第5話『初めての戦闘』二

「お前の経験値と金! それから全てを置いて行け!!」


「いやぁ、慣れてきたね止めを刺すの。でも多分そいつら、経験値と魔石以外に置いて行ける物は無いよ?」


「……トドメだけだと、処刑執行人の気分なんだが……?」


 犬顔の人型獣、コボルトに止めを刺した俺は顔を顰め、血を適当に振り払ってナイフをニコラに返した。

 ニコラは俺を背にして出来る限り見せないよう、その死体から半透明な石――魔石を取り出してから移動を進言。そしてその移動中。


「ま、町に着いて落ち着いたら、ぼ、ボクが手取り足取り……ゴクリ。戦闘の仕方を教えてあげるからさ」


 ニコラの表情は情欲と羞恥、嗜虐心の全てが入り交ざった表情をしていた。とてもでは無いが、戦闘の訓練だけを教えようとしている風には見えない。


「……ナニをさせる気だ、ナニを」


「い、いやね? キミは知らないかもしれないけど……前の世界のボクのマスクステータスにはね、《好感度》とか《エロさ》みたいなのが数え切れない程設定されてたんだよ」


「エロさって何だよエロさってッ!! あそこの運営もマスクステータス好きだなおい!」


 ライゼリックオンラインの運営には見えないステータスを多く設定する癖があった。その一つをユーザーが突き止めてしまった際に一度騒がれ、それがオープンステータスに変更された事がある。


 マスクステータスの一つに、クリティカル率が上げられる。これは何故かキャラクター毎に違い、その差はプレイ時間が長ければ長いほど大きな差となっていた。


 何処かのプレイヤーの予想では……キャラクターに《好感度》が設定されていて、それに比例して上下しているとも言われていた。……あながち、それも間違いではなかったのかもしれない。


「そう……好感度は、うん。ログイン時間とか一緒に行動してる時間で上昇して、酷い事をすると下がる物。で……エロさはね、君がいっぱい覗いたりするから……」


 内股で腿を擦り合わせ、潤んだ瞳で上目遣いとなるニコラ。


「上がりまくったのか! エロい奴め!!」


「キミのせいだよ、キミのッ!!」


「責任は?」


「キミにある!!」


「エロさは?」


「ボクにあるよ!! なんで!?」


「エロさには!?」


「自信がある!! キミ、これ言わせたかっただけだよね!!」


「そうだよ」


「知ってたよ! 何年の付き合いだと思ってるのさ!!」


 一向に情欲に歪む表情から戻らないニコラは、そのまま言葉を続けた。


「本当は今すぐにでも襲い掛かりたい所なんだけど……その後の危険性。ボクが、キミを守れなくなるって事を考えてなんとか……ッ! 踏み止まってるんだ」


 そこで思い出される、シュンヤとの念話。

 ……なるほど……シュンヤの自キャラはエロさが好感度を上回る程に高かったのか、と思い……目の前のニコラをそっと抱きしめた。


「ヨウくぅん……あったかいよぉ……」


「……少しは落ち着いたか?」


「……興奮してきた」


「…………」


「…………」


「そこは『すごく落ち着いた』って言おうな? 離しても良いか?」


「襲っても良いなら」


「駄目だ」


「じゃあ後五分」


「長い、まけてくれ」


「え!? そこ値切っちゃダメなところだよ!? 十分ッ!!」


「増えたな……まぁ良いか」


 えへへ……とはにかむニコラを抱きしめたまま、十分程その場で立ち止まっていた。


 落ち着きを取り戻したニコラと共に街道を歩いていると、村が見えてきた。

 村の入り口には一人、見張りが立っている。


「ナイフはキミが持ってて」


「……? 何でまた」


「ボクなら素手でも何とかかなるけど、キミだと一人で何かあった場合危険だからさ。あともう一つ。ボクとキミの格好の違いが酷いから村の人は多分……ボクを貴族だと思って、キミを護衛奴隷だと思うと思うんだ」


