの事を知っていて黙っていたのか……という思考が頭の中でぐるぐると回る。鎮痛な面持ちとなったニコラはちらちらと上目遣いで俺の様子を伺った後、ゆっくりと口を開いた。


「ボクね、森の中でキミが目覚める前に試したんだ……スキルを」


「そうか」


「でね、発動しなかったんだよ。魔法も魔術も同じく、仕組みは理解してるんだよ? スキルは起動句を言う事で体内の魔力が空気中の魔素と反応して発動。魔法は詠唱と起動句で発動。魔術は起動句だけなんだけど触媒が必要で、威力も魔法より弱い。だけどボクには――ボクの世界には……魔力なんてもの、無いんだよ」


 そこでようやく、ニコラが黙っていた理由が少し分かった。元々のゲーム、ライゼリックオンラインのステータスには魔力、MPというものが存在していない。


 あったとしてもスタミナのみだ。そう、つまりライゼリックオンラインのキャラクターには魔力が無く――スキルが使えない、という事なのだろう。


 悲しげな表情のまま、ニコラが言葉を続ける。


「でね? キミもボクと同じ所から来たでしょ? だから……その、ガッカリさせたくなくて……んと、中々言い出せなかったんだ……。本当は相手がスキルを使ってくるって事だけでも、先に知らせるべきだったよね……」


 落ち込むニコラはそこで言葉を止めたが……まだ、何かを言いたそうにしていると気づいた。俺は先を促す事にする。


「最後まで言ってくれ。何があっても怒らないから」


「……ヨウ君ってば一度、別の世界に浮気しようとしてたでしょ?」


 俺は〝別の世界〟という言葉に、思い当たる節があった。ライゼリックオンラインのサービス開始から三年後に出たオンラインゲームの事だろう。


 空を飛ぶ事が出来、スキルや魔法のある世界。それに憧れ、そちらに移ろうとしていた時期があった。


「その時のキミがあんまりにも楽しそうに、その世界の事やスキルの事、それから魔法の事を話してたからさ……教えるのは、ヨウ君が戦闘を始めるようになってからで良いかなって……」


 忘れる訳も無い、そのオンラインゲームの事をニコラに話した時の事を。楽しげに話した俺とは対照的に、その瞳を涙でいっぱいにして……「行かないで!」と懇願してきた彼女の顔を。


「ああ……分かった。もういい、俺にも原因があったのは分かった」


「ご、ごめんね……」


 俺は優しくニコラの頭を撫でてやる。さらりとした髪の毛は何時までも触っていたくなる髪質であり、ニコラが嫌がらないというのもあって、ついつい撫ですぎてしまった。


 何時の間にか外は暗くなっており、雨が降っているのか雨音が聞こえて来る。俺がゆっくりと立ち上がり、蝋燭に着火の魔道具で火を点けると……部屋の中に優しい灯りが広がった。


「使えるって聞いて使えなかったら、確かに少し落ち込んだかもしれない……が、まぁ一応、試すだけ試してみるか」


「……うん」


 短くそう答えたニコラの声は、少し蕩けていた。長く撫ですぎたかもしれない。


「【パワーストライク!!】」


 俺は駄目元で立て掛けてあったバスターソードを手に取り、鞘から抜きながら口に出した。瞬間――僅かにバスタードが光を帯びたかと思えば、俺の意思とは関係無く勝手に剣が突き進む。


 ――その向かう先は宿の窓――。


「――ッッ!!」


 ――ガンッ!! と剣戟が弾かれ、その光が消えた。

 ニコラが素早く立ち上がり、立て掛けてあったクレイモアで弾き上げたのだ。


「使えちゃったな。危うく壁に大穴だ」


「うん、万馬券が的中するとこだったね」


「……お財布真っ赤券の間違いだろ」


「全身が赤く?」


「それは山王拳」


 ニコラはそんな事を言いながらクレイモアを元の位置に立て掛け、足の裏に付いた埃を払って自分のベットに座った。俺は苦笑いを浮かべながら口を開く。


「ステータス初期化にはこういう意味があったのか。つまり……俺の体には魔力が流れているし、メールの『成長次第で勝てるかもしれない』というのは、こういう事だって訳だ」


