第11話『凶報は無事届く』二

 俺は可能性の上では無きにしも非ずな話題を切って、別の話をすることにした。


「今は何時だ?」


「露骨な話題逸らし!? ……二十時、かな?」


 不満げな顔をしつつも、聞いた事にはきっちりと答えてくれるニコラ。それにほっこりした俺はベットで寝転がり、そろそろ眠るという旨を告げる。


「少し早いけど寝るか。今日は鍛錬で疲れたからな」


「あ、寝る前にヨウ君にプレゼントがあるんだけど……良いかな? 出来る限り早く渡した方が良い物だよ」


「……なんだ……?」


 俺は寝たままの姿勢で、ニコラの方を見た。


「けほっ……っ! ……おぇっ……ッッ! ……オエッ!」


 途端にニコラが咽たかと思えば、口を両手で押さえて何かを吐き出し、それがニコラの手に収まる。


「はい!」


「…………」


 ニコラが両手で差し出した来た物。それはニコラの口から糸を引いており……切れた。差し出された物は一見すると赤い飴玉のような物なのだが、艶めかしくねっとりとしている。


「……プレゼント? それをどうしろと」


「食べて? いつも食べてたでしょ?」


「……? ……!?!?」


 一瞬……ニコラが何を言っているのか理解できなくて首を傾げ、少ししてから理解はしたが俺には意味が分からず、目を白黒させた。そんな俺の顔を、ニコラは不思議そうな顔で見てきた。


「ほら、カンストした後の経験値上限で手に入る、ステータス上昇アイテムだよ? 今は少しでもキミのステータスが高い方が良いでしょ? さっきジェネラルを倒した時、上限に達したんだ」


「……なるほど?」


 俺の記憶上でも、経験値上限で手に入る〝微ステータス上昇飴〟は知っている。しかし……それは口から出てくる物などではなく、アイテムボックというメニューから開く事が可能な場所へと自動的に入っていた。


 その為、ニコラの口から出てきたそれがなんなのかを即座に理解出来ず、一瞬だけ混乱したのだ。ニコラは手の中にある赤い玉をチラリと見た後、首を傾げた。


「なんで疑問形なのさ。すぐに出さなかったのにも理由があるんだよ? この世界だとね、経験値上限アメは出すタイミングが自由に決めれるんだ」


「いや……だが……」


「……? ただし、飴として出すまで以降の経験値は無駄になっちゃう……っと! この世界だとこのアイテム、五分で消えちゃうみたいだから……早く!!」


「ま、まてまてまて!! マ――――」


 赤い玉を手の上に乗せて迫ってきたニコラは素早く、とてもでは無いが回避する隙は無かった。口の開いていた俺の口の中へと飴が転がり込み、ニコラの手に残っていたねっとりとした粘液が俺の口から――正確には俺の口に押し当てられたニコラの手から……垂れる。


 赤い飴玉は僅かに苺の風味と味がしており、俺の口に入った瞬間溶けだし、十秒としないで完全に消えた。


 ニコラの手が……ゆっくりと俺の口から離れていく。その手からは俺の口までを繋ぐ糸を引いている。


 俺はゆっくりと、相手を不快にさせない程度の速さで、口元に付着したものを服の裾で拭った。目的を達成する事ができ、満足気な顔で自身のベッドへと戻って行くニコラ。


「これで良し!」


「……苺味がした……」


「……? いつも食べてたでしょ? ボクのステータス上昇飴は筋力系で、キミのも筋力系だったじゃん。それをボクたち、出たのを交互に食べてたよね?」


「今回が……初めてだ。いつもはアイテムボックスの中から、『使う』を選んで使ってた……」


「え?」


「客観的に考えてみろ、今の自分が何をしていたのかを。キスよりもレベルの高い事をしたんじゃないのか?」


 ニコラは口元に手を当て、しばらく思案気な顔をしていたが……やがて結論が出たのか、口を開いた。


「んー、確かに今のは変態的だったかもしれないけどさ、キミは他の人と動いてない時とかその場で使ってたよね。ボクからすると、慣れ? みたいなのがあって、キスよりも凄い事をしたって感じはしないんだよね。……というか、キスって禁止コードだったし……。そっか、キミからはそんな風に見えてたんだね」


