第3話『忘れられない冒険も、ある』三

 しばらくすると当然のように空腹が訪れ、ニコラと二人で森の中を探索する。


 一キロ以内を一通り探索した所で日が落ちた。そこでようやく水場と木の実の生る場所を見つけ、取り合えずの拠点とする事にした。


 俺は水を覗き込み、水に映る自身の格好を見て顔を顰めた。なぜならその格好はボロを一枚羽織っただけという、まるで奴隷の様であったからだ。


 元々、ライゼリック・オンラインはリアルと同じ容姿でゲームを開始する事となっているゲーム。髪の色は中で染め、目の色を変えたければカラーコンタクトを使用するシステムとなっている。


 水に映る姿はそれらに一切手を出していなかった為、現実の姿そのままだ。


 ライゼリック・オンライン開始時、様々な指示に従って動けばリアルと同様なアバターが手に入れられる。そしてそれが成長する事は無かった為、ログインアバターは十八前後の青年だった。


 が、水に映る姿は二十台中盤くらいの姿。仕事の関係で肌は適当に焼けており、それなりに筋肉質だ。


 ――若返りは無しか……と思いながら水場を離れ、拠点作成の準備を始めた。


 薪を集めるまでは一緒に作業をしていたが、そこで早急に確認しなくてはならない事を思い出した為、後の作業をニコラに任せる事にした。そして、生死を左右する事もある持ち物の全てを入念に確認をする。


 作業中のニコラを見て……一番お気に入りの服は持ってこれたのか、と内心で呟き……ナイフ一本、と内心で続けて呟く。


 袋の中には皮水筒、金貨袋(中身は銀貨十枚、銅貨二十枚、鉄貨十枚)、赤い治癒のポーションが五本で、色からしてかなりの上級ポーションだ。干し肉の入った袋が一、俺の着ている物と同様のボロ服が一着。


 結果として分かった事だが、物が入っていた袋が一番の貴重品だという事。袋の大きさに対して内容物はかなり多く入っており、それでいて更に物が入りそうだという事が分かった。


 ――メニューのアイテムボックスの代わりか? と思いつつアイテム袋を眺めたが、外見は唯のボロ袋。

 離れた位置で「やった!」と声が上がったのでそっちを見てみれば、焚き火が完成していた。


「おぉ、流石ニコラだ」


「えっへん」


「そんなに無い胸を張らなくてもいいぞ、本当に助かってる」


「あとの言葉だけで良くない!?」


 ゴシックワンピースをふりふりと揺らしながら憤るニコラ。

 俺はふと、疑問に思った事を口に出す。


「そのワンピース、どうなってる?」


「え、まさかここで脱げと!?」


「…………そうだ」


「嘘だッ!」


「違う、本当だ」


「で、本当は?」


「なんでこれだけの作業をして、一切の汚れと糸の解れが無い?」


 その言葉に一瞬考え込むニコラだったが……数秒後に焚き火に薪を一つ放り込み、答えた。


「ボクもよくは分からないんだけど、自浄作用と自動修復があるみたい」


「凄いな。汚してみても?」


「良く無い!」


「……残念」


「さっき気づいたんだけどこの服ね。前の世界で装備してた装備の能力値を全て吸い上げてるみたいなんだ。だから下手したら、この世界のどの装備より強力かも」


「……何? しまったな……こんな事なら能力盛りは火力特化じゃなくて、体力特化にしておくべきだった……」


「何で? 生存率が上がるから? ボクは攻撃能力――筋力の上昇の方が力も上がるし、戦闘以外にも役に立って良いと思うけど」


 俺とニコラの二人――いや、サービス終了ギリギリまで続けていたプレイヤーの殆どは、ライゼリックオンライ最強の武器防具を揃えていた。


 それ以外では何処に差が出来るのかと言えば……能力の付け方、能力盛りだ。圧倒的な資金力と時間……それから幸運が必要になる。


 財産の半分を掛けても……その能力が確立で乗らなければ無となるという、恐ろしい沼システム。この部分で相場のインフレを抑えられていたとも言える。


 ――が、ニコラの装備は莫大な資金と時間、幸運を使って、ライゼリックオンラインで最もSTR……力の能力を盛った装備となっていた。


「ニコラは火力脳だったか……いや、体力特化なら安全どーのこーのって言えば服を脱いで俺に譲ってくれるかなと……」


「突っ込みどころが多すぎるんだけど、取り敢えず一言いわせてもらってもいいよね? ……似合わないと思うよ」


「着てみなきゃ、分からんだろ」


「じゃあ着てみる?」


 そんな事を言い出したニコラに、俺は目を丸くしてしまう。


「娘よ! 俺の記憶が確かならその下は下着の筈!」


「散々覗いといて今更。というか……娘と思ってる相手の着替えとか下着覗くの? キミは」


「…………」


「……じゃあ脱いであげるから、着る?」


「脱がなくて、いいです」


 と、そんなやり取りをして辛うじて日が差し込む程度の明るさになった頃。

 ニコラは一つ溜息を吐いたかと思えば……突然服を脱ぎだし、結局下着のみの格好になった。


「……サービスか?」


「そうだよ?」


「ちがうな」


「でもそうでしょ?」


「……そうだな……で?」


「ギリギリ陽のある内に、この泉で魚でも捕まえようかなと思ってね。ヨウ君、さっきも言ったけどキミはよく着替え覗いてたし、パンツも覗いてたから見慣れてる筈だよね。今更だろう?」


