第4話『初めての戦闘』一

 ――朝日を感じ目を覚ませば、食欲を促進させる香ばしい魚の焼ける匂い。

 俺はその匂いにつられて瞼を開き、体を起こした。


「……美味そうだな」


「ボクの焼いた焼き魚なんて、旅をする過程でいっぱい食べたでしょ?」


「脳が感じる情報量が違う」


 ニコラは「そんなもの?」と返しながら一口齧った後に数秒待ち、一本の焼き魚を差し出してきた。


「ん、美味い」


「調味料は愛しか乗ってないけどね」


「……? それにしては塩気が強くないか? てっきり岩塩でも見つけたのかと」


「んー、きっとそういう魚だよ、異世界なんだし。後はそうだね、散々料理してきたから料理スキルの熟練度がカンストしてたよね? 多分その補正」


 そんなものか、と思いつつ魚と果物を全て平らげた。


「如何する? 今日は昨日見つけた街道に沿って歩いてみるかい?」


「だな、いくら安全地帯と聞いても、出来れば建物の中で寝たい」


 拠点としていた場所を適当に片付け、移動を開始する。見つけた街道に沿って移動をする事しばらく……安全地帯を抜けた。


 不思議と〈ここは安全じゃない〉という事が分かり、その事を証明するかのように魔物が現われた。


「……ニンゲンカ、丁度良イ。小腹ガ空イタトコロダ」


 異世界、ゲーム、同人、様々な世界でこの生物は様々な形を取る。ある世界では子鬼のような低身長で、ある世界では度し難い程に太り、醜悪な人型の豚。


 そしてこの世界では豚の様な鼻に、巨大な体。さらにそれでいて筋肉質で一目で力が強いという事が分かるその生物。手には自然物から作ったのか木と石で作られたハンマー。


 ――オークだ。



 この世界のオークは随分と屈強そうだな、と顔を顰めていると、瞬きの間にニコラが駆け出し――ナイフを一閃。

 ゴトリ、とオークの首が落ち、その直後にズシン、と大きな音を立てて体が倒れた。


「豚は豚でもヨウ君と比べてかなり醜いね。心も、体も」


「おいまて、だれが豚だ誰が」


 体はそれなりに鍛え上げられた戦士っぽかったぞ、と思わないでも無かった。が、それには突っ込まず血塗れのナイフを振り、血を落とすニコラを見ていた。

 その光景自体は見慣れていたはずのだったのだが……リアルな切断面、立ち込める錆び鉄の匂いにやられ、俺は立ちくらみを起こしてしまう。


「あっ――」


 素早くナイフを仕舞ったニコラが駆け寄ってきて、肩を支えてくれた。


「ヨウ君、大丈夫?」


「悪い……もう大丈夫だ」


 青い顔をしつつも一人で立った後オークの死体を見つめ――これが……現実か、と頭を押さえながら歩を進めた。

 さらに街道沿いに進み続けていると、今度は醜悪な顔を持つ森の妖精――ゴブリンが五匹現われた。ゴブリン五匹は各々木を加工したと思われる鈍器を所持しており、一定の殺傷能力があるであろうと見受けられる。


「グゲッ、ニンゲンダ! 男ハコロッセウスッ!!」


「……話したぞ!?」


「後で説明するね――――」


 そんな言葉を残し、風のように駆け出したニコラはゴブリンの手足を全て切り裂き、ゴブリンの動きを封じた。


「ギャアギャア!! ニゲロ!」「テヲカセ!!」「ウゴケナイ!!」


「悪いけど、もう誰も動けないよ」


 そう冷酷な顔で呟いたニコラはナイフ血を振り払い、そのナイフの柄をヨウに向けてきた。


「……経験値、止めだけで入るのか?」


 コクリ、と頷くニコラ。、それ見てゆっくりとナイフを受け取った俺は、ゴブリンの胸を突き刺した。


 生の肉を突き刺す感覚は今までに感じたことも無いほどに不快な感触であり、今にも正気を失ってしまいそうであった。


 ――が、絶命したゴブリンに刃を突き刺したまま固まっていると、その手にニコラがそっと手を添えてきた。


「大丈夫?」


「……俺は今まで、こんな事をニコラにやらせて来てたのか……」


「慣れれば何も感じなくなるよ?」


「作業みたいにか?」


「うん」


「怖いな……殺しに慣れるのは……」


「大丈夫、ヨウ君が正気を失いそうな時はボクが止めてあげるから……腕力で」


「……すごく安心した」


 ゆっくりとナイフを引き抜いた俺は、もう既に虫の息となっていた残りのゴブリンにもナイフを突き立て、命を奪っていく。

 少し進んた木の木蔭でぼうっとしていると突然、成長痛の様な痛みに襲われた。これがレベルアップか……と、何処か体が作り変えられるような感覚を感じた俺は、不快感に眉を歪める。

 回復を待つことしばらく。


「どう、痛みは治まった? 多分数個一気にレベルが上がったからね」


「ああ、パワードスーツを着てるみたいだ。悪く言えば他人の体みたいだな」


「慣れればすぐに自分の物になるから、安心して」


 そう言ったニコラは、俺の隣に腰を下ろした。


「この世界にはね、人間、エルフ、ドワーフ、ハーフリング、その他の多種族。それから魔族、魔物って色々なのが居るんだ」


「前の部分は定番だな。で、魔族と魔物の違いは?」


「魔族はね、言葉を交わして交流が出来る魔物の事。もしスライムが言葉を話せて、直ぐに襲ってこなかった場合も魔族って事になるけど……さっきみたいに簡単な言葉は話せても襲い掛かってきたら魔物なんだって、人間の定義では」


 自分勝手だな、とも思ったが……俺は取り合えず「そんなもんか」と呟いておいた。


「ん? ニコラの種族は何だ? 人間?」


「ボクは人間とは少し違うみたいで、んー、何ていうのかな。この世界では魔導生命体、とか言われるんじゃないかな」


「ホムンクルスとは違うのか?」


「違うみたい」


 微妙な顔で苦笑いを浮かべたニコラは、何処か寂しそうな表情をしている。


「まぁ、何でも関係ないな。ニコラはニコラ。俺の――パートナーだ」


「……抱きしめて良い?」


「優しく頼む。本気だと体が千切れ飛ぶ」


「もうっ! 分かってるって!」


 ふわり、と柔らかい感触と共にニコラが抱きついて来た。


 ――暖かい。


 そう感じたすぐ後、ニコラが耳元で囁くように言葉を発した。えろい。


「この世界でボクがどんな存在だったとしても……ボクは、キミが認めてくれる限り大丈夫だよ……って、重いかな?」


「いや、もっと思い切りもたれ掛かってくれても良い。心も体も……あ、思い切り抱きしめるのは無しで頼むぞ」


「……キミってさ、ボクの事をちょっとゴリラか何かだと思ってない?」


「…………」


「えっ!? 正解!? 否定してよ!」


「体に当たるものが無――いてっ、いててててて!! 締まる! 締まってる!! 冗談だから!! 最高に好みの姿をしてる存在に、ゴリラなんて思うはず無いだろ!! だから緩めて! ギブッ! ギブッ! ギ……ブ……」


 カクリ。


「もうっ! もうっ! ほんとにもうっ!! ボクはキミの事が大好きだよ!!」


 赤面して叫ぶニコラ。当然意識の無いヨウに……その言葉は届いては居なかった。


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