第9話『行け! 家のゴ……娘!』三

 外へと出た俺とニコラの二人は、宿の表にて向き合った。ニコラはクレイモアを右手のみの構えている。

 俺はバスターソードを両手で、右後方に刃先を流すように構えた。


「それじゃ、ボクなら傷付く心配も無いから思いっきり、慣らす感じで打ち込んできて」


「ああ――行くぞ」


 ニコラ、俺、共に雰囲気が変わる。どちらも真剣そのものの雰囲気だ。

 まずは俺が駆け出し、切り上げを放つが――キンッ! という音と共に弾かれた。今度は、と弾かれた衝撃を利用して回転切り。


「ぐっ――!」


 再びガキンッ! と甲高い音を立てて弾かれる。


「どう? 今の動きは腕の筋肉が痛かったんじゃない? 筋力不足だよ」


「みたいだ――――なッッ!!」


 俺は姿勢を低くし、しゃがみ込むように回し切りを放つ。狙いは足首。

 ふわり……とニコラが跳び――ガチャン!!

 ニコラは俺のバスターソードを踏みつけ、更にはクレイモアで剣身に衝撃を与える。


「――ッッ!!」


「ここまで、だね」


 ニコラのクレイモアは……俺の頭から少し離れた位置で止まっていた。


「……腕が痺れたぞ」


「ごめんね。でも剣から手を放さいのは流石だと思うよ? まあ――今の場合だと、剣を手放して下がらないと死んじゃうかな?」


 明らかな愚行だったのに、一応は褒めてくれるニコラ。優しいな……と思いながら、俺は苦笑いを浮かべた。

 そこでニコラはクレイモアを下ろし、俺もバスターソードから手を放す。


「ここまで感覚が違うとはな……」


「キミは仮想と現実、それからステータスの違いが揃ってるから無理も無いよ。毎日少しずつ慣らしてこ?」


「ああ、これで力の扱いを覚えて、力の調節を覚えて行かないとな。レベルアップによるステータスの増加で発生した、感覚のズレ……か。これが案外きつい」


「それじゃ」


「ああ、もう一回だ」


 しばらくの間そうして打ち合っていると……日が落ち始め、仕事終わりなのか村人の見物人が増えていた。


 傍から見るとか弱く見える少女。その少女の実力は、青年よりも圧倒的に上である。村人らは青年の技術と練度を駆使して行う攻防に、「おぉ」と感嘆の声を漏らし……時には、その無謀な攻め方に目を覆う。


 そんなトリッキーな動きを汗一つ流さず捌き切って見せる少女と、諦めずに攻め続ける青年の打ち合いは剣舞のようにも見えた。


 そんな模擬戦がしばらく続いたのち、青年は地面に腰を落とす。


「ああくそっ……ネタ切れだ。後半は本気で切るつもりで行ったんだけどなぁ……」


 俺の全身から力が抜け、戦闘時の緊張感が解けて弛緩する。


「かなり体の感覚掴めてきたんじゃない? それとヨウ君、急所への攻撃はフェイクでしか使って無いじゃないか。それって、本気って言えるの?」


「無茶を言うな無茶を。俺は寸止めなんて出来ないんだぞ? 万が一通ったらと思えば、急所に打ちこめる訳が……ふぅっ……無いだろ……」


 俺が体の熱を吐き出すように深く息を吐き出してみれば……その息は白い。その直ぐ後、村人達の拍手の音が響いた。


 その中から一人、拍手をしながら近づいて来る影が……。その男の恰好はかなり破損している全身鎧を身に纏っており、顔を見てみれば……リュポフ・ヘルハーゲンだ。


「ヨウ殿、その若さですごい剣技です。実践で鍛えられた技術、というやつですかね? それを軽々と受け流すニコラ譲は……ええ、強さのレベルが違い過ぎます」


「ふぅ……連絡は取れたのか?」


「ええ、無事王都に連絡を取る事は出来ました。……ただ、陥落したのは私の居た砦だけでは無く、東の前線基地は殆どやられているそうです。もう既に他国からり兵士が大量に向かってきているそうなのですが……それが何時頃になるのか……」