「でも嬉しいぞ」


 ハァ、と呆れた表情で一つ溜息を吐いたかと思えば、ニコラは泉に飛び込んで行った。


「……焚き火の火、絶やさないよう見てないとな」


 独り言の様に呟いた後……ニコラに襲い掛かりたい衝動を抑える為、焚き火の火を見つめながら元の世界の事を考える。


 仕事の事――突然空いた自分の穴はどうなったのだろうか。間違いなく力仕事には支障が出て居る筈だ。

 家族――仲は良かった。会いたい。

 遊び――新しいゲームと本は気になる。


 パチリ、パチリ、と薪が弾けている。


 ホームシックか……と思いながらも、続けてこの世界の事を考えた。

 一番の心配は魔物に殺されないか、そして痛みには余り強くない、という事。

 二番目は未知の病魔や菌。これはどうしようも無い、と諦める。

 三番目に、そもそもこの世界で生活して、生きていけるのか。


 そして四番目……自キャラであったニコラの事。また一緒に居られて嬉しいのだが……圧倒的な力差から裏切られた場合を想定すると、警戒してしまう。


 その一方で嫌われるのも怖い。次々と浮かび上がる不安要素に、押しつぶされようとしていた所で気づいた。


 ――――ニコラ、一度も水面に上がってきて無くないか?


 ハッとして泉の方を見れば既に明かりは焚き火のみで、水面から下は一切見る事の出来ない闇。


「ニコラ……ニコラッ! ――ッ!! ニコラぁあああああ――――ッッ!!」


 バシャリ、と水音。


「ぷはっ、呼んだ?」


「…………」


「ごめんね、一人にしちゃって。寂しかった?」


 ナイフに貫かれた魚が四匹。

 ニコラはゆっくりと、泉の水で濡れた体を晒しながら出てきた。


「……息継ぎは?」


「えっ、ボクを一体何レベルだと思ってるのさ。キミが一番良く知ってるはずだろう? 数時間くらい息継ぎ無しでも大丈夫だよ」


 そうだった、とニコラの最後のレベルを思い出した。そのレベル――百二十、カンストだ。


 更にはそのカンストに加えて……一定のオーバー経験地毎に手に入る、微量なステータスアップの飴を大量使用。

 改めて俺は思い至る。ここは異世界であって、元の世界とは異なる世界なのだと。



 ◆



 ニコラは「うぅ、水温的に今は冬かな」と言いながら、僅かに震える体で丸太に置かれていたボロ服の上に腰を下ろした。じんわりと水気がボロ布に広がる。


 触ってもいいのなら、水に濡れた太股をぷにぷにしたい。


 俺はついゴクリ、と生唾を飲み込んでしまい、目線は自然とその水で濡れた肢体に釘付けだ。


「もう、本当しょうがないなぁキミは」


 ニコラはそう言いつつ下着に染みこんでいる水気を抜く為、手で握るように絞っている。

 水に濡れ、火に照らされている肌は傷どころか、しみ一つ無い白い肌。そして自身がクリエイトした一番の好みである体系と、容姿。

 俺を伺う深紅の瞳は細められ、挑発する様な笑みをしている。


「……すごく襲いたい」


「疲れたからダメ」


「疲れてなかったら?」


「……ダメ」


「土下座して頼んだら?」


「すごくみっともない」


 ガックリと地面に手を着いた俺に向かって、ニコラは小さく溜息を吐いたかと思えば、「本当にしょうがないなぁキミは」と言葉を続けた。


「良いのか!?」


「三回まわってブーブー! って鳴いたら考えてあげる」


 そのニコラの表情はとても嗜虐的な表情をしている。

 俺は即座に、右足を軸としてくるくると三回転。ニコラに向けて腕と手を開き、良い笑顔で言った。


「ランランッ!!」


「えっ、それは豚違いじゃないかな……まぁ良いや」


「良いのか!?!?」


「ん~、ダメっ!」


 人差し指の腹を見せながら言ってきたニコラの言葉に、絶望の表情で「嘘つき!!」と叫んでしまった。


「あのね、今ボクに子供が出来たとしたらだよ? 誰がヨウ君を守るのさ」


「…………」


「今のボクは現状、キミの唯一の命綱なんだよ? だから、ダメ」


 その言葉に説き伏せられてしまった為、すごすごと自分が座っていた場所である……ニコラの隣に腰掛けた。


「もうっ、そんな物欲しそうな目でチラチラ見ないでよ」


「……すまん」


「…………」


 突然羞恥と嗜虐心によってくにゃくにゃと歪んだような、そんな笑みを浮かべるニコラ。


「……? どうした」


「ぶ、ぶーぶーって鳴いたら、ふ、太もも枕まではしてあげても……い、いいよ?」


「ぶーぶー!!」


「ふ、ふふっ、良く出来ました。ほら、ボクは見ての通りの格好だからさ。君は地面に腰を下ろして」


 顎を上げ、嗜虐的な笑みを浮かべながら、なおかつ見下ろすように……そのふにゃふにゃの口でそう言ったニコラの顔は、真っ赤であった。


「ぶーぶー!!」


「さ、流石だよヨウ君。き、キミは最高のぶたさんだ。ほ、ほらっ、ボクの太ももにもたれ掛かるみたいにさ、枕にしなよ」


 羞恥と嗜虐心の入り混じるニコラの表情。

 言われるがままに太ももにもたれ掛かると頬が太ももに当たり、その柔らかな太ももがしっかりと受け止めてくれた。

 先程まで泉に浸かっていたからなのか、ひんやりとしていて気持ちが良い。


「……疲れただろう? おやすみ、ヨウ君」


「…………」


「はぁ、寝るのが早いなぁ君は。まぁ、いっか。突然口で引っ付き出さない限り、しばらくこうしててあげる」


 ◇


 もう既に夢の世界へと旅立ったヨウには聞こえていないと気づいていたが、ニコラは泣き笑顔でそっと呟いた。


 ――またキミと居られて、ボクは嬉しいよ――。


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