「ああ、だから試しにキスもしてみよう」


「なんで!? もうちょっとムードとか考えてくれないかな?! もう寝る!」


 顔を赤くして布団に潜ったニコラを見届けてから……俺はワザとらしく一つ溜息を吐き、自分の布団を被って考えた。


 ――今回のやりとりは、ファースト……なんて言うのだろうか……と――。


 その後で余計な事も思い浮かんでしまい、気づいてしまった。ニコラの見ていた世界と、俺の見ていた世界は、違っていたという事に。


 ――俺はモンスターにやられても……死んだとしても、痛みは無かった。もしニコラが、ゲーム内でもリアルな痛みを感じていたのだとしたら――。


 そこまで考えた俺は思い出す。スキルの熟練度上げとしてとして、敵の攻撃を受け続けていた時の事を。


 それに対して――ニコラが痛みを感じていたのだとしたら――。


 俺は一人……ベットの中で声を出す事無く考え続け、苦悶の表情で眠れぬ夜を過ごしていた。

 そこからかなりの時間が経過し、ようやく眠れそうになってきたその時――。


 ――カンッ! カンッ! カンッ!! カンッ! カンッ! カンッ!!


 金属を打ち鳴らす音が村中に響く。俺は咄嗟に体を起こし、素早く窓から外を覗き見た。

 同時にニコラは体を起こしており、クレイモアを手に持って身構いている。


「様子はどう? 一応、近くには魔物の気配とかは感じないんだけど……」


 目を凝らして窓の外――明るくなっている場所を真剣な顔で見つめてみると……村の中央が明るくなっているのが見えた。


「村の中央が明るくなってるな。あれは……火事じゃない。松明か……? あと、そうじゃない明かりもあるな……。光の魔道具か?」


「何にせよ行って見ない事には何も分からないし、ボクが行って見て来る?」


「いや、二人で行こう。もう寝不足は確定なんだ、あとは寝ても寝て無くても大差ない」


「分かった」


 ニコラは頷き、先に扉を開けて待つ。俺はそれを追うように立てかけてあったバスターソードを装備し、駆け出した。


 村の中央広場に到着した時にはかなりの人が集まっており、俺は手近な人間に声を掛ける。


「何があった?」


「ああ、冒険者さんか。遠征に出ていた冒険者グループの盗賊が一人帰ってきたんだがね、その持って来た情報が……おっと、急いで荷造りをして寝てる連中を起こさないと! 冒険者さんはここに居てください! 騎士の方が定期的に同じ説明を繰り返していますので!!」


 そう言って立ち去っていった村人の指差した先にいたのは……高台に乗ったリュポフと、盗賊風の男だ。再び……金属を打ち鳴らす音が村中に響く。


「人も増えてきたようなので、もう一度説明します! ここから二日程先にある平原にて、三万の魔王軍を冒険者パーティーが確認!! それらの大群が進む進路上に、この村があるそうです! パーティーで最も足の早いこの方が一人でその道を駆け抜け、知らせに来てくれました!」


 声を張り上げ、必死に呼びかけているリュポフ。


「皆さん! 必要最低限の物を持って、村を出た西に集まって下さい! 戦闘に必要な物品以外は諦めていただきます!! 私達は……今からアークレリックの町まで逃げなくてはいけません! これを聞いた人は直ちに寝ている人達を起こし、行動を開始してください! そして、戦える方は私の元に!!」


 そんな所で、一人の体躯の良い男が台の上に上がって来た。男の低い声が場に広場に響く。


「殆どの者が知ってるだろうが、冒険者支部ギルドマスター兼村長のアドルフだ。ギルトは既に、非常事態用のゴーレム馬車での金品移送準備が出来ている。働きに見合った報酬を用意するので、冒険者各員には村人の護衛を頼みたい。これも現在村に居る者らに伝えて欲しい」


 と、アドルフが話を終えたその時。


 カンカンカンカンカンカンカンカンッッ!! カンカンカンカンカンカンカンカンッッ!! カンカンカンカンカンカンカンカンッッ!!


 先程まで以上き、激しく打ち鳴らされる金属音が聞こえてきた。


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