「どのくらいやばい?」


「そうですね……数百年小競り合いが続いていた隣国と手を取り合い、即座に同盟関係となるくらいには非常事態だとか……」


 若干気落ちした風になるリュポフ。

 怪しまれない程度に情報が欲しいな……と思い、俺は得た情報を頼りに知ったかをして答えてみる事にした。


「い、今までは境界を越えてまで来る事は無かったのにな……?」


「ええ、全くです。今までは境界山の洞窟を抜けての進行など、殆ど無かったのですからね。言い訳になりますが……不意を突かれました。……しかし、これは最悪な状況です。なんせ向こうは。戦争の準備が整っているという事なのですから」


「本当に最悪だな」


 ――戦争なんて命が幾つあっても足りない、と内心で思いながら顔を顰めたあと、俺は出来る限り境界山から離れた内陸を目指す事に決めた。


「ところで、お二人の鍛錬を見ていたら腕が疼いてきてしまいましてね。一試合どうですか?」


「……ニコラとやってくれ。見ての通り俺は限界だから、今度は見物人だ。ニコラに勝てたらチップを投げてやる」


 そう答えゆっくりと立ち上がれば、リュポフは若干肩を落とし、苦笑いを浮かべながらニコラの方へと向き直る。


「手加減して貰えます?」


「ごめんね。ヨウ君以外には、あまり手加減できないよ」


「……目標は、三十秒ですかね」


「仕留めて良いなら三秒で――」


 ――おい! と思いながらニコラの言葉を遮り、声を大にして叫ぶ。


「良い訳あるか!! 寸止めしろ、寸止め!! あと手加減もな!!」


「うぅ、冗談だって……」


「さて、それでは間を取って十五秒くらいは頑張りますか」


 リュポフが構えた。それに対し、自然体のニコラ。


「ん、何時でも良いよ」


「では、遠慮なく――ッッ!!」


 ニコラの方へと駆けるリュポフが剣を振り下ろす――ガキン!! という凄まじい音と共にリュポフの剣は弾かれ、リュポフも後方へ吹き飛ぶ。


「――グッ!! 何て力――!? 確かに腕が……痺れますね」


「今ので剣から手を放さないんだ。次は……もうちょっと力を入れようかな?」


「今ので手加減ですか……これは私も全力で――【ダッシュ!】」


 瞬間――リュポフの移動速度が何倍にも膨れ上がり、瞬きの間にニコラの右後方へと移動した。


「なっ!?」


 外野で見ていただけにも拘らず、俺は驚いて声を上げてしまった。

 そして俺とは違い、ニコラは平然とした様子で高速で移動したリュポフを目で追っている。


「【パワーストライク!!】」


 僅かに光を纏うリュポフの剣が、ニコラを襲う。


 ――ガキンッッ!!


 それを平然と弾いたニコラは、剣を振り下ろす。


「――ッ! し、【シールドバッシュ!!】」


 僅かに光を纏ったリュポフの盾がニコラを剣ごと殴りつけようと迫る。が――吹き飛んだのはリュポフの方。


 リュポフは全身鎧を着ていたにも関わらず二度もバウンドをし、錐揉み状に回転してガチャン、と地面に落ちた。

 そう、ニコラはその光を纏った盾ごとリュポフを弾き飛ばしたのだ。


「リュポフさんだっけ? ボクとヨウ君の鍛錬を見てた上で今の模擬戦、キミだけスキルを使うだなんて卑怯だと思わなかったのかい?」


「おい、色々突っ込みたいが……まず、殺してないよな?」


「大丈夫。かなり手加減したし、あの人普通の人と比べたらかなり頑丈だから」


 リュポフは震える手で懐から治癒ポーションを取り出したかと思えばそれを一息に飲み干した。


「……ふぅ……申し訳ありません。まるで、ドラゴンとでも戦ってるかの様な気分でになってしまい……反射的にスキルを……。自分の手も足も出なさに驚きましたよ……これでも、剣の腕には自身があったのですけどね……」


「あ、さっきグシャって踏んじゃったの、リュポフの自信だったんだね」


「ゴフッ!! どうせなら拾って取り込んでくださいよ」


「やだよ。汚い」


「ゴッフッ!!」


「ニコラ、そろそろ止めてやれ……って、もう遅いか」


 パタリ、と倒れたリュポフ。

 それを村人が数人掛かりでどこかへ運んで行った。


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