「一応、基本スキルくらいなら教えられると思うけど……どうする?」


 俺は自分のベットに腰を下ろしながら、ニコラのその言葉に考え込む。

 別のオンラインゲームに浮気をしようとした原因である、スキルや魔法のシステム。それ関係で泣いた彼女に教えを請うのは、果たして良いのだろうか。


 そもそも、これを使う事でニコラの不興を買うのはどうしても避けたい。そんな事を考えながら……慎重に口を開く。


「ニコラ、お前が嫌ならスキルも魔法も使わずにやっていくぞ?」


「嫌だなんてそんな! 嫌なのはキミがボクの前から居なくなる事で、ヨウ君がスキルや魔法を使う事じゃないよ! むしろ、キミが強くなれるのならボクは喜んでスキル、魔法の習得に力を貸すよ!! ……強くなれるなら、だけど……」


 ニコラの最後の言葉は不の感情から来たものでは無く、苦笑いを浮かべつつ……スキルで本当に強くなれるのかな? と言いたげな顔だった。


「……実は俺も思った。スキルは発動さると、俺の意思とは関係無く突き進む。ある程度の調整は利くとは思うが……それでも、俺の知ってる凄腕相手にスキルを放てば、間違いなく大きな隙になる。……というか普通に死ぬ」


「だよね。まぁ、それでも手札が多いに越した事は無いし、明日一緒に練習しよ?」


「ああ、分かった」


 蝋燭の炎に照らされるニコラの肌は美しく、俺は話ながらもそれに魅了されてしまいそうになる。襲いかかりたい……という衝動を気力で抑え込み、なんとか平常心を保つ。


「ニコラは全て弾いていたせいで気づかなかったかもしれないが……スキルにはもう一つ、致命的な弱点がある」


「それは?」


「それは――スキル後硬直だ」


「なっ!?」


 近接戦においてそれは致命的すぎるデメリット。何故なら、一定以上の実力者同士の近接戦は……コンマ三秒以上の隙を、絶対に逃さない。


「スキルを使って本能的に分かった事なんだけどな。他のスキルは分からんが、パワーストライクに関しては半秒くらいの硬直だ。ちなみに、弾かれれば硬直は無い」


「半秒……全力を出せばだけど、ボクなら三回切り付けれる自信があるよ。……スキル、よっわぁ……」


「威力はそこそこ上がってる感じはあるんだけどな」


「まぁ、使い所を考えて放つって感じかな? それも明日のスキルの練習で試そっか。またボクが相手になるからさ!」


 良い笑顔で言うニコラだか……俺は左手で頭を抱えてしまう。余りにもステータスの差が激しい為……どのようにスキルを放っても弾かれるか、避けられて寸止めされる未来しか見えない。

 俺は負けず嫌いだ。結果……恥を忍んでニコラに直接弱点を聞く事に。


「ニコラ、お前に弱点は?」


「え? ボクの弱点?」


 そう疑問顔で首を傾げたニコラは、自分の胸に手を当てて……しょんぼり。次に白タイツとパンツの間で見えている色白なむっちり太ももをぷにぷにと触ったかと思えば、俺に向き直り……俺を指差した。

 ……えろい。


「ボクの一番の弱点はヨウ君、キミだよ。万が一キミが人質に取られでもしたら、ボクは何も出来なくなる」


「……ニコラ、一つ良いか?」


 何時に無く真剣な顔つきとなる俺に、ニコラが不安げに「いいよ」と返してきた。


「無い乳も! むっちり太股だって弱点じゃない! 俺にとっては最高だ!」


「な、何を突然言い出すのさキミは! ま、まぁ? ヨウ君が好きならそれで良いんだけど……あ、突然巨乳ほっそり派になったりしないでよ?」


「…………ああ」


「何で自信なさげ!?」


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