「なるほど。……お嬢様、なんなりとお申し付けください」


「……ゾクリときちゃった。本当に命令しても?」


「駄目だ」


「こんなにお願いしても?」


 腕に抱きついて、潤んだ瞳で上目遣いをしてくるニコラ。


「いいぞ」


「……ゴクリ。じゃ、じゃあまずは……」


「もう入り口が目の前だ。黙れ」


「…………酷い……」


 最後にそう呟いたニコラは頬を膨らませ、落ち込んだ風となった。眼前には村の入り口を見張る門番。


「おや、お貴族様? こんな辺境の土地に何の用事で? 護衛もそんなの一人で」


 その言葉に俺は一歩前に出て、答えた。


「こちらにおらせられるは王都貴族! ニコラ・アルティルト様であり、アルティルト家のご息女であらせられる!」


 ゲーム世界とこの世界の貴族設定が同じである事を祈り、貴族設定を思い出しつつ語る。

 平民は名前のみ、貴族で名前と家名の二つ。英雄は家名を捨てさせられて名前一つ。

 三つ以上は悪魔の名前。そして、念のため階級は言わない。


「先の森を越える際に盗賊に襲われてな! 護衛を私以外の全員と、馬車を失ってしまった!! 少しの間村で休ませて欲しい!」


「オラは構わねぇけど、敬語が出来ないからって処罰は止めて貰えるかね?」


 幸運な事に同じ貴族設定のようだ。

 もし、これが失敗していたのなら言い直してミドルネーム。次いで称号を入れて四にするつもりであったのだが……無事、それらは必要無くなった。


「無論、そのような事で憤る心の狭いニコラ様では無い!!」


 俺はは門番の隣へと移動し、門番の耳元でこっそり打ち明けるように話す。


「……お嬢様は襲われたショックで大変怯えられておられる。可愛そうだと思わないか? ……金銭も多少は持っている。適当な宿に案内してくれ」


 そんな言葉に門番の男は気落ちしているニコラを見て頷き、小声で言葉を返してきた。


「貴族様ってもやっぱ、女の子は女の子なんだな。オラが案内してやるから付いて来ると良いだ」


「恩に着る」


「何、困った時はお互い様ってな」


 そんな言葉のあとに門番は近くの村人を適当に捕まえ……何事かを話したかと思えば剣と盾をその男へと渡し、宿屋までの道のりを案内してくれる。

 更には宿屋の中で老齢で白い髭を生やした宿主に何事かを話したかと思えば、「後は任せた」と出て行った。


「運が無かったのぉ。こっち方向に来てるって事は今が帰りか? 王都までは結構遠いから大変そうじゃな。次の町で馬車を使うのじゃろ? 金銭には余裕があるのか?」


「えーと、何とか持ち出せたのは銀貨十枚程度」


 老人の言葉にそう答えると……老人は「……ちぃと厳しそうじゃな」と呟き、言葉を続けた。


「まぁ、今回の宿代はまけて銅貨一枚で良いじゃろ。湯はここらにしては珍しく、湯の魔道具がある。魔石を持っていれば好きに使えばええ。飯は……あまり期待はしないで貰えると助かるの」


 その言葉にニコラが軽く膝を折り、スカートの裾を摘んで会釈をした。


「いえ、贅沢は言えません。ボク……わたくし、湯が使えて屋根の下で眠れると言うだけで満足ですわ」


「ほほっ、良く出来た貴族の娘さんじゃな。部屋は二つでいいかの?」


「つい先程、盗賊に襲われて怖いのです。一部屋にしていただけないでしょうか……?」


 潤んだ瞳で胸の前に手を合わせ……上目遣いで宿主の老人を見るニコラ。老人は「うっ……」と何かを打ち抜かれたかの様な反応を見せる。

 それに不思議な危機感を覚えた俺は……カウンターをドン! と叩き、声を荒げて言った。


「いけませんお嬢様!! 淑女としてここは断固として二部屋にするべきです!! 宿主殿もそう思いませんか!?」


「ワシ!? ワシハ、ムスメサンニ、イッピョウ」


 ……駄目だ、完全に堕ちている。

 ニコラを説得するべきだと判断した俺はニコラへと向き直り、カウンターから少し離れた位置に移動してから小声で相談をする。


「どういうつもりだ」


「……襲うつもりだよ」


「駄目だ」


「二部屋にしたら……多分我慢できなくなる」


「もっと駄目だ。……部屋で一人の時に発散とか出来ないのか? 俺は……一人になってから発散したい」


「て、て、てて、手伝いは」


「要らん」


「…………」


「…………」


 一瞬黙るが……チラリと宿主の方を見た後で、俺は言葉を続ける。


「銅貨一枚で二部屋だ。こんな幸運はそうそう無い」


「……ひ、一つの部屋で、ボクは反対向いてるからさ、発散したらいいんジョないかな?」


「まだ言うかエローラ」


「エローラ誰!? もしかしてボク!? 反対を向くフリをしてガン見しようと思ってた事がばれた!?」


「……決まりだ。二部屋」


「そんなー」


 らんらん♪ と鳴きだしそうな顔をするニコラを尻目に、店主に対して二部屋に決まった事を告げた。銅貨一枚を渡して部屋へと向かう。


 一応の配慮なのか部屋は向かい合った部屋で、何かあれば即座に対処出来るような部屋配置だった。


 片方の部屋にニコラを押し込み、道中魔物からニコラが回収していた魔石を幾つか渡しておく。


 そして一人で向かいの部屋へと入ってみれば……部屋の中にはベットに、服を掛けるスペース。それから小さな机と椅子が一つずつという簡素でシンプルな部屋だった。


 早速ベットに転がり深く息を吐き出せば、ようやく一息をつく事が出来る。しばらくぼぅっとしていると……扉をノックする音が室内に響く。


「入っても良い?」


「良いと思うか?」


「思うから開けるね」


 ガチャリと扉が開き、ニコラが美味そうなチーズの匂いと共に入室してきた。


「ご飯、貰ってきたよ」


「ああ……忘れてた」


「たっぷりチーズを乗せたライ麦パンに、穀物のスープだよ。一緒に食べよ」


 トレイに乗せられた二つの料理をベットに腰掛け、食べようと言うニコラに同意して食事を取る事にした。


「……んー、そこそこ美味いか?」


「ボクの焼いた魚の方が美味しかったってこと?」


「……正直に言ってそうだ。料理スキルカンストの補正はかなり大きいな」


「あー、それはあるかもね。キミの世界の時間って、ボクの世界時間にすると約百四十年分だからね」


「……そうか……つまりニコラは――」


「ロリババア、みたいな事言ったら頬を張るからね。言うなら別のことにした方が良いよ」


「……お、俺よりもちょっと……年上なんだなぁ」


 口元に手を当てたニコラは少し考えるような顔で……。


「んー、及第点。お姉ちゃん許しちゃう」


「バブーバブー、お姉ちゃんお風呂入れて」


「顔からの入水で良いよね?」


「……乳吸い? 無茶を言うな」


「……なんだろう。よく分からないけど……今すっごく、キミが酷い事を言った気がする」


「……無い乳で、乳吸いはだな……」


「キミが創造したんでしょ!! ぐっ! いじられてるって分かっててもつい反応しちゃう――ッッ!! よし決めた。今夜キミを襲う」


「ただし性的な意味で?」


「そうだよ」


「本当に?」


「そうだよ」


 一瞬の静寂。ライ麦パンの最後の一切れを飲み込んだ俺は、部屋の蝋燭の火に照らされるニコラの顔を見て気づいた。


「エロさが好感度を上回ったのか!?」


「…………ギリギリくらい」


 よく見てみればニコラの顔は紅潮しており、既に何かを我慢している風であった。体は小さく震え、足はもじもじと太ももをすり合わせている。


 その深紅の瞳は潤み、蝋燭の明かりを反射させて怪しく光った。


「んとね、元の世界の時と違って何かに管理されてる感覚が無いから。ボク一人で居ると好感度に引っ張られて勝手に上がっちゃうみたい。短い間なら大丈夫みたいなんだけど……出来る限り一緒に居てくれないと、危ない……かも……」


 そこで額に手を当てた、メリットとデメリットを考えてみた。


 まずエロさが上回った場合――良い事――気持ち良い。良く無い事――ニコラのエロさ上昇が止まらなくなる。


 そして子供によって、戦闘に支障が出る可能性もある。シュンヤの状況から想定して……制御、言う事を聞いてくれなくなる可能性も出てくる――その他多数。


「まぁ、今は我慢して欲しい。……一緒に居れば、大丈夫なんだな?」


「キミが変な事しなければね」


「保障はしかねる」


「代償は体で払ってね」


「ツケは?」


「利かないよ」


 仕方ないか……と思い、娘を抱きしめるような優しさで、ニコラをしばらく抱きしめてやる事にした。


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